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03:裏口と、三つの魔石

「——どうせなら、ダンジョンに攻め込んでみないか?」


「いや、駄目に決まってるでしょそんなの!?」


 暁灯(あきと)くんの大胆な提案を、私は一言で切って捨てた。


「学校の中で、ダンジョンの入口が開きっぱなしなんだよ。攻め込んでいる間にモンスターが溢れたら——」


「それは大丈夫だ。対策がある」


 暁灯くんが、懐から四本のクナイを取り出した。

 少し小ぶりで、柄に細い鎖がついている。鎖それぞれには、これまた小さめの札が括りつけてあった。


 彼は裂け目を囲むようにクナイを連続で投げ放つ。

 刃物が地面に突き立った瞬間、片手で印を結び、静かに祭文(さいもん)を唱えた。


「東より青龍、西より白虎、南より朱雀、北より玄武——四神鎮護(ししんちんご)急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


 蒼い光が、クナイとクナイの間を細い線となって走る。

 それが瞬く間に広がり、裏庭全体を覆う薄い膜のようなものを作り上げた。


「人払いと封じ込めの二重結界だ。一般人は近寄れないし、中から出てきたものも、この結界の外には出られない」


 私は手に持ったままだった特殊警棒で、結界とやらを軽く叩いてみた。

 薄い膜みたいな見た目に反して、コンコンという、硬い金属板を叩いたような音が返ってくる。


「これ、私たちも出られないんじゃ」


「解除すればいい。最悪、俺が倒れても一時間後には自動で解けるようになっている」


「その頃には避難も済んでいるし、本来の対策班が来ているはず、ってことね」


 暁灯くんが頷く。

 口に出した懸念に対する答えはきちんと返ってきた。

 それに、正直なところ、見てみたいと思ってしまったのだ。

 ダンジョンの理の外側にある、陰陽師のやり方というものを。


「……分かった。やろう、ダンジョン攻略。ただし、危なくなったら撤退優先。いいね?」


「了解」


 返事だけは素直だ。そこが逆に信用しきれないんだけど。


「さて、それじゃあ行こうか。盾持ちの私が先頭で——」


「いや、正面からは入らない方がいい」


「え?」


「さっき、弓持ちがいただろう。入口には待ち伏せされていると考えた方がいい」


 裂け目——つまりダンジョンの入口を、暁灯くんは一瞥しただけで避けた。

 代わりに、裂け目から数歩離れた何もない場所に立ち、ゆっくりと周囲を見回す。目ではないもので、何かを探るような仕草。


「……こっちだ」


 そして、私に手を差し出した。


「繋いでいないと、置いていくことになる」


「……手を?」


「そう」


 何のことだか分からなかったが、彼は至って真面目な顔をしている。

 一瞬だけ躊躇する。が、一瞬だけだ。覚悟は決めた。

 暁灯くんの手を取る。

 男子の手は、想像より少しひんやりとしていた。


 暁灯くんが空いた方の手で印を結び、数歩、その場でステップを踏んだ。

 見たことのない、奇妙な足さばきだ。それは偶然ではありえない、不可思議なもので——


 一歩。

 暁灯くんが、左足を前に出す。

 私は、地面を踏んでいる。見慣れた裏庭のアスファルト。

 なのに、足裏の感覚が変わった。硬い石。冷たい。湿っている。


 二歩。

 景色がブレる。

 裏庭の風景が、薄紙を一枚ずつ剥がすように消えていく。空が遠くなる。


 三歩。

 空が消えた。

 代わりに、苔むした石の天井が頭上にあった。


 四歩目を踏み出した時には、完全に——ダンジョンの中だった。


「……っ」


 息を呑む。

 薄緑色の燐光が壁面の苔から放たれ、石造りの回廊を照らしている。天井は三メートルほど。湿った空気。微かな瘴気。

 裂け目を通った感覚は、一切なかった。


「今の——何?」


禹歩(うほ)。方位を読んで、空間の境界を踏み越える歩法だ」


「全然分からないんだけど……」


「ダンジョンは、霊的に隔絶した空間だ。それなら、俺たちの専売特許と言える。霊的な位相をずらせば、入口以外から入ることも容易だ」


「全っっっ然分からないんだけど!?」


 四歩だ。たった四歩で、学校の裏庭からダンジョンの内部に移動した。

 入口を通らず、待ち伏せも回避して。

 そして、私たちがいるのは、ダンジョンの入口付近ではなく、回廊の途中だった。

 振り返ると、四体のゴブリンの背中が見えた。入口の方を向いて、武器を構えている。

 こちらには気づいていない。完全に、背後を取っていた。


「……マジかー」


「先頭は咲希(さき)さんだったよね。どうぞ」


 呆れ半分、感心半分。

 得物を特殊警棒から幅広の片手剣に交換し、忍び足で近付く。

 背後からの奇襲。本来なら卑怯もいいところだが、モンスター相手に礼儀は不要。


 最後の数歩を一気に駆ける。

 まず一体目。大盾で背中から全力でぶち当たり、前のめりに体勢を崩したところへ片手剣を叩き込む。

 二体目は、反射的に振り向きかけたところを横薙ぎに斬り払う。

 三体目がようやく叫び声を上げかけ——その喉元へ、踏み込みざまに剣先を突き込んだ。

 最後の一体だけが、ようやく手に持った棍棒を振り上げる。

 だがその額に、私の横をすり抜けて飛来したクナイが突き刺さった。

 括りつけられていた札が弾け、青白い炎が一瞬で頭部を包み込む。


 四体のゴブリンは、ほとんど悲鳴らしい悲鳴も上げられないまま、その場に崩れ落ちた。


「流石は熟練探索者。あっけないな」


「ここまでお膳立てされちゃ、誇る気分にもなれないけどね……」


 消えゆくモンスターの輪郭を見送りながら、肩の力を抜く。


 さて、お楽しみのドロップ回収だ。

 見ると、ゴブリンたちのいた場所に、小指の先ほどの小石が転がっている。

 魔石。

 モンスターを倒すと出てくるダンジョン産アイテム(ドロップ品)だ。

 まあ、魔物(モンスター)が落とすから魔石と勝手に呼んでいるだけで、具体的に何に使えるかは謎なアイテムなんだけど。


「……あれ? 魔石が三つしか落ちてない」


 今回倒したのはゴブリン四体だ。しかし、拾った魔石はそれより一つ少ない。

 その疑問に、意外なところから声が上がった。


「三個も落ちたのか!?」


 暁灯くんが、驚愕に目を見開いている。


「暁灯くんは、これが何か知っているの?」


「俺は、霊石と呼んでいる。それが、同じものかは分からないけど……」


 暁灯くんが、あからさまに言葉を濁す。

 ……ピンと来た。

 彼は、魔石を欲しがっている。気のないふりをして、その実、私の掌の上を凝視しているから分かる。


「まあ、今回は暁灯くんのおかげで楽勝だったわけだし、研究用に一つだけ私が貰って、残りは暁灯くんのもの。それでいい?」


「それは、とても嬉しいが—— いいのか?」


「まあ、私たちはこれが何か、分かってないし。それに、そんなトランペットを前にした少年みたいな顔をされちゃあ、ねえ?」


「……そんな顔は、していないと思うが」


 ガシガシと頭を掻きながら、暁灯くんが魔石を受け取る。


「で、もうひとつ提案なんだけど……」


「貰った後にそう言われるの、ちょっと怖いんだが」


「この魔石…… 霊石って言うんだっけ? 具体的に何なのか、何に使うのか、教えてくれない?」


「それは——」


「代わりに、このダンジョンで落ちた魔石は、そうだね、魔石が五つ落ちたら、一つは私が貰う。残りは暁灯くんのもの。これでどう?」


 暁灯くんが、少しだけ逡巡する。しかし、それも私の追加進呈の約束を前にしては、長くは続かなかった。


「……分かった。このダンジョンから出たら、話せることは、話そうと思う」


 †


 ドロップ品を分配し、ダンジョンの探索に戻る。

 ……暁灯くんのテンションが上がっているように見えるのは、気のせいだと思いたい。


「さて、先に進もうか。この手の生まれたてのダンジョンは一本道が多いから、迷うことは少ないんだけど…… 基本は右手の法則で」


「いや、わざわざそんなことしなくてもいい」


 暁灯くんが、回廊の壁に手を触れた。目を閉じ、何かを探るように指先を滑らせる。


「……この程度なら、構造は探れる。この先、分岐が三つ。左、左、右。ほかは全て行き止まりだ。その奥に広い空間がある。多分、そこが最奥だな」


「え、もうゴールが分かったの?」


「霊的な位相を辿れば、空間の歪みが大きい場所が分かる。ダンジョンの核はそこにあるはずだ」


 ……これまで私たちが積んできたダンジョン探索の経験、いらなかったよ。


「じゃあ、もしかして——」


「ああ。面倒な分岐は飛ばせる。行くぞ」


 再び、手を差し出される。

 今度は迷わず握った。


 †


 禹歩、二回目。

 四歩で、分岐を三つ飛ばした。


 着地した先は別の回廊。目の前に、スライムが三体。

 こちらに背を向けている…… のかな? 盛り上がった粘液のようなスライムは、顔がなく、身体がどこを向いているか分からない。それでも、敵の反応が一切ないので、気付かれてはいないのだろう。暁灯くんがクナイを投じ、三体が同時に燃え上がる。


「動きは止めた。トドメ、頼むよ」


「了解っ!」


 こういった敵は、総じて物理攻撃に高い耐性を持つ。しかし、蒼炎に灼かれて膜が崩れているからか、私の振るった剣は、スライムをバターのように切り裂いた。

 ……今回の相手がおおよそ動物らしくないこともあったのだろうが、殺生だというのに、楽しさを感じてしまうのは否めない。

 サクサクと敵を切り刻み、三体目を前にして構えた剣をおろした。私が手を出すまでもなく蒼炎がスライムを灼き尽くし、崩れ落ちたからだ。


 魔石を拾うのは、自然と前衛である私の役目になる。

 大丈夫、盗んだりしないから、ちょっと視線の圧を弱めてくれ。

 回収した魔石二つを、暁灯くんに手渡す。滞在時間、二十五秒。


 禹歩、三回目。

 今度は天井からぶら下がっていたジャイアントバットの群れの真下に出た。


 奇襲する側が奇襲される側になる構図に、もう驚かなくなっている自分がいた。

 暁灯くんが「上」とだけ言い、私が盾を掲げて二体を叩き落とす。私のバッシュを避けた三体を、暁灯くんが例の縛の術で縫い留める。

 ジャイアントバットは、一メートルを超えるサイズのコウモリだ。空を飛び、暗闇に紛れて爪や牙で強襲する戦法は、地面を歩く人間に対しては有効なものだっただろう。

 だが、地に落ちたコウモリは、ただもぞもぞともがくだけの頑強さの足りない獲物であった。

 五つの魔石を回収。滞在時間、六十秒。


 禹歩、四回目。

 広い回廊に出た。


 今度は、様子が違った。

 前方の通路を、八体のゴブリンが隊列を組んで移動している。

 先頭と最後尾に盾持ちを配置し、中央に弓持ちが二体。残りは斧や短剣で武装して、前後左右に注意を払いながら、じりじりと進んでいる。

 哨戒だ。仲間がやられたことに気づいて、侵入者を探しているのだろうか。


 これまでとは明らかに質が違う。今までのように背後を取るだけでは、最後尾の盾持ちがすぐに反応するだろう。


「……前後を固めてるな」


 暁灯くんが、低い声で呟いた。

 こういうときは、私の得意分野だ。


「このまま正面から行く。注意を引きつけるから——」


「分かった。合わせる。……頼むぞ」


 短いやり取りだけで十分だった。

 私は大盾を構え、回廊に踏み出した。足音を隠す気はない。


「——こっちよ!」


 先頭の盾持ちが反応し、吠えた。

 八体の視線が、一斉にこちらを向く。弓持ちが矢をつがえ、石斧の連中が散開して包囲にかかろうとする。

 統率が取れている。ただの獣じゃない。


 矢が二本、同時に飛んでくる。一本を盾で弾き、もう一本を身体を傾けて回避。

 先頭の盾持ちが突撃してきた。構えた盾ごと体当たりする気だ。

 私も盾を構え、正面から受け止める。重い——が、止まる。

 盾ごと押し返し、体勢を崩したところに剣の一撃を叩き込んだ。


 斧の三体が左右から回り込んでくる。挟撃——させない。右手側を壁に近づけて、攻撃方向を限定する。


 ここまでで、およそ五秒。

 敵全員の意識が、完全に私に向いている。


 最後尾の盾持ちゴブリンが、ふいに硬直し、そのまま前のめりに倒れ伏した。

 その背中から、蒼い光が覗いている。クナイが、革鎧を貫いて突き立っていた。


 その背後に、暁灯くんが立っている。

 さっきまで、私の隣にいたはずの彼が。


 後衛の弓持ちが慌てて振り向く。だが、向き直った時には既に縛の蒼糸が飛んでいた。

 二体の弓手が縫い留められ、手にした弓ごと床に縛り付けられる。


 前を向けば盾役。背後を向けば暗殺者。

 どちらかに対処すれば、もう片方に処理される。

 残ったゴブリンたちの動きは、明らかに精彩を欠いていた。


 その後は、掃討という表現が相応しかっただろう。


 †


 回廊の奥に、広い空間が開けていた。

 中央に、脈動する赤黒い球体——ダンジョンコア。


「あれがダンジョンコア。ダンジョンの核みたいなもので、あれを壊せば、ダンジョンそのものが消滅する」


「まるでゲームだな……」


「ダンジョンの研究自体は頑張ってるみたいなんだけど、まだ何も分からないに等しいのよね」


 ダンジョン災害の発生から、まだ二ヶ月しか経っていないのだ。ダンジョンとは何なのかが、今後明かされることを期待したい。


 そして、コアの手前。

 守りを固めるモンスターたちの中央に、他の雑魚とは明らかに違う体格の一匹がいた。硬そうな金属鎧を身につけ、その手に握った剣は磨かれ、苔の燐光を妖しく照らし返している。


 鑑定スキルを発動させる。


【ゴブリン・ウォーチーフ/Lv19】


 小鬼の戦長。

 ——このダンジョンの、階層主だ。

というわけで3話まで書かせていただきました。

このまま単行本1冊分、20話までありますので、短い間ですがどうぞよろしくお願いいたします。


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