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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
108/174

??歳・22

 翌日。


 朝食を用意してもらって屯所で食べ、朝七時を回ったところで外へと出る。

 数分間立っているだけで気温が上昇していくのが体感でき、造化六花という世界の構造を、またひとつ肌で理解できた気がした。


 そしてセセナに大府出身の兵を二人、護衛につけてもらい、私とルミレイは街の観光を始める。

 戦争で活躍した英雄の像がある広場や、水路の途上にある森林公園、名物料理の並ぶ屋台など、兵士たちの案内の元、色々な場所を回った。



 各所を巡っていて思ったのは、『意外と人々の生活は私がいた世界と変わらない』ということだった。

 人間の顔がぜんぶ私と同じで、太陽が二つあって夜が来ないなど、地球とは根本的に異なる部分が造化六花には少なくない。

 しかし、そこに住まう人々の暮らしや生活は、地球のそれとまったく大差なかった。

 ――広場で子供たちが遊んでいたり、公園で老人たちが休んでいたり、屋台で誰もが美味そうに料理を頬張っていたり、恋人らしき二人が手を繋いで歩いていたり。

 そんな地球でもよくあった日常的な光景は、街のあちこちで見ることができた。


 異質な世界に住む異質な人々は、思いのほか普通に日々を生きていたのである。



 山の真下でもない限り、山頂にある私の像は基本的に街のどこからでも見えた。

 肌に色がついたぶん生々しく、光の玉や虹で派手にライティングされていることもあり、私としては素直に直視できるものではない。

 ただ、人々は本当に始祖を信仰しているらしく、あれに向かって平伏している人間は数多く見かけた。いきなり激的な変化があったから、『とりあえず祈っとくか』みたいな人もいるだろうが……ともあれ始祖が崇拝されている事実に変わりはない。


 彼女たちの祈りと崇拝の対象は、私だ。

 そうした想いに、私は応えるべきなのだろうか。それとも、無視してさっさと明美に会いに行くべきだろうか。


 答えは、まだ出ない。



「いやぁ~、意外と平民は美味いものを食ってるのじゃな! さっきの揚げ物、実に美味であった!」


「ルミレイ様に喜んでいただければ、屋台のオババも人生が報われるってもんでしょう。非番になったら教えにいってやらにゃあ」


 腹をぱんぱんと叩くルミレイに、護衛の兵士がしみじみと答えた。


「私はその手前で食ったパサパサの麺が美味かったな。ああいう料理があるとは思わなかった」


 続けて私も食い物の感想を述べた。ブラックペッパーっぽい粉のかかったパスタが出てきて、ぺろっと平らげてしまったのである。


「あれは東方麺って言って、アケミ族の食事を元にした料理です。けっこう好みの差があるんすけど、まさか謎巫女様の口に合うとはなぁ」


 そう言ったのは、もう一人の連れの兵士だ。かれこれ九時間近く一緒に街を回っているから、どちらともすっかり仲良くなってしまった。


「して、謎巫女どの。街西側の観光名所は概ね巡れたようですが、これからどうなさいますか? そろそろ日も回りますが」


 ここでは夜が近づくことを、日が『暮れる』ではなく『回る』と言うらしい。

 私はしばし考え、ルミレイの問いにずばりと答えた。


「まだ行ってないところはあるだろう。街の外れとか、でかい谷とか」


 思ったとおり、ルミレイと兵士二人は渋い顔をした。


「そこらは貧民街ですよ、謎巫女様。別に見たって面白いもんは……」


「配慮してくれるのはありがたいが、私は楽しむためだけに観光してるわけじゃない。ここに住まう人々の実態というか、暮らしぶりが見たいんだ。だから、できるなら貧民街ってやつも見てみたんだが、どうだろう」


 兵士の二人はううむと唸った。


「うーん……、昼間から酔っ払いが表をうろついてたりするんで、安全面がちょいと心配なんですが……」


「新七つ壁の方なら大丈夫じゃないか? あそこは開発が進んできたから、治安はいいはず」


「そうか、外地のそのあたりなら、巫女様がたをお連れできるか」


 無難そうな場所を選んでいる二人には申し訳ないが、私はそれだと満足できないと思う。というわけで、口を出させてもらった。


「一番危険な場所はどこだ?」


「えっ」


「そ……それは……」


 兵士たちは困ったように目を見合わせると、閉口してしまう。


「どうした。謎巫女どのが問われておるのじゃ、早く答えよ」


 ――いまさらだが、『謎巫女』とはクルヒ家に厄介になったときに私が名乗った偽名だ。

 始祖という正体を隠す気は別にないのだが、公表したらさらに大騒ぎになるのが目に見えているので、その事実は当面伏せることにしたのである。


「……やはり、氷龍爪かと」


 ルミレイの圧力に負け、一人が観念して口を開いた。


「ひょーりゅーそう?」


「氷の龍の爪、と書きます。さきほど謎巫女様が仰った、巨大な谷のことです」


「あそこか。上から見た感じ、雑多な建物がごちゃごちゃ積みあがってて、やばそうな雰囲気ではあったが」


「谷の壁面内側や地下にも大勢住んでるんで、パッと見以上に混沌としてますよ。なによりヤクザ者が暴力で支配してるから、あそこじゃ法も通用しないです。我々警邏隊の人間だって、中に踏み込むことは滅多にないほどですから」


 その説明を聞き、ルミレイは顎に手を添えた。


「噂には聞いておったが……そこまでの暗黒街とは。謎巫女どの、さすがにそこに赴くのはやめたほうがよろしいかと……」


「……そうだな」


 そんな無法地帯に踏み込むとなると、護衛は今の二人じゃ足らないだろう。強引に入り込んだら彼女たちが責任を問われるかもしれないし、ルミレイに危険が及ぶ可能性もある。


 ……とはいえ、興味はあった。いや、正確には義務感か。

 私はこれまで、レイ族の綺麗な部分しか見ていない。だから、汚いところも見るべきだと思っていた。彼女たちの始祖として、その有り様をすべて受け入れなければならない――そんな気がしていたのだ。


 というわけで、私は妥協案を提示した。


「なら、谷の入り口あたりまではどうだ? そこから下を眺めて、それで引き返すってのは」


「むぅ……」


 護衛の二人は眉をしかめて悩んでいる。


「入り口あたりも、治安はいいとは言えないのですが……。でも、長居しなければ大丈夫かもしれません」


「……そうだな。谷の外ならヤクザも強引なことはしてこない。変な人間に絡まれさえしなければ、なんとかなるか」


 どうやら、ぎりぎりオーケーのようだ。


「わがままを言ってすまん。お前たちの判断に全面的に従うから、やばそうならすぐ言ってくれ。場合によっては、即座に引き返してもいい」


「……わかりました。ならば、ご案内しましょう」


「ルミレイ様はどうします? 先に屯所に送ってもいいっすけど」


「何を言っておる。我はレ……謎巫女どのに、どこまでもお供すると決めているのじゃ。ゆえに悪党の巣窟だろうと、アケミ族の食卓だろうと、臆するわけにはいかぬ。一緒に連れてまいれ」


 正直、私としてもルミレイは危ない場所に同行させたくないんだが……まあ、仕方ないか。


 そんなわけで私たちは、日が回る前に氷龍爪という名の暗黒街に赴くことになったのである。

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