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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
104/174

??歳・18

 私はルミレイと並び、山の螺旋通路を下っていた。

 前後には町人の格好をした女が十人ほどいるが、彼女らは護衛の忍だ。よくわからんが、忍と呼ばれていたから忍なんだろう。


「さて、これからいかがなさいますか? レイ様」


「そうだな……とりあえず、夜まで街をぶらぶらしようか」


 ルミレイの問いに、私は適当に答えた。

 レイカンは黒の御柱付近に駐在する軍人などを呼び寄せてくれるみたいだが、そうした者が集まるまで最低でも一週間はかかるらしい。そんなわけで、私は当分この街に滞在せざるを得なくなった。


 皇城での寝泊りをレイカンは勧めてきたが、私は断った。あんなやばい自分の像の真下で、まともに寝れる気がしなかったからだ。

 ゆえに山を降り、街の宿に泊まることにしたのである。


 レイカンが最高級の宿を予約してくれたらしく、差し当たり今日は寝床を探す必要はない。

 で、とりあえず気の向くままに観光でもしようと思って目抜き通りを下っていたのだが、富裕層エリアを抜けて少ししたあたりで、学生? のような若者の集団に話しかけられた。


「あ、あの! もしかして巫女様ですか?」


「そうじゃが」


 ルミレイはさらりと答えた。無論、今は彼女も私も仮面を再びつけている。


「な、なら教えてください! 始祖像のあの輝きはなんなのですか!? 街は今、始祖様がご復活なされたのではと、大騒ぎなんです!」


 確かに、山から下りるときには、街の見晴らしのいいところに大勢の人々が集まっているのが見えた。皆、ド派手になった始祖の像に驚いているのだろう。


「悪いが、確たることは言えぬ。今は物事が推移している段階なのじゃ。進展があれば帝があらためて発表するであろうから、それを待っておれ」


 堂々と落ち着いて対応するルミレイ。巫女としての自信ゆえか、彼女はこういうやり取りに実に長けている。安心して任せられると言えよう。


「と、とにかく、悪いことではないのですか? 世界が終わるとか……」


「安心せい。山のお像の変化は、我らレイ族にとって吉兆に他ならぬ。ゆえに、ただひたすらに始祖様を信じよ。我に言えるのはそこまでじゃ」


 周りの若者たちが、一斉にほっとした顔をする。

 まあ、千年間真っ白だった巨像が急にリアルな色になり、そのうえ虹色にライトアップされれば、そりゃあびっくりするわな。


「お、おい! 巫女様だ!」


「巫女様があそこにいらっしゃるわ!」


 そんな声に振り向くと、道の向こうからわらわらと人が集まってきていた。

 やはり皆、始祖像の変化について戸惑っているらしい。で、説明してくれそうな人物が現れたから、こうして群がってきたと。


 ……しまったな。これは十分予想できる事態だった。せめてレイカンになにかしらの発表をさせてから、山の下に降りればよかった。


「お、おぬしら、落ち着け! 落ち着かんか!」


 ルミレイが叫んでいるが、人々は次々押し寄せ、口々に疑問を投げかけてきている。

 ……まずい。すでに二、三十人ほど集まっているのに、まだまだその奥から人の群れが近づいてきている。兵士も駆けつけてはいるが、彼女らが場を制する前に周囲は人で埋め尽くされてしまうだろう。


 私はすぐさま決意し、ルミレイの体をひょいと持ち上げた。


「ふあっ!? レ、レイさ――」


 ルミレイが言葉を挟む間もなく、私は彼女を肩に担いで走り出す。

 人混みをすいすいと通り抜けて進むが、すでに道の両端は人の波が押し寄せてきている。運が悪ければ、あれらに飲み込まれて動けなくなってしまうだろう。


 なので、私は思い切って店の脇の荷物を駆け上がり、その屋根へと上った。ここいらには二階建ての店が道の両端に並んでいるが、切れ目を通れば建物を挟んだ反対側に出れるはず。


 そうしてトンズラをかますべく、通れそうな場所を目指して走り出そうとする。

 が、ふと私の足は止まってしまった。眼下の道では群衆がこちらを見上げていたのだが、そのほとんどがすがりつくような顔をしていたからだ。


 ――こちらを見上げて不安げな顔をしている、大勢の私。


 異様な光景に、私は足も思考も停止してしまう。

 道を埋め尽くしている私似の女たちも、巫女が巫女をかついで屋根に上るという奇行に戸惑い、声を失っているようだ。


 ……そして。

 なぜか唐突に、『彼女たちを安心させねば』という気持ちが沸き上がってきた。

 母性、あるいは庇護欲とでも言うのだろうか? ともかく、私の子孫らしき人間たちが救いを求める姿に、無性に胸をかき乱されたのである。


 だから、私は仮面を少し上にずらして口の部分を出し、思いっきり叫んだ。


「聞けっ! すべてのレイ族たちよっ!」


 多少あったざわめきが一斉になくなり、あたりは静まり返る。誰もが例外なく上を見上げ、こちらを一心に凝視していた。


 ………………やべぇ、この後なんて言おう。

 勢いで呼びかけたから、言葉がまったく続かない。


 たっぷり十秒ほどフリーズし、私は半ばヤケクソのまま、思っていたことを口に出した。


「――安心しろ! 不安に思うことなど、ひとつもない! あー……始祖が……そう! 始祖がそう言っている!」


 おぉ……、と聴衆たちは安堵したような息を吐き、その多くが表情を緩ませている。思いつきに任せた行動だったが、多少は彼女らを落ち着かせられた……のかもしれない。

 だが、今後のためにもう一押ししておいたほうがいいだろう。私は再び声を荒げる。


「伝達事項は以上だ! そして私の言葉を、この場にいなかった者にも伝えよ! 二度は言わないし、一人一人に説明するほど我らは暇ではないからだ! ゆえにこれより、山の像について巫女に尋ねることを禁じる! 厳守するように!」


 一息つき、私はルミレイを抱えたまま歩き出した。ぎしぎし鳴る瓦を踏み、軽くジャンプして隣の建物の屋根へと飛び移る。


 そこには、窓から顔を出していた女がいた。下の道に集まっている者たちと同様に、私のちょっとした演説を聞いていたのだろう。

 私はその窓枠に手をつき、よっこらせと中に入った。


「すまん、ちょっとお邪魔する」


「えっ、ええっ!?」


 十代後半くらいの私と同じ顔の女が、仰天して後ずさった。とりあえずルミレイを床に降ろし、畳だったので靴をその場で脱ぐ。


「レイ様、これからどうなさるおつもりですか?」


 ずっと米俵のように抱えられていた割には、なかなかルミレイは落ち着いている。私は壁際で硬直している住民の女に視線を向け、そして尋ねた。


「申し訳ないが、しばらくここにいて構わないか? 街の人間が落ち着き、私たちのことが知れ渡るまで、時間を置きたいんだ」


「……あ……えと……か、構いませんが」


 彼女はおずおずと答えた。まあ、身分が高いという巫女相手に「さっさと出て行け」、とは言えないだろう。

 無理を押し付けた申し訳なさもあり、私は深々と頭を下げた。


「すまない、恩に着る」


 隣のルミレイはそれを見て動揺していたが、結局彼女もこちらに倣ってお辞儀をした。

 一方で、家の女は恐縮して慌てふためいている。


「あ、頭をあげてくださいまし! ええと……お、お茶をお持ちしますね!」


 そう言って部屋を出て、彼女はどたどたと階段を下りていった。


 私はその場に腰をつき、窓の下の壁に寄りかかった。たぶん、日が落ちるまではここでじっとしてたほうがいいだろう。

 同じくルミレイも畳に正座して座り、そしておずおずと言った。


「そ……その、お言葉ですが、下々の者にレイ様が頭を下げられる必要はないかと……」


「別にいいだろ。あっちは私が始祖って知らないんだから。それとも、巫女ってのは身分を傘にして、平民に無理を押し付けるのが普通なのか?」


「い、いえ、無論そのようなことは……」


 ……なんか今の私、説教の口調になってたな。

 身分の差が根付いてる社会なんだから、こっちの常識感覚を押し付けるのはスマートとは言えないだろう。私自身、身分の恩恵を受けてる側なんだし。


「……ともかく、しばらくこの家にお世話になるとしよう。そうすればさっきの私の言葉が広まって、多少は街を歩きやすくなるかもしれない」


「承知しました。実に賢明なご判断かと」


 それにしても、とルミレイは続ける。


「さすがはレイ様、見事な立ち回りでございました! 屋根にあえて上ることで民衆の目を引きつけ、そのうえで短く切った演説をなさるとは! このルミレイ、あなた様の神としての器量を、あらためて痛感した次第です!」


「そ……そう?」


 屋根に上ったのも短い演説をしたのも、行き当たりばったりだったんだが……。でもルミレイはきらきらした目で私を見ているから、なんとも事実は言いづらい。


 けど振り返ってみれば、確かに私の取った行動は悪くなかった。最小限の手間で、こちらの意図を大勢に伝えられたのではないだろうか。

 『無闇に話しかけるな』的な私の言葉が、どれだけの速さで知れ渡るのかは不明だ。けど多少時間を置けば、少なくともさっきのように取り囲まれることはないはず。


 落ち着いたので周囲を見回すと、そこは子供部屋ほどの広さの和室だった。

 文机やタンス、押入れなどがあり、だらしなく敷かれている布団には、本やら菓子の包みやらが広がっている。

 どうやら見たまんま、個人の居室らしい。

 店の二階だから、倉庫や仕事場だと思ってお邪魔したのだが……さすがに申し訳ないことをした。生活スペースを占拠するわけにもいかないから、早々に場所を移したほうがいいかもしれない。


 ――しかし、懸念は他にもある。そちらは少々深刻だ。


 私は壁から背を離し、真後ろの窓に視線を向ける。

 そして道を挟んだ向かいの屋根に、身を隠してこちらを見ている複数の影を見つけた。レイカンが私につけた、護衛の忍どもである。


 ……連中、私とルミレイに危険が及びそうになったにもかかわらず、まったく動かなかった。護衛の役目を果たしているとは、お世辞にも言いがたい。

 一方で、忍ってのは帝直属らしいから、揃いも揃って無能ではないはず。

 つまり、忍たちは意図的にあの状況を黙認していた可能性があるのだ。その真意は不明だが……気を抜かないほうがいいかもしれない。


 再び階段のほうから、騒がしい足音が響いてきた。さっきの女が、お茶を持ってきてくれたのだろう。

 とりあえずは、それを頂くとするか。細々したことは、その後で考えよう。

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