19歳・5
全治三週間の怪我を気合で二週間で治した私は、退院と同時に復学した。
どうもメキシコに行く流れになってるが、さすがに明美の動向を確認してからでないと、準備もクソもない。差し当たっては学生生活を続けるしかないだろう。
学校の敷地内に入り、いつもどおりズカズカと歩いていく。
二週間ぶりに登校したわけだが、誰かさんのおかげで高校時代同様孤立しているため、声をかけてくる人間もいない。まあ、右耳の先が欠けているのに気づかれて、変な視線を浴びる程度だ。
しかし、久しぶりに学校に来た今日、私にはどうしてもやっておきたいことがひとつあった。入院中に立てた些細な計画であり、そのために校内のたまり場の類に目を凝らしながら歩いていく。
そして、目当ての人物のいるグループを見つけた。
「あ、二条さんだ」
「ホントだ。入院してたって話だけど、元気そうじゃん」
「おい、明美がいるんだから二条さんの話は……」
いわゆるリア充グループの男女が、私を見てコソコソと話している。私は歩き続けながら横目で彼らを見ていたのだが、ようやく聞きたい声が聞こえてきた。
「……うーわ、マジじゃん。辛気臭いのがいなくなってセーセーしてたのに。なんで来てんの、あいつ」
言うまでもない、明美である。
不機嫌さをまったく隠さず、声のトーンも抑えず、いつもどおり私への陰口を叩く。
……思ったとおり、ヤツの態度はこれまでと変わらない。相変わらずの女王様っぷりだ。
しかし、アレの裏には化け物が潜んでいる事実を、ようやく私は知ることができた。今回の計画は、その二つの顔の齟齬を利用するものである。
「もー、やめなよ。二条さんのこと悪く言うの」
「そうだよ。お前の欠点だよ、それ。評価下げてるぞ」
周りの美女、イケメンが、明美を小声でたしなめる。
……いつものことだ。明美はその指摘を無視するし、周りも注意のレベルで済ませて、深く踏み込まない。苦言を言った人たちは己の良識を示したいだけで、別に私や明美の心配などしていないのだ。
と、恨みがましいことを言ったが、別に私は彼らに不満があるわけではない。
ああやって適切な距離を取るのが彼らの処世術で、それが賢く、正しいとさえ思う。私は別に助けなんていらないし、はたから見たら彼らが少しだけ滑稽に見える。それだけのはなしだ。
さて、正直そのあたりはどうでもいい。問題は明美だ。
彼らから四、五メートルほど離れた道を、私は歩いている。そして、明美の真横まで来たところで、足を止めた。横に顔を向け、まっすぐに明美へと視線を向ける。
普段素通りするはずの私がした思わせぶりな行為に、リア充たちが息を呑んだ。荒事の雰囲気を読み取ったのだ。
「あ? なに見てんの。まさか、あんたごときが私に文句でも言いたいわけ?」
そうだよな? 今のお前は、そういう態度を取らざるを得ないよな? だって、そうしなければ今のキャラを維持できないから。
皮肉めいた笑みを浮かべる明美へ、私は体を正面に向ける。早くも遅くもない普通の歩調で近づき、明美へと迫る。
目の前にまで近づいたところで、すかさず左手を伸ばして明美の襟をつかむ。驚き、反射的に下がろうとする明美。
――ここまで、ヤツの挙動はとても自然だ。学校モードの明美に喧嘩の強い設定などないから、それなりに弱いフリをしなければならない。
ゆえに、私は逃げようとする明美を力いっぱい引き寄せ、すかさず右手で腹を殴った。普通の人間なら悶絶し、しばらく息ができなくなるレベルの強さでだ。
果たして、明美の反応は思ったとおりだった。
こいつ、殴られる直前に腹筋を固めやがったのだ。素人の反応速度ならまず不可能だし、そもそも腹筋の硬さが鍛えてる人間のそれだ。
つまり間違いなく、この明美は化け物の明美なのである。
「ちょっ、二条さん!?」
「やめろオイ!」
さすがに周りの人間が私を止めようとするが、私は一撃殴った時点で一歩下がっている。恐れをなしたのもあるだろうが、私を押さえつけようとする人間はいなかった。
「お、お前……こんなことして、た、た、只で済むと、思ってんの?」
明美がよろめきながら、息も絶え絶えに言った。
そう、明美は腹を押さえ、悶絶するそぶりを見せている。私の拳へ返ってきた強固な反応からするに、そこまでのダメージでは絶対ないだろうに。
周囲が緊張で固唾を飲むなか、私はいつもどおりの落ち着いた口調で言った。
「いいか? 今後、お前が私に喧嘩を売るたびに、私は買う。今みたいに、殴ってぶちのめす。……でも、お前は抵抗できないよな? 今はそんなキャラじゃないから」
ほんの一瞬だけ、明美の瞳から色が消えた。
しかしすぐに苦々しい表情に戻り、苦痛と憎悪に満ちた言葉をまき散らす。
「イ、イカれてんのか、お前。速攻で訴えてやるよ。人生台無しにしてやる」
「へぇ、私を刑務所に? できるもんならやってみろよ。それはお前にとっても不都合なんじゃないの?」
――ヤツが私をどう思っているのかは、謎のままだ。
しかしオモチャかなんだかは知らないが、それなりに価値がある存在なのは確かなはず。でなければ、車一台を軽々しく犠牲にしたり、丁寧に怪我の手当てなどをするわけがない。
それを見込み、私はカマをかけてみたのだった。
反論しようとするも、わずかに口をパクパクと動かしただけで、明美は黙りこんだ。そして腹を押さえたまま俯き、固まってしまう。
それは、明美の敗北を意味していた。キャラ的には反発して然るべきだが、どうやらヤツの中でその選択はデメリットのほうが大きいらしい。
賭けに勝ち、私は安心して静かに一息ついた。
先日の明美とのやり取りを幾度も思い返した末に考えた作戦だったが、当然、法的な反撃を受ける可能性はゼロではなかったからだ。ま、暴行罪で捕まって前科がつく程度なら、覚悟はしていたが。
明美を含めたリア充グループが固まっているのをよそに、私はその場を後にする。この感じなら、これ以降学校で明美の嫌がらせを受けることはほぼなくなるだろう。
ざまあみろ、と心の中で吠えつつ、私は小さな勝利に浸るのだった。




