表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
12/174

19歳・6

 私は大学に入ってからは、昼食をほとんど外食で済ませている。安くて美味い店が学校の近くに多いためで、行きつけの店も幾つかできていた。

 しかし二週間ぶりに登校して、ついでに明美を腹パンしたその日は、弁当を持ってきていた。ある予感があったためだ。


 そして屋外の人気のない場所でごはんをパクついていたとき、思ったとおりヤツがあらわれた。


「おいしそうじゃない。自分で作ったの?」


 ただ、真後ろから密着するように現れたのは、正直びっくりした。それなりに警戒していたのに、まったく気配がしなかったのだ。

 おかげで耳元で声がしたとき、思わず飛び跳ねて弁当を落としそうになってしまった。


「ふふ、驚きすぎじゃない? さっきの啖呵はかっこよかったのに」


「……あいにく、もう耳を失いたくないんでな」


 私は思わず右耳を触った。歪な欠損の感触が、目の前の女のイカレっぷりを饒舌に語る。

 こちらの正面にまわった明美は無表情のまま顔を傾け、そんな私の耳に視線を向けた。


「耳、整形手術を受けなかったの? あの病院で勧められたはずだけど」


「必要ならする。で、今は別に必要じゃない。それだけの話だ」


「……そう。なら、これからはその欠けた耳も、あなたの美しさの一部になっていくのね」


 明美は目を伏せると、妙に感慨深そうに言った。

 ……私を『美しい』って思ってるのか? こいつ。よくわからん。


「それにしても、さっきはビックリしたわ」


 軽くため息を吐くと、明美は話題を変えた。


「いきなり殴ってくるんだもの。無防備で殴られてダメージ受けるのが正解だったけど、つい反射的に腹筋固めちゃった」


 明美は喋りつつも手を伸ばし、私の弁当箱の中のタコさんウィンナーを摘まもうとする。私はその手を遠慮なくバシンと叩いた。

 叩かれた場所をさすりつつ、明美は何もなかったように続ける。


「で、あなたに追い詰められて、結局私は無言による敗北を選んだ。開き直って全力で殴り合うとか、暴行罪で適当に起訴するとか、戦うコースも考えたんだけどね。結局は無抵抗が諸々の損失を抑える最良の方法で、私はそれを選ばざるを得なかった。それを見込んで殴りかかったのだから、玲ちゃんは凄いわ。紛うことなくあなたの勝利で、私の敗北だった」


 凄いと褒められたが、何の感慨も浮かばない。虚構の権化のようなこいつに賞賛されて、いったい何の意味があるというのか。


「それにね、『もういいか』っていう気持ちもあったからなの、あなたに屈したのは。私は高い社会的地位を得るためにあんな性格を演じてきたけど、それはあくまで日々の生活を便利にしたいがためで、権力や名声が欲しかったわけじゃないのよ。大学に入っても惰性で続けてきたけど、玲ちゃんとの関わりを絶ってまで維持する価値はないし、だからもういいかなって」


 ……その告白を聞いて、少し納得した。化け物の明美と、女王様の明美が、ようやく自然な形で結びついた気がした。

 無論、この言葉が真実とは限らないから、百パーセント鵜呑みにはできないが。


「ねぇ、だからいっそのこと、これからは玲ちゃんと仲良くしてもいいのよ? 築いてきたキャラをぶち壊すわけだから、抵抗はかなりあるけど……こうして玲ちゃんと話せるのは思った以上に楽しいし、そっち方向にも進めると思う。二人で手をつないで歩いたら、周りはすごい騒ぐだろうけど、それはそれで――」


 私の箸を持つ手を握ろうとしてきたので、それを強引に振り払う。


「ほあへんあ」


 ポテトを食べてたから、『ふざけんな』という言葉が上手く出なかった。だから口をモグモグさせつつも、強い敵意をもって明美を睨みつける。

 この化け物と慣れ合うつもりなんぞ、一ミクロンもなかった。


「……そう。わかった、ごめんね」


 物悲しそうなそぶりをみせるが、変に表情がついてて演技臭い。ゆえに、わずかに生まれてしまった罪悪感を、私は強く抑え込んだ。


「でも、だったらどうして今日、一人でお弁当を食べていたの? 私を待ってたからじゃないの?」


 私はポテトをごくりと飲み込み、その質問に答える。


「確かに私はお前を待っていた。それは認める。でも、それはいつもの明美と、この前の明美が、同一人物である確信を持ちたかったからだ。二人きりになればお前は無表情モードで接してくるし、そうすればそっちのお前を改めて認識できる。それだけの話だ」


「なるほど。やっぱり性格の使い分けが、あなたに無駄な混乱を生んでいたのね。ま、こうして胸襟を開いて話せるようになったわけだし、後でそこはもう少し譲歩してあげる」


 疑問に思って眉を顰める私だったが、明美はすでに私に背中を向けていた。


「メキシコに行くまでは実質休戦だし、それまではこうやってお話しましょう? じゃ、また後でね」


 言うだけ言って、明美は去っていった。

 ……確かに、しばらく私はあいつを殺しにはいけない。おそらく諜報力で大きく負けているし、なにを計画しようが筒抜けになる気がする。


 だから勝負は、明美がメキシコ――治安の悪い場所に行ってからだろう。公権力を無視できる状態なら、かなり乱暴な手段を取ることができるからだ。

 しかしそれゆえに、そういった土地では逆に私が危険な目に遭っても、警察などを頼りにできない。気軽に殺せるかもしれないが、気軽に殺され得る環境でもあるのだ。


 そうした点から考えると、大学卒業後に明美を追って即座に海外に渡るのは、かなり無謀と言える。軍隊に入るなどして、銃器の扱いや近代戦闘について根本から学ぶべきだろうか?

 なにせ明美は、マフィアとつるむと宣言しているのだ。つまり、ヤツを守る無法者たちを倒すか、出し抜かなければ、明美を殺すことなどできない。


 まあ、予告どおり大学を出てからメキシコに行くなら、まだ三年ほどの猶予がある。慌てずじっくり、自分を強くしていくとしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ