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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
110/174

??歳・24

「おい、なんだお前ら」


 奴隷の館で私を出迎えたのは、額に傷のあるスキンヘッドの女だった。当然、彼女も私そっくりの顔をしている。


 自分の顔がえらいことになってるのに驚き、私は一瞬奴隷の存在を忘れて相手をまじまじと見つめてしまった。

 が、あちらはあちらで、仮面をつけた私を見て目を丸くしている。


「み、巫女……だと? なんでこんなとこに……」


「おいおい、まさか本物の巫女様かぁ?」


 奥から、嘲笑や皮肉を多分に含んだ声が聞こえてきた。そちらを見ると、今しがた連れ込まれた奴隷たちが、その女によって壁の鎖に繋がれていた。


「いったいなんの御用ですかねぇ。まさか、巫女様も奴隷を御所望だとか? だったら上等なモノをお譲りいたしやすが」


 けっけっけ、と小悪党らしい口調でその女は笑った。声は私と同じだから、やはり違和感が半端じゃない。


 気を取り直し、拘束されている女たちに目を向ける。自分でもなにがしたいのかわからないが……ともかく、奴隷なる存在の実体を確認しなくては。

 私は床に力なく座っている最寄りの奴隷へと近づき、しゃがみこんだ。そして、頭に被せてある袋を外す。


 瞬間、ぞわりと背筋があわ立った。


 その女の左頬には、でかでかと焼印が押してあったのだ。

 顔の左半分を覆うほどの大きさであり、それはまぶたにも達していて、眉毛も一部焼き切れている。

 火傷の跡はおぞましく、ただれた肉はあまりにも痛々しい。出血も見られることから、つい最近施されたもののようだ。


 私はすぐに察した。おそらく、これは生まれたときに刻まれるという、左頬の入れ墨を消すための処置だ。

 彼女らの人生を奪うため、人ではなくモノとして扱うため、身分の証明でもある入れ墨を醜い焼印で上書きしたのだろう。


 後ろから嘔吐の音が聞こえた。声の調子から察するに、ルミレイが吐いているらしい。


 私も最悪な気分だ。しかし、目を逸らすわけにはいかない。というか、逸らすことができない。

 だって、他でもない自分と同じ顔が、人間性ごと徹底的に蹂躙されているのだ。これは他人事などではなく、私自身に起こっていることなのだ。見てみぬフリなど、できるわけがない。


 焼印だけじゃなく、奴隷の表情もまた、私の心を抉った。

 その顔は虚ろで生気がなく、目の前の私に気づいていないかのごとく、視線が定まっていない。右目の下には殴られた跡があるし、頬は痩せこけているし、涎は垂れっぱなしだし、想像を絶する目に合わされてきたのは火を見るより明らかだ。

 顔に感情が一切ないのは、そうして無感覚にならなければ、焼印を押される責め苦などに耐えられなかったのだろう。


 背が小さいから、歳は十二か十三といったところか。

 そんな子供が人生を投げ出すレベルの苦しみを味わっている事実に、私は心の底から愕然としていた。戸惑い、困惑し、こんなことがあっていいのかと、世界そのものにすら疑問を抱いた。


 ――本当に、胸くそが悪かった。

 碧が殺されたときでさえ、ここまで醜いものに触れた気分にはならなかった。


 ……さすがに、絶望の度合いではあのときに敵わない。だがそれでも、五十七年の人生の中で最大級に苛立っていることは、間違いないだろう。


「――――ルミレイ」


 これまでずっと一緒だった娘の名を、背中を向けたまま呼ぶ。


「は、はい」


 吐くものを吐き、呼吸を整えながら答えた彼女に、私は素直な感想を述べた。


「思っていたより酷いな、レイ族は。ここまでとは思っていなかった」


 息を呑む声が聞こえた。直後、靴や衣服がこすれ、ごつんと打ち付けるような音も。おそらく、ルミレイがまた土下座をしたのだろう。


「も、申し訳ありませぬっ! あ……あなた様を失望させてしまうとは、我らは、我らはなんという――」


「いや、お前が謝ることじゃないよ」


 私は少しだけ顔を横に向け、語気を和らげて言った。彼女を責めたいわけじゃないし、責めてどうなるものでもないのだ。これは明らかに、レイ族の社会全体の問題なのだから。


「あー……、よくわからんのですが」


 さっきの皮肉口調の女が、声をかけてくる。


「その商品は捨て値で仕入れたゴミ同然なんで、そんな失望しないでくだせぇ。もっとイイのが奥にあるんで、なんならそちらもご覧に――」


「黙れ」


 声に少々の圧を込め、私は耳障りな言葉を黙らせた。そして再び奴隷へと向き直る。

 ふと、仮面を外して私の顔を見せたらどうかと思いついた。そうすれば枯れ果てた彼女の心に、プラスの感情を与えてやれるのではないだろうか。


 思い付きを実行に移そうと、仮面に手をかける。だが、自分の考えの浅さに気づき、その動きをすぐさま止めた。


 感動を与えたところで、どうなる?

 彼女は痛みや苦しみに耐えるために、ああして感情を極限まで鈍磨させているのだ。なのに、感情を取り戻させてしまったら、これ以降の責め苦をどう耐えればいい? 余計苦しむことになるんじゃないか?


 その悲劇を回避するには、彼女を奴隷としての身分から解放する必要がある。だが、この場で金を出して買うとして、その後は?

 相当弱っているから、連れ歩くのは無理だ。信頼できる人間に任せるにしても、その相手への負担が大きすぎる。体の世話だけじゃなく、彼女のその後の人生だってどうにかしなくちゃいけないのだ。簡単に他人に押し付けられることじゃない。


 第一、奴隷はこの娘だけじゃなく、大勢いる。

 労働力として扱われているということは、総数は決して少なくないはずだ。数千、数万……いや、もっといたっておかしくない。

 救うなら全員だ。でなきゃ、その場の自己満足に終わる。


 だが……そのためには、多大な金や権力が必要だ。巫女は財力を持たないって言ってたから、ルミレイに頼るのは無理だろう。そして、他にどうにかしてくれる人間は思いつかない。

 一応、最高権力者の帝――レイカンに命令ができる立場ではある。

 とはいえ、奴隷取引には彼女も関わっているらしいし、私の意思を伝えたところで、積極的に対応してくれるとは限らない。正直、かなり怪しいだろう。


 となると、残る手はひとつしかないのだが……。


 私は、あらためて目の前の娘を見た。

 醜い焼印を押され、感情を喪失した、見ているだけで絶望を感じるほどの、自分と同じ顔。


 許せなかった。こんなこと、あってたまるか。


「…………よし、決めた」


 決意を形にするために、それをあえて口に出す。そして話を進めるべく、すっと立ち上がった。

 自分に都合の悪い展開を予想したのか、奴隷商らしき女が話しかけてきた。


「もしかして巫女様、奴隷そのものに嫌悪されてます? いやー、気持ちはわかりますし、確かに非合法ですけど……」


「けど、なんだ?」


 尋ねると、女は両手を広げて朗々と語った。


「しょうがないでしょ。だって、奴隷なしじゃ成り立たない産業もあるんですから。もしも奴隷の使用を完全に禁止したら、大勢が大損こいて、社会にとんでもない損失を生みますよ。だから、あっしらに圧力かけるのは勘弁してくれませんかねぇ。じゃなきゃ、たぶん奴隷どもも不幸になっちまいますぜ」


「……不幸か。これ以上の不幸があるとは、私には思えないんだが」


 私が足元の娘に目を向けると、奴隷商はフヘヘと笑った。


「それはだいぶ痛んでるんで、基準にしないでくだせぇ。他の奴隷はぜんぜんマシですから。みーんな健康で、喜んで主人に仕えてますから」


 しばし奴隷の娘を見つめ、そしてルミレイへと呼びかける。


「ルミレイ、金を」


 彼女はすぐに駆け寄り、貨幣の入った袋を頭を下げながら渡してくる。私はそれを受け取ってすぐ、奴隷商の女へそのまま差し出した。


「この金で、ここいる者たちを予約する。一週間後に確認に来るから、それまで誰にも売るな」


 奴隷商は自分の手の平に乗せた袋の中身を確認し、口笛を吹いた。


「わかりやした。とはいえ、引き取り時の代金や維持費は別に頂きますが、構いませんかね?」


「ああ。ただし、一人でも減ってたり、別の人間になってたり、あるいは今以上の怪我を負ってたりしてたら、前金は返してもらうぞ」


「了解です。んじゃ、商談成立ってことで」


 ……今はこれで我慢しよう。

 この場の奴隷たちを助けたいのはやまやまだが、今の私には力が足りない。状況を根本的に変え、奴隷すべてを救うためには、少々の時間がいるのだ。


(……すまない。一週間以内に、必ずお前たちを助けてみせる)


 床にへたりこんでいる奴隷たちに心の中で詫びつつ、私は気持ちを切り替える。そして振り返り、連れの三人に短く呼びかけた。


「出るぞ」


 足早で歩き、私は仲間たちを引き連れて館の外へと出る。



 館から少し離れ、人通りのない小道にて、私たちは一旦足を止めた。


「悪かったな、二人とも。心配かけた」


 緊張が抜け切っていない護衛たちに、私はまず謝る。


「い、いえ……これが私たちの役目なので、お気になさらず」


「……けど、安全上やはり、勝手に動かれるのは問題です。我らでは、守りきれるとは限りませんので。だから、できれば今後は自重していただいたほうが……」


「ああ、わかった。というか、もう危険な場所にはいかない。谷を見に行くのはやめたし、さっさと貧民街を出よう」


 その言葉を聞き、明らかに護衛二人はほっとした表情を見せる。


「あとルミレイ、政治とかに詳しい人を知ってるか? 色々話を聞きたいんだが」


「政治、でございますか? ええと……申し訳ありませぬ。我は、というか巫女は、そうした人脈は薄いゆえ、思い当たる人物はおりません」


 すると、横から護衛の一人が口を挟んできた。


「あの、蓉書院で歴史や政治を教えている人なら知ってますが」


「ようしょいん? それは……学問を教える場所か?」


「そうです。そこで庶民の子供に教鞭を取ってる人です。政治の現場に詳しい、とは言い切れませんが」


「よし、その人でいい。すぐに会えるか?」


「おそらく。この時間なら自宅におられるはずなので」


「行こう。案内してくれ」


「はっ」


 歩き出そうとする護衛たちだが、その前にルミレイが私に問いかけてきた。


「レ……謎巫女どの。政治の知識を求める理由は、なんでございますか? もしや、先ほどの奴隷たちと何か関係が?」


 踏み出しかけていた足を止め、私は右手を腰に当てた。

 ……そうだな。ルミレイたちに向かって、決意表明でもしておいたほうがいいだろう。他でもない、自分自身に言い聞かせるために。


 というわけで、私は考えていたことを口に出した。


「帝から権力を奪い、私がレイ族を統治する。政治も、経済も、戦争も、これからは全部私が取り仕切る」


 護衛二人は瞬時に凍りついた。ルミレイも仮面の下で、両目をこれでもかと開いている。

 私はさらに語った。


「さっきの奴隷を見て、レイ族が私にとってどういう存在なのか、ようやくはっきりした。――お前たちは、私の分身であると同時に、娘だ。遠い子孫とかじゃなく、もっと親密で、近い相手なんだ。だから親しみを感じるし、かけがえのない家族のようにも思える。人見知りの私がすんなりお前たちと話せてたのは、そういうわけだったんだよ」


 軽く息を吐き、私は足元を見つめる。


「たぶん、これまで政治や支配にまったく興味なかったのは、お前たちが幸せそうだったからだな。だが、決してそうじゃないレイ族もいることが、さっきようやくわかった。そして……私は大切な存在であるお前たちが不幸な状態にある事実が、我慢ならないほどに許せない。だから、決意した。現状を是としている帝――レイカンには退場してもらい、私が自分の手でレイ族すべてを幸せにすると」


 実のところ、この決断には自分自身驚いている。

 一匹狼を好んで、集団行動を避けてすらいた私が、王様や大統領みたいな立場を自ら望むなんて。

 適性だってないだろう。学校でも仕事でも、グループのリーダーを務めた経験すらないのだ。それはよくわかっている。わかってはいるが――。


「……正直、まったくもって自信はない。だが、それでもやるしかない。だって始祖の私以外に、できる人間がいないんだからな。世の中の仕組みをガラッと変えて、レイ族を一人残らず幸せにする――なんてことは」


 私は顔を上げ、ついでに仮面も持ち上げた。そしてなんとなく苦笑しつつ、三人に目を向けた。


「というわけで、しばらく忙しくなると思う。手伝ってくれるか?」


 間を空けず、ルミレイは丁寧な所作でひれ伏す。そして神妙な声で言った。


「身命を賭してお仕えすることを、固くお誓い申し上げまする」


 彼女に倣い、護衛の二人も土下座をしてくる。


 当たり前だが、一族すべてを率いるとなると、一人じゃ無理だ。私は組織運営の知識なんてほとんどないし、多くのことを部下に任せる必要があるだろう。

 前途は多難だ。

 だが……もう、やると決めた。決意したからには、最後の最後まで徹底的にやらねば。


 私は空を見上げ、山の向こうに薄く浮かんでいる塔を凝視した。


 ――悪いな、明美。

 お前のところに行くまで、少し時間がかかりそうだ。

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