突然のハジマリ
クタクタになりながらも、リリルの力を借りてどうにかトラブルを対処したマロン達。当然のように長い説教を受けてしまったためか、気がつけば日が暮れていた。
「ごっはんー」
ティトがルンルンとしながら机に降りて座る。それを見たマロンは、いつも通り小皿へ作ったスープを注いだ。
「わぁー」
本日はジャガイモとキャベツ、ニンジンにほんの少しのお肉が混ざったコンソメスープに、少し硬くなったパンといった献立だ。決して贅沢な品ではない。しかし、それでも楽しみにしていた食事だ。
ティトとリリルは、マロンが作った料理を口に運ぶ。そして、素直に顔を綻ばせていた。
「くぅー、このために僕達はここへきたんだよー」
「さすがマロンですね。塩加減と言い、何から何まで絶妙です」
「お褒めにいただき、光栄です」
美味しい美味しいと食べる相棒と師匠。そんな二人を見ていると、ついつい喜んでしまう。
「…………」
静かに料理を見つめるフィーネ。一度どこか不思議そうに料理を見つめ、マロンに視線を移していた。
「どうした? 食べないのか?」
「あなた、こんな美味しそうな料理が作れるのね」
「まあな。といっても、それなりの器材と材料がなければ作れないが」
確かに、とフィーネは感じた。器材も材料もなかった数日間は、乾パンと味が悪い水を飲みながらマロン達と過ごしたものだ。
「でも、あの時は近くに村があったじゃない?」
「そこで料理を作ったとして、お前は食べたか?」
嫌な指摘をされて、フィーネは顔を歪ませた。あの時は確かに心の整理がついてなかった。そして今以上に関わって欲しくないとも考えていた。
マロンは、いろんなことを察して敢えて連れていかなかったのだろう。
「まあ、救難信号を受け取ってくれた人達だから、礼ぐらいはしたがな。その時はなかなかに贅沢な注文をされて、少々骨が折れたが」
「料理とは案外、どこでも通じるものなのね」
「その通りかもな。それよりも、早く食べろ。冷めるぞ?」
フィーネは促されて料理に視線を下ろす。大っ嫌いな人が作った料理。だけど食べなければお腹が余計に減って、苦しくなる。
「ゴクリッ」
我慢するのはよくない。確かに大っ嫌いな人が作った料理だが、料理には罪がない。それにとても美味しそうで、その証拠によだれが溢れ出てきている。
フィーネは恐る恐るスプーンを手に取った。ゆっくりとスープをすくい、そして口へと運んだ。
「はむっ」
広がるのは、表現ができないほどの美味しさ。程よい塩気を持つ黄金色のスープは、これまた絶品だ。
試しにジャガイモを口へ運んでみる。するとジャガイモからは想像以上の甘みが溢れ出ていた。塩気がいいアクセントとなっており、噛めば噛むほど旨味が溢れ出てくる。
フィーネはこの料理につい頬を緩ませてしまった。次は何を口へ運ぼうか。そんなことを考えてしまう。
「美味いか?」
マロンに声をかけられて、フィーネは我に返った。
慌てて視線をマロンに向ける。するとマロンはどこか勝ち誇ったかのように笑っていた。
「何よ、その顔は?」
「別に。何でもないさ」
フィーネはどこか悔しかった。大っ嫌いな奴の料理なのに、こんなにも幸せな気分にされてしまったことに。
だが、一度覚えてしまった味からは逃げることができない。フィーネはマロンにそっぽを向いたように身体を背け、ガツガツとスープを食べ始める。
そんな姿を見たマロンは、どこか勝利を確信したようにガッツポーズをしていた。
「ふふ、少しは溶け込んできたようですね」
「フィーネ、おかわりするー?」
「する」
「食べすぎるなよ? 俺の分がなくなる」
「たくさんする」
楽しい夕食。いつもより賑やかで、幸せだ。
だが、幸せとは突然崩れ去ってしまうものでもある。
「先生?」
カラン、とスプーンが落ちる。その音に気づいたティトは、リリルに顔を向けた。
「どうしたの? 先生」
「ちょっと目眩が。大丈夫です」
リリルはそういって落としてしまったスプーンを手に取ろうとした。だが、そのままバランスを崩してしまう。
「先生!」
マロンは思わず駆け寄った。リリルはそんなマロンに「大丈夫です」と言い放つ。
懸命に身体を起こそうとするリリル。しかし、いくら待っても立ち上がる気配すら見えなかった。
「しっかりしてくれ、先生!」
マロンはリリルを抱き上げた。しかし、リリルからの返事がない。ただ苦しそうに呼吸するだけだ。
試しに額に手を当ててみる。するととんでもない熱を感じ取れた。
「ちょっと触るよ!」
ティトが慌ててリリルの額に手を当てた。そのまま瞼を下ろし、何かを呟き始める。
だが、その途中でティトは弾かれてしまった。
「うわっ」
ティトはどうにか空中でバランスを保つ。痺れる手を一回だけ眺め、そしてマロンにこんなことを伝えた。
「先生、ヤバいかもっ」
マロンはその言葉に目を鋭くさせる。
「わかりやすく頼む」
「たぶんだけど、魔力暴走が起きているよ」
「魔力暴走?」
聞き慣れない言葉だ。だが、それよりも気になる単語がある。
「待ってくれ。先生は魔法が使えないはずだが」
「言いたいことはわかるよ。そもそも人間は普通、魔法は使えないから魔力なんて持たないはずだし」
「じゃあどうして、そんな言葉が出てくる?」
マロンの問いかけに、ティトは「わからない」としか答えられなかった。
「魔法を使える妖精ならともかく、先生がこんな症状になるなんて普通あり得ない。一体何が起きているんだ?」
考え込むティト。しかし、そんな時間はない。
どうにかしなければリリルは死ぬかもしれない。そんな危機感が空間を支配する。
「マロン……」
何もできないでいると、リリルがマロンを読んだ。思わず顔を覗き込むと、リリルはこんなことを口にする。
「最後の、頼みを、聞いて、くれません、か?」
マロンはつい目を大きくする。
「最後って。何を言っているんですか!?」
「これは、生まれつき、なんです。最近は、調子がよかったから、動け、ました。ですが、今回は、ダメ、です」
「先生!」
「自分のこと、ぐらい、わかります。だから、お願い。これ、を――」
リリルはそういって、一つの手帳を渡した。
マロンは状況が飲み込めないまま、その手帳を手にした。
「頼みたい、こと、が入っています。あなたは、それを、完遂して、ください」
「何を言っているんですか。リリル先生、あなたはまだ――」
「そんな顔、しないで、ください。それに、あなたは、私が目をかけた、弟子、ですよ?」
「だけど――!」
マロンが何かを言い放とうとする。その瞬間、リリルは胸を抑えて苦しみ始めた。
何が起きているのかわからないマロン。だが、それを見たティトが叫んだ。
「マロン、離れて!」
「なんでだ!」
「魔力暴走が最終段階に来ているんだ! このままじゃ先生が爆発して、マロンも巻き込まれちゃう!」
打つ手がない。そんな状況に、マロンは奥歯を噛むしかなかった。
しかし、そんな状況の中で諦めない少女がいた。
「死なせない」
苦しんでいるリリルをフィーネは抱き締めた。そしてゆっくりと瞳を閉じ、静かに念じ始める。
「これは――」
不思議な光景が、広がった。淡い青い光が、フィーネの身体から発せられている。
一体何の光なのかわからない。だが、その光のせいか明るかったテント内が一気に暗闇に包まれてしまった。
広がる淡い青の光。気がつけばフィーネの全てが青く輝いていた。
「大丈夫、だから」
光りが消える。すると、途端にリリルの呼吸が安定していた。明かりも元に戻り、何事もなかったかのような空間が広がっている。
「何を、したんだ?」
つい問いかけてしまうマロン。フィーネはそれに対して、目をパチパチとさせながらこう答えた。
「わからない」
マロンはただ呆然とする。
しかし、リリルはどうにか助かったと認識もした。
「安心はできないよ」
だが、それはティトの言葉によってかき消される。
「フィーネがやったのは一時的に暴走を止めるという応急処置だよ。いつ、また同じことが起きるかわからない」
そう言われて、マロンは顔を引き締めた。一体何が起きたのかわからない。だが、絶対的な絶望からリリルは救われた。
それを繋ぎ止めるためにも、マロンは立ち上がる。
「このままじゃ先生は死んじゃう。でも魔力暴走を直すには、専門の医者に行かないといけないし。だけどそんなの、この近くにはいるはずはないし……」
ティトは不安げだった。だが、マロン達だけではどうすることもできない。
打開する方法はあるのか? マロンはそんなことを考えながら、受け取った手帳を開く。するとあるページに一枚の写真が挟まれていた。
その写真には、リリルと老人が仲よさそうに立っている。マロンはそれを一度眺めた後、ページに目を移した。
「これは――」
目を通すと、そこには思いもしない内容が書かれていた。それを読んだマロンは、こんな言葉を口にする。
「なぁ、ティト。もしもだ。ラフランカ帝国がそれを直す技術があったら、どうする?」
思いもしない問いかけに、ティトは目を大きくする。
「可能性があるの?」
「わからない。だけど、希望の欠片はある」
マロンはフィーネに顔を向ける。そして、手にした紙を握り締めた。
「先生のために、探すぞ」
ラフランカ帝国が消えた謎を追え。
リリルから受け取った手帳には、そんな内容が書かれていた。
倒れてしまったリリルを助けるために、立ち上がるマロン達。
その頼りない希望は、求めるものへと導くのだろうか?




