043話 《屍術王》VS《放縦帝》
「…………誰だ?」
「水光混合魔術! 《青の閃光》」
蒼い煌めきでヒツギの目が眩み、一瞬意識を失いかける。
次に目を開けたとき、目の前にいたのはベントレーなどではなく、
「……《七聖天帝》の一人、《放縦帝》――ヒルデガルド・エーベル……か」
二年の歳月を経て、生身で向き合う元『師』と『弟』。だが、今の二人の立場は、昔とは違う。ついに人間側の最大戦力がその姿を現した。彼女の行動は敵対か、それとも――
「――《加速》! 渦巻け……《水神拳・改》」
視界から消え去ったと思うと、瞬時に体勢を低くしてこちらの懐に潜り込んできたヒルデガルド・エーベルの瞳と目が合った。そのときには、すでに彼女の拳は放たれており。
「その技、懐かしいな……《肉体機能増幅》! 《剛硬鎧》」
ヒルデガルドの拳がヒツギの腹を勢いよく穿つ。衝撃が背後に突き抜ける。
しかし、彼の腹部は鉄のように硬く、鋼のように頑強だった。
いつの間にか、ヒルデの手のひらに握られていた魔杖が、剣のように振り下ろされる。
「まさか、貴女がこの俺に接近戦を挑んで来るとは、ね――凰式・《纏》」
ヒルデガルドの杖術を、ヒツギは中国拳法の《化勁》を用いて難なく捌く。
久しぶりに『先生』と会ったせいか、ヒツギの一人称が安定しなくなっていた。
「ふふっ、まずは屍術王への回復を受け付けないようにしましょうか、《光絶つ雨》」
蒼天に雲がかかり、雨粒が降り注ぎ始めた。超広域水光混合魔術。
ヒルデガルド・エーベルが編み出した、他者の光属性適応率をゼロにする魔術。
「無駄だよ、《放縦帝》。私の体はまだ動く。魔力も十分だ。貴女の相手くらいは務められる。仲間にも手は出させない。数年ぶりにタイマンといこうじゃないか」
「早速慢心ですか、感心しませんね。飲み込め――《大洪水》!」
それは水属性の極大魔術の一つ。やろうと思えば町一つ飲み込むことが可能な大技。
黒雲から大量の雨が零れ落ちてくる。そしてそれは止まることなくさらに勢いを増し。
大地を水没させようかというほどに、あらゆるものを飲み込み、多大な被害を与える。
ヒツギは宙に逃れようとしたが、その洪水の流れに逆らうことができず、体を波にさらわれる。なぜか水位は自分の頭を越えており、呼吸ができなくなる。
全身を荒波に呑まれ、体内から魔素が抜けていくのが分かった。これが《蓋世王》の言っていた、《屍術王》としての性質。命の象徴である『海』、水属性魔術に耐性がなくなる。
否、それだけではない。この《大洪水》には元々他者の魔素を抜き取る力があるのだ。
「――おい、ヒツギ! しっかりしろ!」
タイラントレックスの口に咥えられて、ヒツギは水の底からすくい上げられた。
「…………すまない。助かった」
現状を把握しようと目を凝らすと、バーミリオンとリリスとルナは自前の羽で空を飛んでいたが、他のメンツはタイラントレックスの背に逃げていた。
ラミアのクイン、重厚な鎧を身に纏っているホロウ、アラクネのラクラは水に弱い。
フィリシアとウルルは人間と変わらないが、ヒツギが耐えられない《大洪水》に対抗する術など持っているはずもなく。この場はタイラントレックスのおかげで助かった。
アーガス王国軍の拠点を見ると、そちらのほうは上手く調整されているようで、あまり《大洪水》の影響を受けていなかった。しかし、それでも《屍術王》ヒツギ・フォレストと《放縦帝》ヒルデガルド・エーベルの周辺は河のようになっている。
彼女はその水辺の上に悠然と立っていた。
「ヒツギ様、わたくしの雷魔術で王国軍を感電死させましょうか?」
ルナが背中の黒翼を羽ばたかせ、ヒツギの横に並んで進言してくる。
「いや、あれは純水だ。多少は電気が通るだろうが、そこまで感電はしない」
先程の水は塩類や残留塩素がほぼすべて除去されており、不純物がなかった。
「じゃあ、どうするの~、ヒツギちゃん?」
「ヒルデの固有魔術は《全魔術属性の適応率上昇》。その中でも彼女は、水と闇の魔術の扱いはエキスパートだった。どうやら我が恩師は、私と相性の悪い相手だったというわけだ」
リリスの問いに、ヒツギはやれやれとため息を吐きながら微笑した。
空から《放縦帝》を見下ろす。大きな胸に青い髪のシニヨンヘアー。二十歳半ばになった、ヒルデガルド・エーベルはその美しさを増している。まさに人類救済の女神。
その姿は戦場に咲き誇る可憐な花のようで、ヒツギは思わず目を奪われてしまう。
タイラントレックスが皆を背に乗せたまま降下し、水飛沫を上げて着地した。
「(――《テレパシー》。聞こえますか、若様?)」
前方に見えるヒルデから、声を介さず思考が脳裏に流れ込んでくる。
(なんだ? 《放縦帝》)
「(そんなお堅い呼び名はやめてくださいよぉ!)」
(……じゃあ、先生。どうした? 何か提案でもあるのか?)
「(イエス! で、ぶっちゃけ、若様の今回の目的は、アーガス王国への侵略ではないんですよね。たぶん、あのおデブちゃんがけしかけたのだと思うのですが……)」
(その通りだ。元より俺は撤退するつもりだった)
「(では、今日の所は私に免じて引き下がって頂けないでしょうか)」
(兵士の死体は回収するが、それでも構わないか?)
「(ええ、妥協しましょう。ただ、まだ息のある者だけは見逃してもらえませんか)」
(……分かった。先生の頼みなら仕方がない。尻拭いはこれが最後だぞ)
「(承知致しました。ご慈悲の程感謝致します。王国軍は私が下がらせますので)」
傍から見ると、魔王の《屍術王》と七聖天帝の《放縦帝》が睨み合っているように見えた光景も、実は互いの脳内で和解へと導いていた瞬間であった。
そして二人の妥協点が見つかった刹那、魔の森にてヒツギの影武者を務めているドロシアから、預けた《王権》を用いて連絡が入る。
【こちら、ドロシア・スミシー。ご主人様、火急耳に入れて頂きたい要件が】
(……どうした?)
SSSS.GRIDMAN 凄く面白いね(/・ω・)/




