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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第三部
101/174

??歳・15

 屋敷の従者たちは、まず私とルミレイに玄関でブーツを脱がせた。そして二人の足を湿ったタオルでさっと拭き、竹で編まれたスリッパを履かせてくる。

 ここに入る人間は例外なく、靴を脱がなければならないらしい。

 なんとなく政治や行政を司る場所だと考えていたが、この面倒臭さから察するに、皇城とは純粋な住宅なのかもしれない。


 玄関部分はちょっとした吹き抜けになっており、正面には左右から上れる階段が二階へと続いている。

 西洋の豪邸にあるエントランスホールに似ていて、あまり和風っぽくはない。記憶に新しいところだと、ゴドウィン邸の玄関に近いか。

 しかし壁は品の良い木材でできているし、細かな装飾はやはり和風だし、和洋折衷のバランスは悪くない。いわゆる大正ロマンな雰囲気、と言えなくもないだろう。


 老婆の案内の元、私とルミレイは板張りの床を歩いていく。

 そして二階へ上がって玄関側の壁際に回り、そこから直線に伸びる階段へと足をかけた。


「……ん?」


 上のほうから、なにやら音楽が聞こえてくる。三味線のような和楽器の演奏に合わせ、複数人が歌を歌っているようだ。


 私の後ろを歩くルミレイが、怒気の篭った声を発する。


「なんじゃこれは。宴会でもやっておるのか」


「は、はい……。なんでも今日は、帝が贔屓にしておられる芸者の誕生日とかで……」


 老婆の返答を聞き、ルミレイは足を止めてさらに声を荒げた。


「たわけがっ! まさかおぬしら、我が来ることを帝に伝えておらぬのか!?」


「い、い、いえ、お伝えしましたが……」


「……知ってなお、この乱痴気騒ぎをしておるのか」


 ルミレイは不機嫌さを隠さず、チッと舌打ちした。そして私に向き直り、深々と頭を下げる。


「申し訳ありませぬ、レイ様。あなた様がご降臨なされたというのに、最も慎んで出迎えるべき帝が、このような体たらくとは……」


「まあ、いいさ。とりあえず会ってみよう」


 帝とやらは、いわゆるバカ殿なのだろうか? それともなんらかの思惑があって、巫女にケンカを売るようなマネをしている?

 今まで好意的な人間ばかりだったから、少々興味が出てきた。


 私はほんの少しワクワクしながら階段を上がり、三階へと向かう。



 階段を上りきった先にはふすまがあり、それを老女が膝をついて開ける。

 中には、畳の大広間があった。旅館や時代劇でよく見るような食器を乗せる台が二列に並んでおり、その奥で女たちが楽器を弾いたり踊ったりしている。

 紛うことなく、それは確かに宴会場の光景だった。


 一番奥の上座はやや高くなっており、そこに偉そうな態度で座っているデブな私がいた。目の前で踊っている半裸の女に手拍子を向けており、どう見てもあいつが帝とやらだろう。


 同じく広間を見渡して状況を把握したのか、ルミレイは仮面を取ってすぅっと息を吸った。そしてありありと怒気の篭った、馬鹿でかい声を張り上げる。


「なにをやっておるっ!! この痴れ者どもがぁっ!!」


 一斉に、楽器の演奏や歌がやんだ。色々な髪型をした私似の女たちが振り返り、目を丸くしている。

 ルミレイはどすどすと前へ進み、さらに荒々しく叫んだ。


「去ね! さっさと去ねぃ! 帝以外は消え失せよっ!!」


 乱入者が巫女だと気づいたのか、その剣幕に怯えたのか、芸者らしき女たちはすぐさま走ってこちらへやってきた。そして私とルミレイの脇を恐縮した様子ですり抜け、階段へと向かう。

 彼女らへ目を向けず進むルミレイに、とりあえず私も続いた。


 帝は微動だにせず座り続けており、呆れたような、あるいは見下すような視線をルミレイに向けている。歳は五十台半ばといったところか。

 彼女は仮面をつけている私に対しても、同じような不信感の篭った目で見てきた。これまで無条件に人々の敬意や恐れを引き出してきた巫女の仮面だが、帝とやらにその権威は通用しないらしい。


 胡坐をかいて座る帝の三、四メートル手前にて、私たちは足を止めた。

 不機嫌さを隠さない帝の顔には、雪の結晶のような入れ墨が彫られている。おそらくはあれが、帝の地位を表す紋様なのだろう。

 まず、口火を切ったのはその帝のほうだった。


「朕の芸者たちに、勝手に退去を命じつけるとは。そういう貴様の傲慢さが実に気に食わんのだ、ルミレイよ」


「はっ。我は無礼者に無礼で返しただけのこと。自分がされたくないことは他人にもしてはならぬと、母御から教わらなんだか? 痴れ者め」


 クソガキが……、と帝は忌々しそうに吐き捨てる。

 どうやらこの二人、思った以上に仲が悪いらしい。


「で? わざわざ朕のお楽しみを邪魔しにきたのは、なにゆえだ? 大事が発生したとのことだが、隣の仮面と関係があるのか?」


 ようやくこちらのターンが来たようなので、私は颯爽と仮面を外した。

 帝はぎょっとし、前に身を乗り出してくる。


 さっきのように自己紹介しようと口を開きかけるが、その前にルミレイが大声を発した。


「こちらにおわすお方を、どなたと心得る! あふれ出す後光! 天のごとき包容力! 畏怖せざるを得ぬ神々しさ! これぞまさしく、我らが偉大なる母君――始祖様であらせられるっ!」


 ババーンと効果音でもなりそうなほどの、時代劇じみた立派な口上だった。

 地味にこちらのテンションも上がったので、とりあえず私はダブルピースのポーズを取る。


 しばし震えながら絶句し、帝はようやく口を開いた。


「…………ちょ、ちょっと待て。始祖様、だと?」


「どうした。早く頭を垂れて平伏せぬか」


 ルミレイに指摘され、逆に帝は表情を引き締める。そしてすっくと立ち上がって反論した。


「……確かに、その者の容姿は尋常ではない。始祖様を思わせる後光があるのも認めよう。だが……それ以外は普通だ。神であらせれられる身が、人間といささかも変わらないというのは、どういうことか」


「それは、故あってお力を失っておられるからじゃ。御身も覚えておられぬとのことだが、世界創世の際に力を使いきった、あるいはどこぞに力を残してきた、という事情がおありらしい」


「つまり、顔以外にそやつの身分を証明する手段はないと。それでは、得体が知れないのと同義ではないか」


 ルミレイは歯をむき出しにし、目の前の太った中年女を睨みつける。


「おぬし……受け入れぬというのか? 目の前におられるのが、始祖様を騙る偽者とでも?」


「逆に聞くが、貴様は信じているのか? 素晴らしい容姿を持つだけの一般人である可能性は、決して皆無ではないだろう」


「ならば、我がこのお方とどこでお会いしたか教えてやろう。始祖の褥じゃ。我ら巫女が代々守り次いで来た社にて、始祖様はご降臨あそばされたのじゃ。おぬしも拝謁したことがあるであろう、原初の繭。あれを割り、その中からこの方は出てこられた。そのような存在が偉大なる始祖様でなくて、いったいなんなのか。まだ疑念があるとほざくのなら、言うてみい」


 ……私もなんか言ったほうがいいだろうか? 全部ルミレイ任せで、ほんの少しいたたまれなくなってきた。

 とはいえ、こっちとしては始祖云々なんてどうでもいいし、釈明なんて特にする気にならないのだが……。


 ともあれ黙って様子を見続ける私だったが、一方の帝はまだ粘るらしい。


「……貴様の言葉が正しいのなら、確かにその者は始祖様なのだろう。が、あいにく事実の裏づけを今は取れん。貴様が嘘八百を並べている可能性は否めんからな」


「な、なんじゃと!? おぬし、言うに事欠いて巫女を嘘つき呼ばわりとは――」


「まあ待て」


 帝は手の平をルミレイに向け、落ち着くよう促す。


「ここにはあるだろう。一人のレイ族が始祖様にいかに近いかを、明確に測る装置が。それで全項目で満点を取れれば、朕も信じようではないか。お前の発言が真実であると」


 その言葉を聞き、取り乱しかけていたルミレイがすうっと落ち着いた。


「――いいじゃろう。おぬしの疑い深さは不敬にもほどがあるが、裏づけが乏しいという指摘は事実でもある。なればこそ神授秤を用い、このお方の神性の証明としようぞ!」


 よくわからんが、始祖の度合いを測る装置があって、彼女らは私にそれを使わせたいらしい。


 ……なんか面倒になってきたな。

 っていうか、激論を交わしてるから黙って見てたけど、私は別に始祖であることを認めてもらう必要はないんだよな。明美のいる塔に行けりゃいいわけで、他は全部後回しでなんも問題ない。


 そのことに気づき、私は帝へと歩を進めた。そして話の流れをぶった切る。


「なあ、お前名前は?」


「いぃっ!? な……き、貴様、帝である朕に向かって、その口は……」


「名前はって聞いてんだよ」


 私はさらにずいっと帝に顔を近づける。

 私そっくりの肥満体中年女は、わなわなと震えて体を縮めこませ、そして小声で答えた。


「……カ……カミナシダ・ヨハ・レイカン」


「ふむ、お前も私の名前を持ってるんだな。いいか、よく聞けレイカン」


 彼女がどさりと尻餅をついたので、私も合わせてしゃがみこむ。


「ルミレイはああ言っているが、私は自分が始祖であるかは、正直どうでもいいんだ。黒の御柱ってとこに辿り付くのが第一で、ほかは些事と言っていい」


「く……黒の御柱? あ、あんな場所に、いったいなんの用が……」


「大事なものがあるんだ」


 心の底からすっと出てきた言葉だった。

 それをしばし噛み締め、私は話を続ける。


「だから私が目障りなら、そこに送り出してくれればいい。――私は帝の手助けを得る。お前は自分の権力を脅かす相手を追放できる。両者両得ってやつだ」


 レイカンは怯えたような目を私に向けていたが、やがて視線を床に逸らした。

 そしてたっぷり十秒ほど考え込み、おずおずと口を開く。


「……い、いいでしょう。黒の御柱に向かいたいという、あなた……様の願い、承りました」


 彼女は気合を込めなおすかのように顔をぶるぶると振り、続けた。


「し、しかし、その前に一応、先ほど話に出てきた秤による判定を受けていただきたい。さすれば朕――いや、私のように、あなた様を疑う輩も減るでしょうから」


「わかった。じゃあ、その後に黒の御柱に関する話をしよう。それでいいか?」


「……わかりました。惜しみない協力をすることを誓いましょう」


「ルミレイは?」


 振り向いて尋ねると、彼女はなぜか得意気な顔で佇んでいた。


「レイ様がよろしいのでしたら、一切異論ありませぬ」


「なら、まずはその秤とやらに案内してもらおうか」


 私は立ち上がり、座り込んでいるレイカンへと手を伸ばした。彼女はややためらったものの、やがて手を掴み、私はそれを引っ張り上げる。


 ………………。

 なぜだか、敵意を感じた。うまく言葉にできないが、肌と肌が触れ合ったときに刺さるような感覚を覚えたのだ。

 レイカンには、いましばらく気を許さないほうがいいのかもしれない。


 波乱の予感を覚えつつ、私はレイカンとルミレイに続いて部屋の出口へと向かった。

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