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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
106/174

??歳・20

 クルヒの母が作ってくれた料理はうまかった。がっつりした肉料理で、味噌だかデミグラスソースのようなタレで味付けもしてあり、あれなら現代日本でも普通に店で出せるだろう。

 昔っぽい世界だから料理に関しては色々覚悟していたのだが、これならさほど味で苦労することはないかもしれない。まあ、クルヒの家はどう考えても上流階級っぽいから、どこでもこのレベルの食事にありつけるとは限らないが。


 そんなわけで、私とルミレイはクルヒの家を去ることとなった。


「さよなら、謎巫女様! ルミレイ様! よければまた、遊びに来てくださいね!」


「ああ、またいつか来るよ。今度は玄関からな」


「我は多忙ゆえ約束できんが、謎巫女様が尋ねられるならば、それにお供するかもしれん。すごろくで負け越したのも気に食わんしな」


 手を振るクルヒと頭を下げる母親に別れを告げ、彼女らの家の玄関から外へと出る。


 途端、近くにいた兵士や町人たちが一斉にこちらを見てきた。が、私の演説が効いたのか、兵士が睨みを利かせているからか、特に駆け寄ってくる人間はいない。

 隣でほっとしているルミレイをよそに、私は家のそばに立っている兵士に話しかけた。


「警備ご苦労。手間をかけさせて悪かったな」


「い、いえ! 巫女様がたのお役に立てて、光栄であります!」


 私そっくりの兵士は、緊張した表情で背筋を伸ばした。


「あと、私たちはこの家に戻ってこないが、引き続きここで警備を頼めるか? 巫女がまだいると勘違いして、迷惑な輩が家に押し入ろうとするかもしれない」


「はっ! 承知いたしました!」


「頼む」


 そうして私たちはクルヒ家を後にした。

 私が坂の下へと歩き出したので、ルミレイがすかさず尋ねてくる。


「レイ様。宿は坂を上った先にありますが……他に向かう場所がおありなのですか?」


「ああ。と言っても、そこまで出歩くつもりはない。あと一箇所、目的の場所に行くだけだ」


「いずこでございましょう? あまり人が多いところでしたら……」


「大丈夫、警邏隊の屯所だ。私らが最初に訪れたあそこなら、兵士も多いし安全だろう」


「なるほど。いかな用かはわかりませぬが……ともあれ、お供いたします」


 ルミレイは歩きながら、首の後ろにある紐をほどいた。布の塊がばさりと広がり、体を足元まで覆うマントとなる。

 周囲を見ると、道を歩く他の人々も同様の格好をしていた。確かに、冷たい風がそこそこの強さで吹いている。これならば防寒より防風に力を入れたほうが、体感的には暖かく感じるだろう。普段着に風を防ぐためのマントが格納されているのも、頷ける話だ。


「えと……レイ様は外套をお広げにならないのですか? もしや、やり方がお分かりにならないとか?」


「いや、今見たから使いかたはわかる。単に寒くないから広げないってだけだ」


 今の私の体は強い。多少暑かろうが寒かろうが、問題なく体温を維持できる気がする。


「な、ならば我も――」


 私に倣おうとしたのか、ルミレイが服のマントをたたもうとする。なので、私はすぐさまそれを止めた。


「おい、待て。無理しなくていい」


「で……ですが、我は巫女である以上、あなた様に近くなくては……」


「そうは言うが、お前は人間で、私は始祖なんだろ? 違いはあって当たり前だろうが。それよりルミレイに体調を崩されるほうが、私はよっぽど困る」


 やや唖然とした顔でこちらを見つめた後、ルミレイは複雑そうな口調で言った。


「わかり……ました。なんであれ、レイ様のご命令ならば従いまする」


「一応言っておくが、これからもそうしてくれ。私は、お前が私に近いよりも、お前が常に最良の状態でいてくれるほうが望ましいんだ。いいな?」


「……承知いたしました。そのお言葉は正直、今までの巫女の価値観を揺り動かすものなのですが……」


 ルミレイは少し俯いていたが、思い立ったようにキッと顔を上げた。仮面の穴から覗き見える目は、どことなく煌いている。


「そんなものよりも、レイ様ご本人の御意向のほうが遥かに重要なのも事実。ならば、これからは無闇にあなた様に追随しないよう、肝に銘じるとしましょう。今後も我を頼っていただくためにも」


「……そうか。わかってくれたようで良かった」


 今までの様子から見るに、ルミレイの身体能力は高くない。それで私に合わせるとなると、相当な無茶が必要になるはず。まずい事態を引き起こす前に先んじて釘を差したのは、おそらく正解だっただろう。


 ルミレイが譲ってくれたからではないが、試しに私も服のマントを展開してみた。

 ……なるほど、足首に達するほど長いから、冷たい風をかなりシャットアウトしてくれる。夜にこうして出歩くならば、最低限これくらいの装備はあったほうがいいのかもしれない。



 大きい通りを歩いて進み、来たときにも渡った赤い橋に差し掛かる。

 数百メートルほど歩いたが、周囲からは刺さるような視線が絶え間なく飛んできているものの、誰一人として話しかけてはこなかった。この様子なら、今後しばらくは街の往来を静かに歩けるだろう。

 とはいえ、何も言わずに頭を下げたり、離れたところで土下座してる人間はいるから、少々突き放しすぎたかなと思わなくもない。


 ……私はいったい、彼女たちにどう接したいのだろう。


 自分が自分と同じ顔の人間たちにどんな感情を抱いているのか、未だに整理しきれていない。だから対応が後手に回っているし、場当たり的になってしまってもいる。


 ――始祖として彼女たちの上に君臨するか、正体を明かさず一人の人間として振舞うか。

 せめてどちらを取るのかは、さっさとはっきりさせなければならない。


 ふと、吐き出した息が白いことに気づいた

 クルヒの家を出た直後から、明らかに空気が冷え込んできている。今の段階でも昼間より軽く十度以上は体感気温が下がっているが、夜になった直後でこの様子だと、深夜を回ったら氷点下を割るかもしれない。もしそうなら、たとえずっと明るいままでも、外を出歩く人間はほとんどいなくなるだろう。


 唐突に、視界の端を光の粒が横切る。不思議に思って目で追うと、風に吹かれて銀色の粒子が飛んでいくのが見えた。

 気づけば、吹いてくる風に同じような粒が混じり始めていた。幻想的でなかなか綺麗だが、ルミレイも周囲の人間も特に反応はしていない。やはりこれも、ここでは日常的な現象のようだ


 冷えてきたからか、ルミレイの口数も少ない。あるいは、さっきの『私を無理に真似るな』という言葉を気にしているのだろうか。


(……私も考えを整理したいな。起きてから半日近くがたつが……いろいろありすぎた)


 溜め息を吐き、心の底からそう思った。

 とはいえ、まだ疲れも眠気もまったく感じない。千年も寝たからなのしれないが、布団に入ってもすんなり眠れるかは不透明だ。

 しかしルミレイのほうはけっこう疲れている様子だし、異様に冷えてきたし、さっさと寝床につくべきとは思う。


 などと考えていたら、前方から妙に胸が膨れている女が近づいてきた。とんでもない巨乳――じゃないな。服の膨らみ方からして、おそらくは……。


 私たちとすれ違うとき、その女は足を止めてこちらに深く頭を下げてきた。私は軽く手を上げて答えたが、視線は相手の胸の位置にあった。

 彼女は、赤ん坊を抱いていた。冷気から守るためにマントで自分ごと覆っていたから、変に膨らんで見えたのだ。


 赤ん坊はかなり小さい。おそらく、産まれて二、三ヶ月もたっていないだろう。

 顔がちらりと覗いていたが、さすがに私に似てはいない。まあ、産まれたばかりで即、私と同じ顔をしていたら、それはそれでホラーではある。


 すれ違った母子を横目で見送りつつ、私の中に新たな疑念が生まれた。

 ――子供はどうやって作るのだろう?


 レイ族はすべて、私のクローンのようなものだ。ゆえに、男は存在しない可能性が高い。少なくとも、これまで一人たりとも出会わなかったし、兵士も全部女だった。

 ……いや、念のため確認してみよう。


「なあ、ルミレイ。レイ族には性別っていう概念はあるのか?」


「せいべつ……でございますか? ええと……まず、その語句を聞いたことがありませぬ。あるかないかと問われましたら、おそらくないと思われますが……」


 やっぱり。レイ族は女だけの種族らしい。続けて、肝心の問いを発した。


「じゃあ、子供はどうやって作るんだ?」


「どうやって、とは……その……」


 また変な質問をしてしまったらしく、ルミレイは答えあぐねている。一般常識すぎて、何を問われているのかわからないのだろう。


「腹を膨らませて妊娠して、股からポンと産み出すってことでいいのか?」


「ああ、はい。もちろん、そのとおりでございます」


 良かった、まずそれは共通しているらしい。アメーバみたいに分裂するとかじゃなくて安心した。


「じゃあ、妊娠はどうやってするんだ? きっかけはなんなんだ?」


「妊娠は年頃――二十歳ほどになると、自然にできるようになりまする。それ以外にきっかけはない……と聞いておりますが」


 つまり、完全に一人で妊娠できるってことらしい。

 これは……いわゆる単為生殖というやつか。動物や昆虫にはけっこう多い繁殖方法らしいが、まさかそれを人間がするとは。


 ……明美め、なにも男嫌いだからといって、存在そのものを人類から排除しなくてもいいだろうに。いや、もっとマシな理由があるのかもしれないが……。


 ともかく、少し納得できた。単為生殖なら、千年間で生まれたレイ族のすべてが私に似ているというのも、頷ける話だ。

 私がそうして思考を整理していると、横からルミレイがおずおずと尋ねてきた。


「……あの、我も疑問に思ったのですが、今のレイ様は妊娠や出産がお出来になるのでしょうか? 現在の玉体は、普通の人間に近くあらせられるとのことですが」


「んー、どうかな。たぶん今の肉体年齢はハタチ超えてると思うけど……妊娠とかの感覚はぜんぜんない。普通は本能的にわかるものなのか?」


「ええ。腹に意識を向けると、こう……ほんのり温かみが溜まっていく感覚があるそうで。年頃になれば誰しも例外なくできるので、特に難しい技術やコツが必要なものではないかと」


「そうか。なら、私は出来ないと考えていいんだろう」


「さようでございますか。ま、レイ様は神力によって(くう)からレイ族を生み出したと言われておりますので、我らのような迂遠かつ手間のかかる出産方法など、必要ないのでしょう。……正直なところ、レイ様が出産なされたのなら、我がその御子の乳母を買って出ようと考えていたのですが」


 出産か。こんなに自分の子孫っぽい人間がたくさんいるってのに、それがもう一人増えたってなあ。できたとしても、しようとは思わない。

 いや……でも、もしかすると私の中には明美の遺伝子とかが入ってて、妊娠したら別の顔の子供が生まれるのかもしれない。たとえば……碧と完全に瓜二つの赤ん坊とか。


「………………」


 不毛な妄想はよそう。

 あの子は死んだ。代わりはいないし、作る気もない。明美だって、そんなセンスのないことをさせるほどトチ狂ってはいないだろう。


 と、思考を切り替えたくなったところで、ちょうど警邏隊の屯所が見えてきた。


「しかしレイ様。あそこへの御用とは、いったいなんなのです?」


「いや、あの建物に泊めてもらおうと思ってな。非番のための布団のひとつやふたつ、あるはずだし」


「宿にではなく、あのようなむさ苦しい場所に? それはなにゆえ……」


「警備の問題だ。忍とかいう連中、全然役に立ってないだろ」


 ルミレイはハッとし、周囲を見回した。


「い、言われてみれば、あやつらの姿がまったく見えませぬ。……始祖様を守護するという名誉極まりない役を仰せつかりながら、それを放棄するとは! なんたる不敬か!」


 地団太を踏み、ルミレイはぷんぷんと怒っている。


「いや、ついてきてはいるんだよ。建物の陰にいたり、通行人に紛れたりして。でもさっきの騒ぎでなにもしなかったし、それなら警邏隊のほうが頼りになると思ってな」


「我も同意見でございまする。守衛隊長もまだ屯所におるでしょうし、あやつを頼るといたしましょう。あつい信仰心を持つ者でありますゆえ、良く取り計らってくれるはず」


 そうして今晩の寝床を求め、私たちは再び警邏隊屯所へと足を踏み入れたのだった。

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