042話 屍術王の猛威
「……哀れよな。無能な王を担げばもがれるのは己が足と知れよ、王家の雑兵共」
即座に後ろへ下がるベントレーに対し、ヒツギは大きく前に出てみせる。
この時点ですでに王としての『格』の違いが出ていた。
「主君、ここは我々が。王が下等生物に自ら手を下す必要などないかと」
漆黒の煙を漂わせながら、暗い鎧の騎士――ホロウが口を挟む。そしてそれに続こうとする屍術王の仲間たち。特にウルルがホロウへ対抗意識を強く燃やしていた。
「よい。下がれ、彼等は故国の兵士。この私、手ずからその命を刈り取ってやろう」
屍術王の両目が血のような紅色に輝き、その眼球に複雑な魔術円が浮かび上がる。
「さぁ、私のアンデッドとなりたい者から挑んで来るといい。楽に死なせてやるぞ」
迫り来る数百のアーガス王国兵。前方に武将が、後方には支援魔術師が、統制された動きで瞬時に陣形を整える。これもアーガス王国軍事魔導顧問、《七聖天帝》の一人、《放縦帝》ヒルデガルド・エーベルによる力か。彼女の活躍に、屍術王の心が不思議と躍る。
「はっ、せいぜい足掻けよ。土闇混合魔術! 《突き刺す混沌》」
闇色の土でできた太い棘が大地から無数に飛び上がり、王国兵の心臓を串刺しにする。
「ああ……良い……実に良い……! 最高の見晴らしではないか」
次々と地面から生えた禍々しい黒い槍が、兵士達の体を刺し穿ち貫き、無残な死体を天高く掲げた。その光景はまさに串刺し荒野である。多量の血液が地に滴り落ちる。
「くははは、まるで磔の刑ではないかね。天への供物といったところかな」
すでにまともな人の心を捨てた、屍術王は酷薄な笑みを浮かべる。
「これでお分かり頂けただろうか。キミたちでは私の相手にならないのだよ。なんならアンデッドで事足りる。疲弊しきった今の貴様らではな。そちらの最大戦力を出せ」
手遅れになっても知らんぞ、とヒツギは嘲笑った。それにたまらずベントレーが出る。
「固有魔術――《放出》! ミッドヴァルトの魔物共々、消し飛べ! 屍術王ッ!」
「――――――っ! ヒツギ……あれはマズイぞ、極大魔術以上の威力だ!」
「……チッ、分かっている! 《地獄門・三重壁》」
タイラントレックスの言葉に、ヒツギはやや焦り、咄嗟に防御に回る。
過去にヒルデの極大魔術の余波を防いだ最強の盾。その三段重ね。しかし、
「ちょ、リーダー! これ、防ぎ切れてないんですけど~! ヤバいよこれっ!」
「きゃ~、ひーくん無理だってこんなの死んじゃうよー! ラクラ、助けてぇ~」
クインが悲鳴を上げ、バーミリオンはラクラの後ろに隠れて引っ付いていた。
「騒々しい! 私が抑える、静かにしていろ。光を飲め――《ディストーション》!」
ヒツギは《地獄門・三重壁》で威力を殺した、ベントレー・フォン・アーガスの放った《魔力砲》に対して、前面の空間を歪ませ、ピンポイントでの魔術の無効化を図る。
その選択は見事に解へと至り、ベントレーの極大魔術並の固有魔術《放出》を防いだ。
(今の魔術は……ベントレーの固有魔術《吸収》で吸い取った魔術を、一気に外へと解き放った《放出》。今回の戦争で《吸収》したすべての魔素を《魔力砲》として放ったのか)
ヒツギの考えは的中していた。そのようなデータの断片はすでに拾っていたので、後は実際にその目で見て、感じたものを確かな説として立証したまでのこと。
「……くっ! まさかあれを防ぎ切るとは……な。さすがは魔王といったところか」
後ろに下がったベントレーが、中距離からヒツギに呼びかけてくる。
「分かりやすくいこうじゃないか、屍術王。先程の攻防で理解した。弱った我が兵では貴様を討伐するのは現実的ではないとな。側に不死王もいることだし、今日は諦めよう」
だが、とベントレーは続ける。声も高々に、雄々しく吼えてみせる。
「これだけははっきりとさせねばならない。オレと貴様、どちらが王として上なのか」
大きく両手を広げ注目を集めるベントレー。この場で魔王の価値を落とす腹積もりだ。
「あいつはバカなのか、ヒツギ。どう考えてもヒツギのほうが上だろう」
「ヒツギ様、あの豚殺してもいいかしら? そろそろ目障りなのですけど。とてもヒツギ様と血が繋がっているとは思えませんわ。まったく美味しいそうな匂いがしませんね」
フィリシアが同情の目で見つめ、ルナが苛立ちを抑えきれずに身を揺すりだす。
「まあ、そう言ってくれるな。あの顔も今日で見納めだと思うと、感慨深いものだ」
「ヒツギ! 否、《屍術王》! 貴様の極大魔術をオレに放て。それをオレが吸収しきることができれば、大人しくこの場は引いてもらおう。なんの戦果も持たず、手ぶらでな」
「勝手な男だ。いつまでもお前の我儘が通ると思うな。死んで身の程を弁えろ」
ヒツギとベントレー、両者の魔力が迸り、互いに相手を憎んでいるのが伝わる。
どうあっても理解し合えない二人。この結末に至るのは必然だったのかもしれない。
「その愚かしさを抱えて死に絶えよ! 《暗黒凶星》!」
「来るがよい。その醜さも含めて、悉くを飲み込んでやろう! 《魔術吸収》!」
魔王になったことで増した魔力を以って放たれる、闇属性の極大魔術。
紫黒色の超巨大な球体が高速で突き進み、点は線となり、黒い光線となった。
それを竜巻のような突風を発生させ、吸収していくベントレー。彼の許容量を超えればその固有魔術は打ち破られ、一度取り込んだエネルギーは周囲一帯に爆散する。
すなわち、ベントレーの敗北はアーガス王国軍の壊滅を意味していた。
「お、おおおおおおおおおお、おぉぉぉおおおおお! これしき、食い散らしてやる!」
やがて凄まじい轟音は収まり、ベントレーがヒツギの《暗黒凶星》を吸収し切った。
「はっ、どうだ……屍術王。若干キャパオーバーだが、喰い切ったぞ……!」
「それはご苦労なことだ。では、満足して死ね――《死者の呪腕》」
ヒツギは《暗黒凶星》を放った後、すぐに《ロングジャンプ》でベントレーの背後に瞬間移動する準備を整えていた。そして猛烈な魔力の波動が収まった刹那、姿を現した。
紫黒色の炎が灯る、ヒツギの右腕がベントレーの背中に触れる。
「………………は……ぁ?」
茫然とするベントレーの残された魔素を、ヒツギの呪腕が吸い取った。
「吸収魔術さえ使えなくなれば、お前はただの豚だ。鍛錬不足が仇となったな、腑抜け」
振り返ったベントレーの左胸に、ここで死にゆけと、ヒツギの貫手が迫る。その瞬間、
「まったく、手のかかる王子様ですねぇ。――《皇帝鮫》」
巨大な鮫型の蒼い魔素エネルギー弾がヒツギに襲いかかる。それは水属性の大魔術。
その魔術が被弾する寸前に、ヒツギは大きくバックステップで距離を取った。
この度、この作品ではない私の投稿作が、第32回前期ファンタジア大賞一次選考を通過しました。……だから何?って話ですよね。うん、褒めて褒めて。それだけです。




