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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
113/174

??歳・27

 地面付近が白銀に輝く道を、足音を立てずに歩いていく。


 考えてみれば、一人は久しぶりだ。この世界で目覚めてからは、ずっとそばにルミレイがいたし、街には自分そっくりの人間が大勢いた。

 だから、静まり返った大通りを一人きりで歩くのは、少し気分がいい。ちょっとした解放感がある。

 ……まあ、昼間のように明るい街中に誰もいない、というのは少々不気味ではあるが。


 少々大きめな通りを横断すると、一気に町並みが変わった。雑多な住宅が密集して立ち並ぶ貧民街へと、足を踏み入れたのである。

 家の質感もがらりと変化し、木造ではなくコンクリートに似た粘土製のものとなった。木材よりそうした建材のほうが安価という話だが、そのぶん劣化しやすく、ゆえに貧民街はほこりっぽくて小石が多い。おかげで歩くとジャリジャリ音が鳴るし、ひびが入っている壁ばかりだし、どうにもみすぼらしい雰囲気となってしまっている。


 また、このあたりは無計画に家々が建てられたらしく、道が入り組んでいる。そのため細い路地や見通しの悪い場所が多く、周囲を警戒しづらい。

 ――つまり、暗殺を仕掛けるにはもってこいのロケーションというわけだ。



 私が敵の攻撃動作の予兆に気づいたのは、貧民街に足を踏み入れて数分後だった。

 研ぎ澄ましている聴覚が、きりきりと木材がしなるような音を捉える。背後の屋根の上、同じ音が五つ。これは――。


 私が振り向くのと、敵が矢を放ったのは、ほぼ同時だった。

 扇型120度ほどの範囲から別々に矢が迫り、私は最初の一本を右手で掴んで止めた。直後に迫る二本目、三本目、四本目を、持っている矢のやじりを当てて弾き落とし、最後を左手でキャッチする。

 振り向いてからすべての矢を処理し終えるまで、三秒もかかっていない。


 ――正直、自分でも驚いた。

 今の動きは、明らかに人間の域を超えている。


 明美に殺すための攻撃を仕掛けたときとか、LAWSと戦ったときとか、周りがスローモーションに見えるほどに集中したことは、何度かあった。

 が、そういうのとは感覚が違う。余計な情報を削ぎ落としてひとつのことにリソースを注ぐ――というのではなく、単純に脳の処理速度が恐ろしく速い感じだった。さほど集中せず、意識することもなく、緩く投げられたボールをキャッチするかのごとく、高速で飛来した矢を受け止められたのだ。


 先っちょの刃が欠けた右手の矢を捨て、私は屋根の上の忍へと目を向ける。七人ほどの姿を確認したが、期待したような黒装束は着ていない。尾行時の町人スタイルのままだ。

 ……暗殺のときくらい、カッコつけてこいよ、お前ら。私は割とそうしてたぞ。


 彼女らはほんの少し動揺したようだが、すぐに気を取り直して二射目を撃ってきた。

 私はその場から一歩も動かず、向かってきた矢を左手の矢で次々と弾く。同じタイミングで右斜め後ろ――完全な死角からも一本放たれたが、それもひょいと上半身を逸らしてかわした。


「さっさと降りてこい。矢じゃ私を殺せないぞ」


 仮面を外しているので、声がよく通る。あるいは、街が静まり返っているからか。


 忍たちは私の挑発には乗らず、後退して姿を消す。が、私はそのまま留まった。連中の殺意は、ちっとも萎えていなかったからだ。



 一分ほど待ち、忍集団は道の前後を挟む形で再び現れた。

 数は十三人で、全員地味な防寒具を着ている。そしてマフラーのような布を顔の下に巻いているから、頬の入れ墨が見えない。

 髪や目は全員同じだし、おまけに服の柄とか着こなしも大差ないので、まるで分身でもしてるみたいだ。忍者だからって、そんな魔法みたいな術は使ってこないと思うが……。


 だが見かけはともかく、装備には違いがあった。半分は刀を持ち、もう半分が素手。武器を持ってないやつの役目はなんだろう?

 とか思ってたら、前衛に素手の人間が並び出した。彼女らの重心は、そろって低い。さらに、そのほとんどの眼に異様な必死さがにじんでいる。


 武器を持っていない女たちが、取り囲むようにして徐々に距離を詰めてくる。構えや体勢からして、こちらを掴もうとしているようだが……。


(まさか――)


 連中の攻め方、そして決死の目つきを見て、私は察した。

 おそらく、彼女たちは私の体にしがみつき、動きを鈍らせるのが目的だ。でもって、その後は拘束している自分ごと、仲間に私を斬り殺させるつもりではなかろうか。そう考えれば、前衛たちが放つ異様な緊迫感にも納得がいく。


 ……やれやれ。そういうことなら仕方ないな。


 状況を理解した私は、戦闘目的を少し変えた。そして矢を捨てて地面を蹴り、全力で前へと飛び出す。

 正面の忍びがすかさず反応し、体を落としてタックルを仕掛けてくるが、遅い。こちらの動きのほうが遥かに速く、私の強烈なビンタがそいつの顎に直撃した。

 ――ふむ、やっぱり力も異様に強い。拳や掌底で殴っていたら、確実に骨を砕いていただろう。


 ガクリと崩れ落ちた忍の横から、別の忍が迫り来る。

 私は体をすっと落とし、地面と水平に蹴りを繰り出した。それは飛び込んできた相手の左足のすねに直撃し、骨の折れた感覚が返ってくる。

 ……まあ、足の骨折はセーフだ。死に直結はしないし。


 そんな感じに、私は突っ込んでくる忍を次々と一撃で仕留めていった。

 当然、つかまれる隙など与えないし、動きも止めない。だから刀を構えた後衛は突っ込んでこれず、攻めあぐねている。


 動きを封じられたところで、別にやられるとは思えない。しかし忍側に死者を出さないためには、こうして素手組を迅速に戦闘不能にするしかなかったのだ。


 敵だろうが、私を殺そうとしてようが、彼女たちがレイ族である事実は変わらない。そしてレイ族はすべて、私の娘だ。彼女たちに死なれたら、私は凄まじく嫌な気分になるだろう。

 ゆえに殺さないし、死なせない。自爆めいた特攻だってさせない。

 ま、ヤンチャな連中に多少のお仕置きをするぶんには、さほど心は痛まないのだが。



 さくっと素手の忍たちを倒し、残るは刀を持った六人のみとなった。

 作戦が破綻したためか、私の強さに圧倒されたのか、彼女たちは動こうとしない。ひとりは、完全に刀を下ろしてしまっている。

 他は二パターンだ。唖然とした様子でこちらを凝視している女と、それにちらちら視線を送っている四人の女。おそらく前者がボスで、後者はその命令待ちといったところか。


 ……が、私はちょっとした事実に気づいた。

 今の私は仮面をつけておらず、そして忍たちはこちらの顔を直視している。なのに、これまで顔を見せてきたレイ族のように、見とれて動揺していない。

 不思議に思ったので、ダメもとで問いかけてみた。


「お前たち、私の顔を見て平気なのか? 帝でさえ、即座に腰を抜かしたんだが」


 帝というワードにピクリと反応し、リーダーっぽい女は気を取り直して叫んだ。


「ゆっくり取り囲むぞ! 突出せず、そして同士討ちを恐れずに斬りつけよ!」


 指示に従い、刀を構えて私の四方からにじり寄ってくる忍たち。無論、私の質問には答えようとしない。

 ……が、さっき刀を下ろした女だけは、そのまま固まっている。戦意を喪失したのだろうか?

 とはいえ、あとの五人は同士討ちを覚悟で攻撃してくるらしい。私にはかなり不都合な作戦だが、しかし対処は簡単だ。同時に攻撃させなければいいだけの話なのだから。


 私はまず上着を脱ぎ、うっとうしかったマントごと投げ捨てた。ノースリーブのシャツだけになって相当に寒いが、耐えられないほどじゃない。

 動きやすくなったため、次に建物の柱を蹴って屋根へと飛び乗った。そしてあさっての方向を目指し、屋根の上を走り出す。それを当然のように追いかけてくる、暗殺者たち。


 ――こうして、雑多に並ぶ家々の上にて、私と忍との追いかけっこが始まった。



 貧民街だからか、このあたりの住居は整然と建てられておらず、非常にごちゃごちゃしている。建物と建物の隙間がまったくないのは当たり前で、住居スペースを増やすために上方向に増築されている家も多い。


 そうした地形を、私は極力足音を出さないようにして走り回った。

 太陽が出ているから勘違いしそうになるが、現在時刻は深夜零時過ぎ。住民たちのほとんどは寝ているはずであり、屋根の上でうるさく騒いだら彼女らの睡眠を妨げてしまう。

 だからこそ、初手ではこの方法を使わなかった。……しかし相手の人数は半分に減ったわけだし、死者を出さないのが最優先だし、まあ仕方ない。


 忍たちの動きを見つつ、追いつかれないよう、しかし距離を取り過ぎないように、屋根の上を走り回る。こちらは立体的に動いているから、彼女たちは連携を取りづらく、同時に取り囲む動きがまったくできていない。

 ただ、やはり各個撃破を恐れているようで、五人は固まったまま追ってきている。立体地形を使った鬼ごっこの形になれば、バラけてくれると思ったのだが……さすがに甘かったようだ。


 私は少々作戦を変えた。走りながら屋根の上の瓦礫を拾い、それを次々と忍たちに向けて投擲したのである。

 狙いは足。負傷によって個々が走れなくなれば、まとまっての追跡は不可能となるからだ。


 ただ、このやり方だと手加減ができないという懸念があった。

 忍たちに瓦礫を直撃させるにはそこそこ以上のスピードで投げる必要があったし、拾った瓦礫が都合良く小石サイズとはいかなかったからだ。こぶし大ほどもの石が直撃すれば、障害が残るほどの怪我を負う可能性は十分にあるだろう。


 ゆえに、手に入れた瓦礫を頑張って割った。膝をぶち当てたり、建物の角にぶつけたりして小さくし、ビー玉サイズほどにしてから投擲したのである。

 これでは直撃できても痣になる程度のダメージしか与えられないだろうが、それでも積み重ねればいずれは走れなくなるはず。



 そんなわけで、少々長期戦となった。五人中三人の足を潰すまで、十分近くかかってしまった。

 当然、それまで彼女らは何度も回避や反撃を試みたが、今の私には通用しない。

 どれだけ避けようとしても正確に当てたし、あちらが投げるクナイなどはすべて受け止めて回収した(一般人が拾ったら危ないし)。


 三人が走れなくなり、追っ手が二人となったところで、私は足を止めた。二人ならば同時に攻撃されても同時に対処できるし、相手に怪我をさせずに済む。


 刀を持って屋根の上を走り回ったからか、忍たちは息を荒げ、肩を大きく上下させている。相当体力を消耗したらしい。

 一方の私はぜんぜん元気だが、かといって気は抜けない。相手が殺す気で刀を振ってくる以上、ちょっとのミスが死に繋がりかねないからだ。


 二人の忍は呼吸を合わせ、まったく同じタイミングで斬りかかってきた。

 私は彼女らが投げてきたクナイやら短刀を腰帯に挟んでいたが、殺傷力のあるそれらは使わない。両手に持っているテニスボール大の瓦礫の破片。地味だが、今はこれが最適だろう。


 左上から振り下ろされた刀を左手の破片で、右からの水平斬りを右手の破片で、それぞれ受け止めた。そして同時に腰を捻り、右足によるミドルキックを繰り出す。そのつま先は刀を握る忍の手に直撃し、二、三本の指の骨をばきばきに砕いた。


 左に立つ忍が刀を落とすが、右の忍はまだ諦めない。刀を一旦引き、勢いをつけて鋭い突きを繰り出そうとしてくる。

 私は一歩下がりつつ、右手の石を彼女の顔に向けて軽く放った。完全に顔面から正面衝突するコースだったため、彼女は寸前でブレーキをかけ、石をかわす。

 直後、彼女は激痛に顔を歪めた。踏み出している右足の甲に、私が投げたもう一方の石が食い込んでいたためである。


 一気に踏み込み、手加減した前蹴りを忍の腹にぶち込む。そして刀を持つ敵の手を右手で掴み、左手のジャブパンチを鼻っ面にお見舞いした。

 さらに襟を掴み、柔道の要領で投げ飛ばそうとするが――その動きは止める。

 思ったより顔面への殴打が効いたらしく、相手が気絶してしまっていたからだ。


 失神した忍を屋根の上に寝かせ、残った一人に視線を向ける。

 指の骨を折られたそいつは息を荒げ、手で手を押さえながら、落とした刀と私を交互に見ている。だから言ってやった。


「刀を拾ったら、今度は逆の手の指を折る。それでも続けるか?」


 しばし彼女は私を凝視し、そしてきびすを返して逃げ出した。すぐさま屋根から通りへと飛び降り、建物の向こうへと走り去る。


「ふぅー……」


 ようやく一息つけた。手加減して戦うのが、こんなにも精神的に疲れるものだとは、思ってもみなかった。


 今の私は、驚くほど強い。

 身体能力も、反射神経も、思考速度も、死ぬ前より段違いに優れている。寝ている間に、明美に改造でもされたんだろうか? あるいは……。


 まあ、なんでもいいか。副作用とかがなければ、強いに越したことはないんだし。


 自分自身の変化は一旦脇に置き、私は足元で気絶している忍を担ぎ上げた。

 彼女をどう処遇するにせよ、怪我した状態で屋根の上に置いていくわけにはいかない。ついでに刀も拾い、一旦地面へと降りる。


 最初に交戦した場所に戻り、驚いた。

 私が倒した忍たちが、なぜか全員縛られて一箇所にまとめられている。


 数は……ひい、ふう、みい……十五!?

 なんで増えてる? 十三人じゃなかったっけ? っていうか誰がやったんだ、これは。


 とりあえず運んできた忍を地面に下ろす。

 そして直後に、答えが判明した。道の向こうから、一人の忍が走ってきたからだ。それも、さらに別の忍を肩に担いで。


 担がれてるほうは意識がなく、指を怪我している。おそらく、さっき私が逃したやつだろう。

 担いでいるほうは無傷だから、私とは戦っていないはずだ。そういえば、一人戦意喪失してたやつがいたが……。


 謎の忍は運んできた忍を地面に置くと、こちらへ真っ直ぐ歩いてくる。目元の感じからして、かなり若い。なんなくだが、十代半ばといったところか。

 彼女は私の目の前まで来ると、すっと跪いた。


「僕は帝を裏切り、あなたにつきます。不満があるなら、どうかこの場で斬り捨ててください」


 僕っ子かぁ。この世界に来て初めて聞く一人称だなぁ。

 ――とか思ってる場合じゃない。


「ええと……じゃあ、そこの連中を縛ったのはお前か」


「はい」


「数が増えてるのはなんで?」


「後方に控えていた連絡要員を捕らえたからです」


「屋根の上に足を痛めてる三人がいたはずだけど、もしかしてそいつらも運んできた?」


「はい。気絶させ、無力化したうえで」


 答えが簡潔で、キレがいい。ルミレイに見習わせたいくらいだ。


「ま、とりあえずこの二人も縛るか。任せていい?」


「承知しました」


 そして僕っ子は手際よく忍たちを縄で縛っていく。近くの建設現場に資材が色々置いてあったが、おそらく縄はそこから調達してきたのだろう。


 気絶した女らを二人して担ぎ、他の捕らえた忍同様、道の真ん中へと置く。

 すると、意識のある忍が僕っ子を睨みつけてきた。


「貴様……正気か。帝を裏切るなど……」


 僕っ子は平然とした口調で言い返す。


「いや、普通に考えれば、帝に味方するほうがおかしいでしょ」


「おかしいのは貴様だ。……そいつは千年間、我らを放置していたのだぞ。そんな地に足の着かない相手に、どうして一族の運命を託せる。神など信じないと、貴様だって言っていたではないか……!」


 彼女の考えは、私としても理解できる。

 どんなに権威の裏づけがあろうとも、私がポッと出の胡散臭いやつに変わりはないのだ。信仰心がない人間なら、疑って信じないのはむしろ自然なことと言える。


「確かに、神だったら信じなかったでしょうね。けど、このお方は……始祖様は人間だ。色々人間離れしてるけど、人間の範囲にある人だ。だから僕は信じる」


 私は思わず僕っ子を見た。私を始祖と知りつつ、そのうえで人間扱いするとは。

 これまで出会ってきた相手と、明らかに一線を画している。信仰心が乏しいから、そのぶん私という存在を冷静に見れているのだろうか?


 彼女の思惑はわからない。本当は帝を裏切っておらず、私を罠にはめようとしているのかもしれない。

 だが、信用できるできないはともかく、私は僕っ子に興味を持った。


「お前、名前は?」


 今しがた罵倒してきた相手に猿ぐつわをはめつつ、僕っ子は答えた。


「ティレ、と申します。どうかそうお呼びください」


「顔の入れ墨を見せてくれ」


 私は今のところ、個々人を入れ墨で判別している。顔の造形はいまだに大体が同じに見えるから、入れ墨なしだと似た格好をしているレイ族を容易に見分けられないのだ。


 ティレなる僕っ子は立ち上がり、目から下を覆っていたマフラーを首まで下げた。

 その左頬には、小さな縦長の棒が刻まれていた。枝を思わせる樹状の模様となっており、一見すると涙を連想させる位置にある。

 ……似た意匠の入れ墨を、どこかで見たような気がする。

 今の私の記憶力ですぐに思い出せないとなると、完全に同じ入れ墨ではなく、部分や雰囲気が似ているものだろう。さて、誰だったかな……。


「あなたのことは『謎巫女様』とお呼びすればいいですか? 街ではそう名乗られていたようですが」


 尋ねられたので、入れ墨のことは置いておき、少々考えてから答える。


「……そうだな。普段は始祖様でいいよ」


「承知しました」


 ティレは小さく目礼しながら返事した。

 ……ま、別にレイでもいいんだけど、それはルミレイだけに許した特権になってしまっている。他の人間にもレイ呼びを許したら、きっとあの子は嫌な気分になるだろう。


 そしてティレは私に一歩近づくと、再び跪いてきた。


「では、なんなりとご命令ください。これから僕は始祖様に絶対服従を誓いますので、どのように使われても構いません」


「……なんでも言うこと聞くってこと?」


「はい。信用ならないと思われたのなら、自害を命令してくださってもけっこうです」


 マジか。だいぶ覚悟決まってるな……。あるいは、そんな指示を私がしないと確信しているのか。


 ふと思い立ち、私は凄まじく適当な命令を下した。


「じゃあ踊ろう」


 私はいわゆるダブステップのリズムで体を揺らし始めた。アメリカの刑務所にいたときにダンス大会で覚えた、ロボットっぽい踊りだ。


「始祖様の動きを模倣するべきですか? それとも僕の知る踊りで構いませんか?」


「ティレの知ってる踊りで」


 彼女はすぐさま、盆踊りに似た動きをし始めた。手足の運びはよりダイナミックで、動作に緩急がある。

 しかし、ためらいなく踊り出すとは……なかなかやるな。

 表情は仏頂面のままだ。そのあたり、この子は私によく似ている。当然顔は同じだから、昔の自分を見ているようだ。


「歳はいくつだ?」


「十六です」


 そのくらいの歳だと思った。これまで無数の自分と似た顔を見てきたから、老け具合ならすぐに判別できる。


「よし、踊りやめ」


 私がそう言って動きを止めると、ティレもそれに倣った。

 彼女はじっと、命令を待つ犬のようにこちらを見ている。その視線の真っ直ぐさで、私は忘れていた疑念を思い出す。


「そういえば、他の忍もそうだったが、ティレは私の顔を直視して平気なのか?」


「情動を抑える薬、というのがありまして、僕らはそれを服用しています。始祖様の圧倒的美貌を前にしても心が揺らがないのは、そういうわけです」


「薬……」


 そんなものがあるとは。副作用がありそうでヤバげだが……ティレがずっと無表情なのは、その薬のせいなのだろうか?


 ――ま、それは一旦置いておこう。

 状況は落ち着いたし、ティレのこともなんとなく把握できたから、話を先に進めなきゃならない。

 なんたって、私は暗殺されかけたのだ。

 いつまでも気楽にお喋りしているわけにはいかない。


 私は山の上へと顔を向けた。

 青空をバックに、虹色に照らされる私の巨像がある。ここからではまったく見えないが、像の下には帝の住む屋敷もあるはずだ。


「今、レイカンはあそこにいるのか?」


「はい。就寝中かどうかはわかりませんが」


「確認するの忘れてたけど、私の暗殺はレイカンの指示? それともお前たちの独断?」


「前者です。始祖様がレイ族への統治意欲を持った事実を帝に伝えたところ、暗殺の命令が僕らに下されました」


「なら、話し合いは無駄か……。できれば穏便な方法でいきたかったが、仕方ない」


 私はティレへと視線を戻した。


「レイカンの身柄を確保する。協力してくれ」


「はっ」


 短く返事し、ティレはその場に跪く。


 ――さて、国盗りといくか。


 退路を絶たれた切迫感と、ほんのわずかな高揚感を抱きつつ、私は山頂の自分の像へと再び視線を向けた。

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