??歳・20
クルヒの母が作ってくれた料理はうまかった。がっつりした肉料理で、味噌だかデミグラスソースのようなタレで味付けもしてあり、あれなら現代日本でも普通に店で出せるだろう。
昔っぽい世界だから料理に関しては色々覚悟していたのだが、これならさほど味で苦労することはないかもしれない。まあ、クルヒの家はどう考えても上流階級っぽいから、どこでもこのレベルの食事にありつけるとは限らないが。
そんなわけで、私とルミレイはクルヒの家を去ることとなった。
「さよなら、謎巫女様! ルミレイ様! よければまた、遊びに来てくださいね!」
「ああ、またいつか来るよ。今度は玄関からな」
「我は多忙ゆえ約束できんが、謎巫女様が尋ねられるならば、それにお供するかもしれん。すごろくで負け越したのも気に食わんしな」
手を振るクルヒと頭を下げる母親に別れを告げ、彼女らの家の玄関から外へと出る。
途端、近くにいた兵士や町人たちが一斉にこちらを見てきた。が、私の演説が効いたのか、兵士が睨みを利かせているからか、特に駆け寄ってくる人間はいない。
隣でほっとしているルミレイをよそに、私は家のそばに立っている兵士に話しかけた。
「警備ご苦労。手間をかけさせて悪かったな」
「い、いえ! 巫女様がたのお役に立てて、光栄であります!」
私そっくりの兵士は、緊張した表情で背筋を伸ばした。
「あと、私たちはこの家に戻ってこないが、引き続きここで警備を頼めるか? 巫女がまだいると勘違いして、迷惑な輩が家に押し入ろうとするかもしれない」
「はっ! 承知いたしました!」
「頼む」
そうして私たちはクルヒ家を後にした。
私が坂の下へと歩き出したので、ルミレイがすかさず尋ねてくる。
「レイ様。宿は坂を上った先にありますが……他に向かう場所がおありなのですか?」
「ああ。と言っても、そこまで出歩くつもりはない。あと一箇所、目的の場所に行くだけだ」
「いずこでございましょう? あまり人が多いところでしたら……」
「大丈夫、警邏隊の屯所だ。私らが最初に訪れたあそこなら、兵士も多いし安全だろう」
「なるほど。いかな用かはわかりませぬが……ともあれ、お供いたします」
ルミレイは歩きながら、首の後ろにある紐をほどいた。布の塊がばさりと広がり、体を足元まで覆うマントとなる。
周囲を見ると、道を歩く他の人々も同様の格好をしていた。確かに、冷たい風がそこそこの強さで吹いている。これならば防寒より防風に力を入れたほうが、体感的には暖かく感じるだろう。普段着に風を防ぐためのマントが格納されているのも、頷ける話だ。
「えと……レイ様は外套をお広げにならないのですか? もしや、やり方がお分かりにならないとか?」
「いや、今見たから使いかたはわかる。単に寒くないから広げないってだけだ」
今の私の体は強い。多少暑かろうが寒かろうが、問題なく体温を維持できる気がする。
「な、ならば我も――」
私に倣おうとしたのか、ルミレイが服のマントをたたもうとする。なので、私はすぐさまそれを止めた。
「おい、待て。無理しなくていい」
「で……ですが、我は巫女である以上、あなた様に近くなくては……」
「そうは言うが、お前は人間で、私は始祖なんだろ? 違いはあって当たり前だろうが。それよりルミレイに体調を崩されるほうが、私はよっぽど困る」
やや唖然とした顔でこちらを見つめた後、ルミレイは複雑そうな口調で言った。
「わかり……ました。なんであれ、レイ様のご命令ならば従いまする」
「一応言っておくが、これからもそうしてくれ。私は、お前が私に近いよりも、お前が常に最良の状態でいてくれるほうが望ましいんだ。いいな?」
「……承知いたしました。そのお言葉は正直、今までの巫女の価値観を揺り動かすものなのですが……」
ルミレイは少し俯いていたが、思い立ったようにキッと顔を上げた。仮面の穴から覗き見える目は、どことなく煌いている。
「そんなものよりも、レイ様ご本人の御意向のほうが遥かに重要なのも事実。ならば、これからは無闇にあなた様に追随しないよう、肝に銘じるとしましょう。今後も我を頼っていただくためにも」
「……そうか。わかってくれたようで良かった」
今までの様子から見るに、ルミレイの身体能力は高くない。それで私に合わせるとなると、相当な無茶が必要になるはず。まずい事態を引き起こす前に先んじて釘を差したのは、おそらく正解だっただろう。
ルミレイが譲ってくれたからではないが、試しに私も服のマントを展開してみた。
……なるほど、足首に達するほど長いから、冷たい風をかなりシャットアウトしてくれる。夜にこうして出歩くならば、最低限これくらいの装備はあったほうがいいのかもしれない。
大きい通りを歩いて進み、来たときにも渡った赤い橋に差し掛かる。
数百メートルほど歩いたが、周囲からは刺さるような視線が絶え間なく飛んできているものの、誰一人として話しかけてはこなかった。この様子なら、今後しばらくは街の往来を静かに歩けるだろう。
とはいえ、何も言わずに頭を下げたり、離れたところで土下座してる人間はいるから、少々突き放しすぎたかなと思わなくもない。
……私はいったい、彼女たちにどう接したいのだろう。
自分が自分と同じ顔の人間たちにどんな感情を抱いているのか、未だに整理しきれていない。だから対応が後手に回っているし、場当たり的になってしまってもいる。
――始祖として彼女たちの上に君臨するか、正体を明かさず一人の人間として振舞うか。
せめてどちらを取るのかは、さっさとはっきりさせなければならない。
ふと、吐き出した息が白いことに気づいた
クルヒの家を出た直後から、明らかに空気が冷え込んできている。今の段階でも昼間より軽く十度以上は体感気温が下がっているが、夜になった直後でこの様子だと、深夜を回ったら氷点下を割るかもしれない。もしそうなら、たとえずっと明るいままでも、外を出歩く人間はほとんどいなくなるだろう。
唐突に、視界の端を光の粒が横切る。不思議に思って目で追うと、風に吹かれて銀色の粒子が飛んでいくのが見えた。
気づけば、吹いてくる風に同じような粒が混じり始めていた。幻想的でなかなか綺麗だが、ルミレイも周囲の人間も特に反応はしていない。やはりこれも、ここでは日常的な現象のようだ
冷えてきたからか、ルミレイの口数も少ない。あるいは、さっきの『私を無理に真似るな』という言葉を気にしているのだろうか。
(……私も考えを整理したいな。起きてから半日近くがたつが……いろいろありすぎた)
溜め息を吐き、心の底からそう思った。
とはいえ、まだ疲れも眠気もまったく感じない。千年も寝たからなのしれないが、布団に入ってもすんなり眠れるかは不透明だ。
しかしルミレイのほうはけっこう疲れている様子だし、異様に冷えてきたし、さっさと寝床につくべきとは思う。
などと考えていたら、前方から妙に胸が膨れている女が近づいてきた。とんでもない巨乳――じゃないな。服の膨らみ方からして、おそらくは……。
私たちとすれ違うとき、その女は足を止めてこちらに深く頭を下げてきた。私は軽く手を上げて答えたが、視線は相手の胸の位置にあった。
彼女は、赤ん坊を抱いていた。冷気から守るためにマントで自分ごと覆っていたから、変に膨らんで見えたのだ。
赤ん坊はかなり小さい。おそらく、産まれて二、三ヶ月もたっていないだろう。
顔がちらりと覗いていたが、さすがに私に似てはいない。まあ、産まれたばかりで即、私と同じ顔をしていたら、それはそれでホラーではある。
すれ違った母子を横目で見送りつつ、私の中に新たな疑念が生まれた。
――子供はどうやって作るのだろう?
レイ族はすべて、私のクローンのようなものだ。ゆえに、男は存在しない可能性が高い。少なくとも、これまで一人たりとも出会わなかったし、兵士も全部女だった。
……いや、念のため確認してみよう。
「なあ、ルミレイ。レイ族には性別っていう概念はあるのか?」
「せいべつ……でございますか? ええと……まず、その語句を聞いたことがありませぬ。あるかないかと問われましたら、おそらくないと思われますが……」
やっぱり。レイ族は女だけの種族らしい。続けて、肝心の問いを発した。
「じゃあ、子供はどうやって作るんだ?」
「どうやって、とは……その……」
また変な質問をしてしまったらしく、ルミレイは答えあぐねている。一般常識すぎて、何を問われているのかわからないのだろう。
「腹を膨らませて妊娠して、股からポンと産み出すってことでいいのか?」
「ああ、はい。もちろん、そのとおりでございます」
良かった、まずそれは共通しているらしい。アメーバみたいに分裂するとかじゃなくて安心した。
「じゃあ、妊娠はどうやってするんだ? きっかけはなんなんだ?」
「妊娠は年頃――二十歳ほどになると、自然にできるようになりまする。それ以外にきっかけはない……と聞いておりますが」
つまり、完全に一人で妊娠できるってことらしい。
これは……いわゆる単為生殖というやつか。動物や昆虫にはけっこう多い繁殖方法らしいが、まさかそれを人間がするとは。
……明美め、なにも男嫌いだからといって、存在そのものを人類から排除しなくてもいいだろうに。いや、もっとマシな理由があるのかもしれないが……。
ともかく、少し納得できた。単為生殖なら、千年間で生まれたレイ族のすべてが私に似ているというのも、頷ける話だ。
私がそうして思考を整理していると、横からルミレイがおずおずと尋ねてきた。
「……あの、我も疑問に思ったのですが、今のレイ様は妊娠や出産がお出来になるのでしょうか? 現在の玉体は、普通の人間に近くあらせられるとのことですが」
「んー、どうかな。たぶん今の肉体年齢はハタチ超えてると思うけど……妊娠とかの感覚はぜんぜんない。普通は本能的にわかるものなのか?」
「ええ。腹に意識を向けると、こう……ほんのり温かみが溜まっていく感覚があるそうで。年頃になれば誰しも例外なくできるので、特に難しい技術やコツが必要なものではないかと」
「そうか。なら、私は出来ないと考えていいんだろう」
「さようでございますか。ま、レイ様は神力によって空からレイ族を生み出したと言われておりますので、我らのような迂遠かつ手間のかかる出産方法など、必要ないのでしょう。……正直なところ、レイ様が出産なされたのなら、我がその御子の乳母を買って出ようと考えていたのですが」
出産か。こんなに自分の子孫っぽい人間がたくさんいるってのに、それがもう一人増えたってなあ。できたとしても、しようとは思わない。
いや……でも、もしかすると私の中には明美の遺伝子とかが入ってて、妊娠したら別の顔の子供が生まれるのかもしれない。たとえば……碧と完全に瓜二つの赤ん坊とか。
「………………」
不毛な妄想はよそう。
あの子は死んだ。代わりはいないし、作る気もない。明美だって、そんなセンスのないことをさせるほどトチ狂ってはいないだろう。
と、思考を切り替えたくなったところで、ちょうど警邏隊の屯所が見えてきた。
「しかしレイ様。あそこへの御用とは、いったいなんなのです?」
「いや、あの建物に泊めてもらおうと思ってな。非番のための布団のひとつやふたつ、あるはずだし」
「宿にではなく、あのようなむさ苦しい場所に? それはなにゆえ……」
「警備の問題だ。忍とかいう連中、全然役に立ってないだろ」
ルミレイはハッとし、周囲を見回した。
「い、言われてみれば、あやつらの姿がまったく見えませぬ。……始祖様を守護するという名誉極まりない役を仰せつかりながら、それを放棄するとは! なんたる不敬か!」
地団太を踏み、ルミレイはぷんぷんと怒っている。
「いや、ついてきてはいるんだよ。建物の陰にいたり、通行人に紛れたりして。でもさっきの騒ぎでなにもしなかったし、それなら警邏隊のほうが頼りになると思ってな」
「我も同意見でございまする。守衛隊長もまだ屯所におるでしょうし、あやつを頼るといたしましょう。あつい信仰心を持つ者でありますゆえ、良く取り計らってくれるはず」
そうして今晩の寝床を求め、私たちは再び警邏隊屯所へと足を踏み入れたのだった。




