??歳・23
谷周辺は闇市場となっているらしく、目抜き通りなどの商店街とは別種の怪しい活気があった。
が、そこにるのは全員レイ族なので、怪しいものを売っているのも物色しているのも、例外なく私と同じ顔をした女である。
なので、正直そこまでヤバイ感じはしなかった。巫女以外に顔を隠すのは犯罪とされているため、誰もが顔を露出していることも大きいかもしれない。
とはいえ、相手がレイ族なら無条件でそこそこ安心できるのは、私だけが持つ独特な感性のようだ。
その証拠に、ルミレイや二人の護衛は谷付近ではずっと緊張した様子だった。非合法な雰囲気だけでなく、闇商人たちの風貌や人相にも警戒していたから、『危険人物特有のやばそうな顔』といったものに反応していたのかもしれない。
そうした雑多な商店や露店を横目に、私たちは谷へと近づいていく。
思ったとおり、忍たちもついてきている。
観光中にも尾行してきていたが、しかしこの近辺では数が減っていた。経験があるからわかるが、ピリピリしている人間が多いところでは、監視や追跡といった隠密行動はしにくいのだ。
が、一定距離を保ったまま監視されてる現状が、そろそろ本気でうっとうしくなってきた。
というか、昨日の夜にでもこっちから出向いて、話を聞きにいけばよかった。意図不明の連中に追っかけまわされるのは、気味が悪いにもほどがある。
屯所に戻るまでに進展がなかったら、今晩ルミレイが寝た後にでも捕まえにいこう。そしてレイカンからどういう命令を受けているのか、お仕置きしてでも聞き出すのだ。
「そろそろ氷龍爪の入り口です。ほら、あそこの黒い門が……」
「あれか」
道の右手に、高さ四、五メートルほどの壁が現れた。それは奥に長く続いており、まるで屋敷などを守る石垣のように聳え立っている。
どうやら、あの向こうが氷龍爪と呼ばれる谷になっているらしい。壁の途中には一際高い門があり、その奥に谷の下に降りる階段があるのだと思われる。
「山の上から見たときは気づかなかったが、谷は壁に囲まれてるのか」
「そうです。なので、この辺から谷の中を見たいのなら、警邏隊の監視塔を使う必要があります」
「監視塔?」
「あそこです」
護衛が指差した先を見ると、少し先の壁際にやぐらのような高い建物があった。
「あの塔みたいのは、警邏隊の所有なのか」
「そのとおりです。でもヤクザどもが噛み付いてくるので、普段は谷の監視には使っていません。駐在所として、何人かの兵が常駐してはいますが」
色々とグレーゾーンのエリアだから、警邏隊とならず者たちの間には複雑な境界線が敷かれているらしい。
私のような政治に詳しくない人間としては、『さっさと力ずくで排除しちゃえよ』と思うのだが、それだと不都合なことがたくさんあるのだろう。
「そんなわけで、谷を見るにしても短時間で済ませてください。でないとヤクザどもが文句を言いに来るので」
「了解した。まあ、大雑把な雰囲気を確認したいだけだから――」
視界に飛び込んできたものに驚き、私は息を呑む。
私たちの隣を通り過ぎた馬車の荷台には、顔に袋をかぶされた数人の人間が乗せられていたのだ。不穏さというか犯罪臭が半端じゃなく、私は道を行く馬車を目で追い続ける。
「……なあ、あれはなんだ」
「今のは……奴隷商人の馬車です。我々としても、できれば見て見ぬふりはしたくないのですが……」
「なら、なぜ即刻逮捕せぬのだ」
ここに来てから口数の少なくなっていたルミレイが、久しぶりに声を発した。
「奴隷取引は、四十年ほど前から禁止されておるじゃろう」
「それが……残念ながら、あの業者は逮捕できぬのです。帝の認可を受けていますので」
「み、帝の認可じゃと? それは真か?」
ルミレイたちが話している途中だったが、私は我慢できずに割り込んだ。
「ちょっとまて。あの奴隷ってのは、レイ族なのか? レイ族がレイ族を奴隷にしているのか?」
護衛の兵士はためらいながら答える。
「……そうです。借金で首の回らなくなった者や犯罪者、あるいはその家族を、闇市場で奴隷として売ってるんですよ。非合法なので堂々と使役しているケースは少ないですが、大府でも一部の貴族や商人が嗜好用に所持していますし、地方では労働力として使われてもいるみたいです」
私は唖然としていた。
自分でも驚くほどに、奴隷の存在にショックを受けていた。
奴隷を乗せた馬車は、近くの屋敷で止まった。谷の壁のすぐそばにある、闇市場でも一際大きな建物だ。
商人たちは荷台の人間たちを乱暴に降ろし、蹴っ飛ばしたりもして建物の中へと強引に押し込んでいく。
気づけば、足が勝手にその建物へと向かっていた。
ずいずいと早歩きで進みつつ、私は自分の中に怒りや戸惑いといった感情が溢れ出てきていることを認識する。
「な、謎巫女様、あそこに行くんですか? まずいです、けっこうヤバイ連中が――」
「あのお方の邪魔をしてはならぬ」
私を止めようとする兵士を、逆にルミレイが止めた。
「さあ、我らも行くぞ! なにかあった場合、謎巫女様を全力でお守りせねばならんからな」
背後の兵士二人は、戸惑いつつも結局私とルミレイについてきた。
彼女らには申し訳ないが――この衝動は止められそうにない。
事実を確かめねば。
『不幸なレイ族がいる』という、当たり前すぎる残酷な事実を、私は始祖として受け止めなければ。
自分でもよくわからない決意を抱き、私は奴隷商人の屋敷へと突入していく。




