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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
115/174

??歳・29

「なあ、この先は宝物殿の地下らしいが、忍は全部そこにいるのか?」


 私は梯子を登りながら、真上のティレに問いかけた。


「おそらくは。暗殺隊の敗北には、まだ気づいていないはずなので」


 気づいたら第二陣を送り込むとか、帝の周辺を護衛で固めるとかするのだと思われる。


「よし、ならとりあえず、上に上がったら宝物殿の出口あたりまで突っ走ろう。で、そこを封鎖して出れなくしたうえで、忍たちの説得にあたる」


「……始祖様がどういう策を用いるかわかりませんが、それは難しいと思います。忍の半分ほどは、帝に心から忠誠を誓っているので」


「半分? じゃああとの半分は違うのか? ティレみたいに」


 しばし考え込み、やがて頭上のティレは答えた。


「……現在の忍は二つの世代に大きく分かれています。帝に近い中年の世代と、近くない若い世代とに。中年の世代は帝への忠誠心が強いですが、若いほうは諸事情でそうではないので、確かに説得に応じる人間もいるかもしれません」


「二つの世代が占める全体の割合は?」


「本来はおよそ半々ですが……暗殺隊は僕以外は中年世代だったため、残っているのは相対的に若い世代が多いです。とはいえ訓練中の者も含むので、双方が二つに分かれて戦った場合、どちらが勝つかはわかりません」


「そうか。なら、最低でもこう着状態には持っていけそうだな……」


 ただ、確実性を高めるためには、もうひとつ確認しなければならないことがある。しかし、それは梯子を登っている状態では不可能なため、後回しにするしかない。



 二十分以上かけて梯子を登り終えたとき、私とティレは汗だくになっていた。極寒の環境から抜け出したのは良かったが、服の発熱作用はまだ続いていたので、逆に暑くなってしまったのだ。

 そんなわけで、天辺に辿り着いた私たちはすぐに防寒服を脱ぎ始める。

 羽織っていた外套をばさりと脱ぎ捨て、ティレはやや抑えた声で言った。


「先ほども話しましたが、ここには三十人ほどの忍がいます。……本当に、その全員を短時間で無力化できるんですか?」


「まあ、たぶん。絶対とは言えないけど」


 曖昧な答えで申し訳ないが、実戦で試したことがないから効果の保障はできない。ま、ダメならダメで、強行突破でもすればいいだろう。


「ところでティレ、お前が使ってる感情を抑える薬って、まだ効果は続いてんの?」


「……いえ、もう切れてます」


 やっぱり。さっきから妙に目を合わせないから、そんなことだと思った。

 途端、私の中でむくむくとイタズラ心が沸いてくる。ごほんと咳払いを挟み、私は格式ばった口調でティレへと尋ねた。


「ティレよ。お前は私に仕えると言ったな?」


「はい」


「じゃあ、私の顔を見れないとなると、色々不都合なんじゃないか? 会話もしづらいし、警備とかにも支障が出るだろう」


「……かもしれません」


「だったら、顔を見ることに慣れてもらうしかない。ほら、目を合わせろ」


 分厚いズボンから足を抜きつつ、むしろティレは私から顔を背けた。


「い、今必要なことですか? そんな時間は……」


「なにを言ってる。忍と戦いになった場合、綿密な連携が必要になる可能性もあるだろう。顔を見れないなら、視線での合図すら送れないじゃないか」


 この子には理詰めが有効と考え、そのような方向からの説得を試みる。そして、その目論見は正しかったらしい。


「…………わかりました。では」


 折れたようで、ティレはややためらいがちに振り向いてきた。

 私は腰に両手を当て、それをドンと出迎える。当然顔はむき出しだし、上は袖なしのシャツ一枚だ。

 至近距離にて、私とティレは見つめ合う。


 五秒間ほど、彼女の表情に変化はなかった。

 が、しばらくして、頬の筋肉がぷるぷると震えだす。やがて震えは全身に回り、なにかをこらえるかのごとく眼に力が込められていった。


 次の瞬間、ティレはバッと背中を向けた。そしてその場にへたりこみ、息を止めていたかのごとく呼吸を荒げる。顔は青ざめており、よく見ると額には汗がにじんでいた。


「だ……大丈夫か?」


 もっとこう、可愛らしく照れる様子を期待してたんだが……まるで病気の発作のような反応だ。おかげでこちらが戸惑ってしまう。


「はあっ、はあっ……す、すいません。本能に抗おうとしたんですが、無理でした。始祖様の顔を見た途端、全身に鳥肌が立って、脳からぶわっと多幸感が広がって、勝手に涙が出そうになって……。全然自分は制御できないんです」


「そんなか……」


 具体的な言葉で説明してもらったのは、これが始めてだ。やはりレイ族には、私の容姿を見て異様に感動するという、本能じみたメカニズムが備わっているらしい。


 ティレの横顔がちらりと見え、少々驚いた。彼女は、歯を噛み締めて耐えるような表情をしていたのだ。


「……あの、これは決して始祖様を嫌いとか、反感を抱いているとかじゃないんですけど……この現象自体には、正直腹が立ちます。本能だかなんだか知らないですけど、勝手に感情を操作されて……なんというか、屈辱です。僕の想いは、僕だけのものなのに、そうじゃなくなったみたいで」


 その言葉を聞き、「みんな私の顔に感動して面白いな~」という、浮ついた気分は消え去った。

 確かに、もしあちらの立場だったら、私だってきっとムカつくだろう。なんとも思ってない人間の顔を見て自動的に感動するなんて、催眠術とか洗脳と同じなんだから。


「……すまなかった、ティレ。これまで普通に感動してくれる人ばっかりだったから、顔を見せるのが侮辱になるとは思わなかった」


「……いえ、別に始祖様が悪いわけじゃないし、あなたが謝ることじゃないです」


 そして、ふと気づいた。

 帝――レイカンは、私を最初から良く思ってない感じだった。ということは、仮面を外して顔を見せたとき、今のティレと同じように屈辱感を覚えたのではなかろうか。

 だからこそ忍に私を監視させ、理由ができたらためらいなく暗殺を命令したのかもしれない。


 呼吸を整え、ティレはようやく立ち上がった。


「申し訳ありません、始祖様。お顔を見ることに慣れるのは、ちょっと難しそうです。不可能とは言えませんが、どれだけ時間がかかるか見越せない以上、このまま突入したほうがいいと思います。意思疎通に支障をきたすのは否めませんが……」


「まあ、そのへんは普通に言葉でやり取りすれば問題ないだろう。ただ、ティレには悪いが……もう少しだけ私を直視してもらう。この実験だけは、試しておきたいんだ」


 私はさらに服を脱ぎ始めた。ティレはこちらを横目で見つつ、戸惑いの声をあげる。


「し、始祖様、なにをされてるんです?」


 下着や靴までも脱ぎ捨て、私は全裸となった。汗で濡れた肌がひんやりした空気にさらされ、心地いい。


「命令だ、ティレ。私を見ろ」


 すでに息を荒げているティレは、意を決して視線をこちらに向ける。

 途端、彼女は口をあんぐりと開け、吸いつけられるように私を凝視してきた。目を上下させて、頭からつま先にかけてを丹念に見回す。


 そして再びぺたんと尻餅をつき、わなわなと全身を振るわせた。両目からはみるみる涙が溢れ出し、頬を伝って顎へと流れていく。


「どうだ? 顔だけのときと、違いや差はあるか? 言葉にして聞かせてくれ」


 しばし全身をわななかせ、呆けた顔で私を凝視していたティレ。

 彼女は五、六秒ほどたってから、私の質問に答えた。


「こ……こんなに美しいものがあるのか、という気分です。なんというか、生まれたことに感謝するほどに、喜びが全身を駆け巡っています。さっきは意地で視線を逸らしたのですが……今はそれも難しいです。悔しいとか、屈辱とか、そんなことを思う余裕すらないほどに」


「顔だけを見るとの、全身を見るのとは、やっぱり違うか」


「は、はい、感動が段違いです。一生見ていたいというか……神々しすぎるというか……。ああ、僕は夢を見てるのかもしれない……」


 感想ばかりで、質問に明確に答えているとは言えない。

 無駄のない、いかにも仕事人といった挙動を取っていたティレが、こうもふにゃふにゃになるとは。まるでマタタビを与えられた猫のようだ。


 ともあれ、知りたかったことがはっきりした。実験はこれくらいでいいだろう。

 私は床に広がっている外套を拾い、ティレから全身を覆い隠すように自分の前へ広げた。


「あっ……」


「よし、一旦心を落ち着けてくれ。そろそろ突入する」


「わ……わかりました」


 深呼吸の音が聞こえる。だいぶヤバイ様子だったが、同じく私の裸を見たルミレイはそこまで我を忘れていなかった。気分を切り替えるのは、そこまで難しくはないはずだ。


 二、三十秒ほどたち、ようやくティレは落ち着いた声で言った。


「申し訳ありません、もう大丈夫です。冷静になりました」


「よし。ならすぐにでも扉を開けて突っ込むが、大丈夫か?」


「はい、いつでも。というか、それなら始祖様の策を教えてほしいのですが……」


「ん? 策はこれだよ。今見せただろう」


「…………ま、まさか……」


「服をどけるが、私を直視しないようにしろよ。そこは私の従者として、意地を見せてくれ」


 そう言って、私は体を隠していた外套を再び捨てた。

 そして素っ裸のまま扉へと歩み寄り、電子ロックのパスワードを手早く入力する。教えられたわけではないが、三度も見たから覚えてしまっていた。

 ピッと音を立て、扉のロックが外れる。


「さあ、行くぞ。始祖の全裸ショーの始まりだ」

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