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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
116/174

??歳・30

 梯子の向こうの部屋は倉庫だった。そして例の発光する建材でできているので、床や壁がほのかに光っている。聞けば、このあたりは人が来る前から存在していた空間で、忍たちはそこを拠点兼生活の場としているらしい。


 倉庫を抜け、階段を上がったらすぐに忍の寝部屋があった。二段ベッドが二列に並ぶ細長い部屋で、彼女らはここで日々寝起きしているようだ。

 深夜だけあって、寝ている者が多い。暗くするためか、個人のスペースを作るためか、カーテンで仕切られているベッドもある。


 だが一人、ベッドの一段目に腰掛け、茶を飲みながら本を読んでいる女がいた。寝付けなくて時間を潰していたのかもしれない。


 そんな彼女に、私は「やぁ!」と声をかけた。中央の通路を全裸で走りながら。


 ブーッと、読書中の忍はすさまじい勢いで口から茶を噴射した。そのあとはゲホゲホとむせつつも、目は私に釘付けとなっている。


 他にも起きている人間がいたようで、上の方から「アエエェェッ!?」と奇声が響く。絶句してフリーズするのが普通っぽいので、なかなか珍しいパターンだ。あるいは、異常を仲間に知らせる意図があったのかもしれないが。


 叫び声に反応し、ベッドのカーテンから次々と顔が出てくる。彼女たちがそろって仰天している中、私は若い世代の寝部屋を小走りで駆けた。

 背後からは少し距離を空け、私の服を持ったティレがついてきている。顔を判別されないよう、マフラーで顔の下半分を隠したうえで。


 ベッドルームから続く廊下を左に進み、そしてトの字の通路を右へ曲がる。

 教えられたとおり、食堂に出た。このフロアの右には講義場、左には訓練場があり、前方には上への階段がある。目指すは当然、正面の階段――このフロアの出口だ。


 食堂には思いのほか人がおり、十人ほどが座って食事や会話をしている。この時間に起きているということは、暗殺隊の帰還などに備えていたのかもしれない。

 最寄りに座っている女は向かってくる私を見るなり、バッと立ち上がった。


「お、お前、いったいな――」


「こんちわ!」


 挨拶をすると、彼女はとんでもないものを見たかのように目を極限まで開いた。手元にあった湯のみが倒れて中身がこぼれるが、まったく気にも留めない。


 私は若干走るスピードを緩める。速すぎると、忍たちが私の姿を視認できないかもしれない。

 ついでに、歌でも口ずさもうかと思いつく。レイ族は私の外見だけでなく、声にもうっとりしていたのを思い出したからだ。正直、人前で裸で走ることで、テンションがぶっ壊れているのもある。

 というわけで、なんとなく頭に浮かんだ暴れん坊将軍のテーマを歌った。


「てー、ててー、ててーんててー。てんてんてーててー!」


 歌詞は知らんから大声の『て』と『ん』のみで、サビの部分のみを繰り返す。


 ――突然現れた、全裸で駆けながら暴れん坊将軍の歌を歌う女。


 それを見た忍たちは、全員が目を点にして言葉を失っていた。やはりレイ族の本能によって、私の容姿に異様な驚きと感動を覚えていたのだろう。

 ……まあ、今の私とすれ違えば、普通の地球人でも間違いなく絶句するだろうが。


 ともあれ、私を攻撃してくるやつはいない。

 何人かは異様な闖入者に気づいて騒ぐが、こちらの姿をはっきり認識すると同時に声を失った。


 ――いける。

 全裸突入作戦は大正解だった。


 しかし……LAWSと戦ったときといい、今といい、キャストオフが私の奥義みたいになってないか。露出癖なんてこれっぽっちもないんだが……。

 ちなみに、恥ずかしさなどほとんどない。自分と同じ顔をした半ば娘と認識している人間たちだからか、裸を見られてもなんとも思わないのだ。


 ともかく、そんなこんなで私は階段手前まで辿り着いた。

 見上げると、階段には蓋のような扉があり、簡単には行き来できないようになっている。こちらの騒ぎも上に届いていないだろうし、これなら帝に気づかれずに忍たちと話し合えるだろう。


 振り返り、階段を背にする。

 追いついたティレを斜め後ろに従え、私は声を張り上げた。


「聞け! 忍たちよ! 私の名前はレイ! 世界とお前たちレイ族を生み出した、始祖と呼ばれる者だ! このはちきれんばかりに美しい裸体が、その証っ!」


 各所にいた忍たちが、ぞろぞろと食堂を通って集まってくる。皆、例外なくこちらを凝視しており、足元すら見ていないからか、椅子につまづいて転ぶ者も多い。


 数十秒ほどたち、三十人前後の忍たちは私を半円状に取り囲む形で立ち並んだ。皆が皆、不意に美女の裸を見てしまった少年のごとく、一心不乱にこちらを凝視している。

 私は隣のティレに、小声で尋ねた。


「これで全部か?」


「……いえ、一人足らないです。非常事態に対応する訓練は積んでるので、たとえ寝てようとも、すぐに駆けつけ――」


 人垣の向こうに、突如上に飛び出した女がいた。

 長テーブルを踏み台にしてジャンプしたのか、そいつは並ぶ忍たちの頭上を通り越すコースで刃物を投擲してくる。


 私は一歩も動かず、飛んできたクナイを右手でキャッチした。上手いこと持ち手の部分を的確に掴んだから、手には傷のひとつもついてない。


 攻撃してきた女は地面に着地し、驚いたように私を直視する。が、ほどなく大声を出した。


「貴様ら、正気に戻れっ! それでも帝の忍かっ!」


 十人ほどが反応し、意を決するように私から視線を逸らした。そして列から離れ、声を発した女の周りへと集まっていく。


「今、攻撃してきたのが、忍の頭領です。おそらく……例の薬を飲んでます」


 全裸の私を普通に直視しているということは、ティレの言ったとおりなんだろう。つまり、忍のボスに始祖オーラによる誘惑は効かない。


 彼女は人垣を掻き分けて前に出ると、流れるような動作で腰の刀を抜いた。顔を見るに歳は五十前後で、なかなか険しい表情でこちらを睨んでいる。

 そして……右頬にはティレとまったく同じ入れ墨があった。涙を思わせる、枝の生えた棒。となると、二人は血縁なのだろうか?

 とか思ってたら、頭領はそのティレへと話しかけてきた。


「ティレ、貴様なにをやっている。この状況はなんだ」


 入れ墨を隠しているのに、頭領は見ただけで相手がティレだとわかったらしい。あるいは外見以外の要因で特定したのかもしれないが。


「見てのとおりですよ。僕は始祖様につきます。そのほうが、レイ族の未来が明るそうなので」


「この不忠者め……。帝に仕える以外に、我らの存在意義などないのだぞ。それを、よりによって貴様が――」


「おっと、それは違うな」


 気になる言い回しがあったので、私は会話に割り込ませてもらった。


「お前たち忍は、これから私に仕えるんだ。そして力を失っている私に代わり、情報収集や護衛といった任務に勤しんでもらう。レイ族の社会をがらっと変えるつもりだから、きっと働き甲斐はあるぞ。少なくとも、これまでよりはずっと」


 つまり、私は彼女たち忍を仲間に引き入れようとしているのだ。だからこそ帝を拘束する前に、わざわざこうして足を止めたのである。


 私の話を聞き、多くの忍たちはこちらに視線を釘付けにしたまま、動揺する様子を見せた。始祖に仕えて大仕事をするという提案に、心を動かされたのかもしれない。

 が、やはり例外が一人いた。


「……ほざけ、人外の術を使う妖め。頭領である僕が成敗してくれるっ!」


 頭領は刀を構え、勢いよく斬りかかってきた。

 っていうか、お前も僕っ子かよ。その歳でその一人称は痛いんじゃないか。


 容赦ない上段斬りが迫るが、私はドンと踏み込んで一気に距離を詰めた。そして振り下ろされようとしている刀の持ち手を、下から掴んで止める。


「ぐぅっ……!」


 両手で刀に体重をかけ、刃を私の顔面へと押し込もうとする頭領。だが、それを私は片手で軽々と抑え、びくともしない。

 次の瞬間、私は刀を逆に下へ引っ張り、刃をかわすと同時に頭領の姿勢を崩した。

 彼女の横に回り込み、刀を叩き落とし、右手をとって足を引っ掛け、床へと引き倒す。


 立ったままの私が上から見下ろすと、頭領は焦りと困惑の表情を浮かべた。


「つ、強い……」


 だが、すぐに表情を引き締め、落ちている刀へと手を伸ばそうとする。

 なので私はその柄を思いっきり踏み、ガキンと音を立てて跳ね上げさせ、それをキャッチした。


「まだ戦う気か。実力差はもうわかっただろうに」


 刀を無造作に杖のようにつき、私は頭領の顔を見つめる。

 彼女の闘争心は、帝への忠誠の深さゆえなのだろう。だが、人格を慕っているとか、弱みを握られてるとか、立場的なしがらみがあるとか、忠誠と言っても色々あるはず。ゆえに、一概には対処しにくい。


 頭領はしばし私を睨んでいたが、やがて、がくりとうなだれた。


「…………頼む、僕はどうなってもいいから、帝は殺さないでくれ。あの方が死んだら、僕は……」


 どうやら、帝個人を大切に思っているケースだったらしい。なら、ことは簡単だ。

 私は一歩近づき、頭領の前にしゃがみこむ。


「安心しろ。勘違いしているようだが、私はお前たちはもちろん、帝――レイカンも殺す気はない」


 頭領がバッと顔を上げた。私は続ける。


「そもそも、お前たちレイ族は一人残らず、私の娘なんだ。帝も、忍も、街を歩いてる大勢の人間も、奴隷も、犯罪者も、全部が全部、かけがえのない大切な存在なんだよ。そんな我が身同然の相手を、殺せるわけないだろ」


「……な、ならあなたは、帝をどうするつもりなのだ」


「差しあたっては、政治に関する顧問みたいな立ち位置で扱うつもりでいる。実権は私が全部握るし、本人の意向によっては違う形になるだろうが」


「………………」


 再びうなだれ、頭領は床を見つめたまましばし固まる。


 やがて、色々な想いを飲み込むかのように唾を飲み、その中年女は顔を上げた。そして私に向かって片膝をつき、頭を垂れる。


「……わかりました。僕は……忍の頭領カイレは、始祖様に従います。忠誠はまだ帝にあるゆえ、絶対の服従を誓う――とは言えませんが」


「わかった、それでいい。なら、他の者は……」


 私は集まっている忍たちに視線を向けるが、いまだに彼女たちは食い入るように私の裸体を凝視している。半分以上は涙で顔がぐしゃぐしゃだし、頭領の言葉で一瞬正気に戻った者も再びこちらに魅了されてしまっていた。

 ……どうやら、先に服を着たほうが良さそうだ。


「ティレ、服を」


「はっ」


 彼女はすぐに駆け寄ってきて、目を逸らしたまま服を渡してくる。

 私はパンツっぽい布に足を通しつつ、一番理想的な形で忍たちを従えられたことにホッとしていた。最悪、忍が始祖派と帝派に別れて殺し合うパターンもありえたからだ。


 一息つきつつ、頭上を見上げる。

 さあ、あとはもう一人をどうにかするだけだ。

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