17:届いた声と、前途ある若造
咲希視点に戻ります。
「咲希ちゃん聞いて! やっと出たよ! 『九尾の魔法少女・たまもん』!」
ひまわりのような笑顔で、千歳ちゃんはそう言った。
「……そ、そうなの? おめで「千歳ちゃんもまほしきやってるんすね!」
私の、どうにか絞り出した祝福の声は、弓兵——私の探索パーティのメンバーである。人の声を遮るお前なんて弓兵で十分だ——の騒がしい大声で上書きされた。
腹立たしさ半分、うまく反応できなかったので有り難さ半分である。
「超やってる! でもピックアップ全然出なくて、今日もらったガチャチケでやっと出たの!」
「ギリギリじゃないっすか…… 出てよかったっすね」
「三連続すり抜け中だったから種銭切れててね。出てよかったよぉ」
「種銭とか言うんじゃありません」
あ、よかった。真白さんが突っ込んでくれた。完全に展開に飲まれていた。
おかげで、ようやくまともな言葉が出た。
「いや、なんでみんなここにいるの!?」
「隊長が呼んだんじゃない」
私の問いに、双剣さん(弓兵に釣られて変な名前になっちゃった)が答える。
「私が呼んだのは救援! 千歳ちゃんを連れてこいとは言ってない!」
「千歳ちゃんが連れてきてくれたのよね。みんな一緒に」
「みんな一緒に!?」
見ると、千歳ちゃんが誇らしげにサムズアップをしていた。
しかし、次の瞬間、その打ち立てられた親指が、しなしなと折れ曲がる。
「……でも、そのために咲希ちゃんや暁灯が集めてくれた魔石、全部食べちゃったの。ごめんね?」
えぇ…… 確か、半年分にもなるって言ってたやつですよね。
まあ、ダンジョンは逃げないから、また取ってくればいいだけだけど……。
「まあ、千歳ちゃんが助けに来てくれて、嬉しいよ」
「ん? 咲希ちゃんのことはついでだよ」
「そうなの!?」
私のために来てくれたわけじゃなかった! 恥ずかしい!
パーティーメンバーやSPの方たちが、いたたまれない目で見てくる。やめて!
「も、もちろん、咲希ちゃんや暁灯も助けたかったよ?」
千歳ちゃんが、慌てたように両手を振る。
「でも、最初に聞こえたのは、この声だったから」
千歳ちゃんが、私と暁灯くんの隣を素通りして、戦場の真ん中へと進む。
そこにいたのは、当然、烏丸局長だった。
烏丸局長は、戦況の不利を悟ったのか、いつの間にかほとんどの呪物を仕舞っていた。
ただ、【猿の手の手以外】だけが、今も強い気配を漂わせている。
「……千歳」
烏丸局長が、掠れた声で言った。
その呼び方に、暁灯くんの肩がわずかに揺れる。
拾弐號ではなく、千歳。
烏丸局長が、多分初めて、本当の意味でその名前を口にした。
「まさか、自らここまで来るとは。よほど、宵町暁灯と姫岸咲希を――」
「あ、ごめん、烏丸もおまけなの」
烏丸局長が目に見えて固まった。
すごい驚いている。そして、少しだけ恥ずかしそうにしている。
……私も、さっきあんな感じだったのかな。
だとしたら、見なかったことにしてほしい。
千歳ちゃんは、烏丸局長の反応を気にした様子もなく、彼が携えた鳥籠の中——【猿の手の手以外】へ顔を向けた。
さっきまで、ゲームのガチャ結果を報告していた女の子と同じ顔。なのに、その背中で揺れる尾だけが、夜の空気を静かに押し広げている。
「久しぶり。元気にしてた? 【猿の手の手以外】」
「……無駄です。それに、言葉を介する能力はありません」
烏丸局長の声に対して、千歳ちゃんが、きょとんとした顔で言った。
「あるよ? ずっと喋ってるもん」
烏丸局長が、言葉を失った。
——当然、私にも、その声は聞こえない。
暁灯くんの方を見る。彼も、私の言わんとすることを理解したのか、ゆっくりと首を振った。
しかし、その顔に困惑はない。
そこには、確かな千歳ちゃんへの信頼が感じられた。
「……元気みたいで、良かった」
私には、何も聞こえない。
けれど千歳ちゃんは、相槌を打ちながら、時々小さく笑っていた。
それは、古い友達と久しぶりに話しているみたいな顔だった。
それから千歳ちゃんは、小さく頷いて、少しだけ声の調子を変える。
「手、欲しい? ……あ、いらないんだ」
千歳ちゃんが、少しだけ首を傾げる。そして、納得したように笑った。
「うん。そうだよね。あなたは、手がないからすごいんだもんね」
その言葉に、空気が少しだけ変わったのが分かった。
千歳ちゃんが独り言を言っているのではない。
返事を聞いて、受け取って、そのうえで言葉を返している。
本当に、何かと——【猿の手の手以外】と、会話している。
誰もが、そう理解してしまったからだ。
「じゃあ、声は?」
千歳ちゃんは、優しく問いかける。
「烏丸に、言いたいことがある?」
また、私には聞こえない返事があった。
でも、その返事が何なのか、確かに分かった気がした。
「うん。分かった。じゃあ、言えるようにしてあげる」
千歳ちゃんの尾が、ふわりと広がった。
九本の尾が、白く光っている。
そのうちの一本が光にほどけて、宙を舞った。
「前までは、私に力がなかったからできなかったけど、今なら魔石をたくさん食べた分があるから、さ」
そして、烏丸局長の足元に、淡い光が落ちる。
それは千歳ちゃんの尾の色であり、魔石の光だった。
私たちが集めた、千歳ちゃんの命綱。
それが、惜しげもなく流れ出していく。
けれど、千歳ちゃんの顔は少しも苦しそうではなかった。
ただ、友達に席を譲るみたいな顔で、笑っていた。
「だから、暁灯たちには、一緒に謝ってね」
一瞬、光が一際強くなる。
光の中から、ひとりの少女が現れた。
小柄な少女だった。
灰褐色のショートヘア。大きな黒い瞳。感情の薄そうな、けれど妙に澄んだ顔立ち。
背後には毛に覆われた細い尾が一本、ゆらりと揺れている。
「服は、おまけしといたよ!」
その言葉通り、彼女は服を着ていた。
落ち着いた生成り色のワンピースに、烏丸局長とおそろいの、黒いケープ。
だが、肩から先の袖は、まるで芯がないかのように、頼りなく風に揺れている。
——彼女の両腕が欠損していることは、ひと目で分かった。
けれど、不思議と痛ましさはなかった。
彼女はそれを隠そうとも、恥じようともしない。
ただ、そういう形で生まれたものとして、それ故に力を持ったものとして、静かにそこに立っていた。
「……【猿の手の手以外】」
烏丸局長が、恐る恐るといった体で、声をかける。
「はい。【猿の手の手以外】です」
それに対して少女は頷き、ゆっくりと言葉を口にした。
静かで穏やかな、しかし、芯と強さを感じさせる声だった。
少女は、自分の声を確かめるように、一度だけ喉へ意識を向けた。
そのまま少し躊躇い、二、三度、言葉を飲み込んで、それでも言葉を口にする。
「……烏丸さん、最近、暑くなってきましたよね?」
「あ、ああ、そうだな」
「……私のことを想ってだというのは分かるのですが…… 寝る前、籠に布を被せるの、暑いから、やめて欲しい、です」
————————
烏丸局長は、何も言わなかった。
……いや、何も言えなかったのだと、思う。
使っていた呪物が、意思を持ち、喋りかけてきた。
その言葉が罵倒なら、受け止められたのだろう。
恨み言なら、反論もできたのだろう。
自由を求める叫びなら、陰陽寮の局長として、押し返す言葉もあったのだろう。
けれど、彼女の最初の願いは、そういうものではなかった。
暑い。
籠に被せる布を、やめてほしい。
あまりにも素朴で、あまりにも具体的な、小さな願いだった。
「あ…… 冬は、冬は違うんです」
押し黙った烏丸に対して、慌てた少女が、ぽつりぽつりと言葉を続ける。
「冬は、助かっています。寒いので」
烏丸局長の指が、かすかに震えた。
「……でも、最近は暑いです。最近だけ、です」
「……そう、か」
烏丸局長の声は、ひどく掠れていた。
「そうであったか」
当然、烏丸局長は、【猿の手の手以外】を苦しめるために布を被せていたわけではないだろう。
汚れないように。壊れないように。
それは、きっと守るためだった。
でも、【猿の手の手以外】は暑かった。
それだけのことを、烏丸局長は知らなかった。
「わしは……」
烏丸局長が、初めて老人らしく背を丸めた。
「わしは、間違っていたのか……」
何がとは、口にしなかった。
暁灯くんのことか、千歳ちゃんのことか、【猿の手の手以外】のことか。
彼も、日本の呪的防衛を束ねる役職だ。
綺麗事だけでやっていける立場ではないことは、二十年も生きていない私でも分かる。
だが。
「んー、分かんない!」
その、どうしようもなく重い問いを、千歳ちゃんは一言のもとに棚上げした。
……その場にいた、全員が面食らっていた。
烏丸局長や、私はもちろん、【猿の手の手以外】でさえも。
あ、暁灯くんと真白さんだけ、(うんうん、それでこそ俺たちの千歳だ)って顔をしてる!
「だって、霊力が足りなかったのは本当でしょ?」
「でも、その中で、烏丸たちがいろんなものを守ろうとしてたのも本当」
「【猿の手の手以外】やわたしを、使っていたからこそ、守れたのも本当」
千歳ちゃんは、少しだけ肩をすくめた。
「でも、わたしが痛かったのも本当」
「この子が暑かったのも、言えなかったのも本当」
「暁灯と真白が怒ってくれたのも本当」
そして、困ったように笑う。
「そういうのって、昔からいっぱいあったよ」
「守りたいものがあって、足りないものがあって、急いで、聞きそびれて」
「あとになって、あれ? ってなるの」
その言い方は、軽かった。
でも、妙に遠かった。
私たちの知らない時間を、何度も歩いてきた声だった。
「でも、ま、今回はどうにかなったんだし、今からまた考えればいいんじゃない? 烏丸も、まだまだ若いんだしさ!」
烏丸局長は一瞬面食らい、それから、肩の力が抜けたように小さく笑った。
しわがれていた声に、すこしだけ力が戻る。
「言うに事欠いて、齢七十を越えるわしを、若いと言うか」
「若い、若いよ。わたしから見たら烏丸なんてまだまだだし、何百年も生きている仙人だってたくさんいるよ?」
「そう、だな。千歳や仙人と比べると、わしはまだまだだな」
烏丸局長は、ゆっくりと息を吐いた。
それから、立ち上がって深く頭を下げる。
「……認めよう。この場は、わしの負けだ」
その言葉に、張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
うちのSPさんたちが、小さく息を吐く。
パーティメンバーの誰かが、武器を下ろした。
私も、握りしめていた大盾の重さを、ようやく思い出す。
「え? なんで、です?」
だが、そこに口を挟んだのは、【猿の手の手以外】だった。
彼女は、さも心外という風に、口を尖らせて言う。
「烏丸さんは、負けてないですよ。私と一緒なら、最強なので」
「……最強か?」
「はい」
烏丸局長が、呆然と呟く。
【猿の手の手以外】が、当然のように頷いた。
「烏丸さんが、戦うところを見たいです」
「今さら、誰と戦えと言うのだ」
「皆さんと」
即答だった。
「待ってください! 今、いい感じに終わる流れでしたよね!?」
思わず、大声で突っ込んでしまった。
その時、少し離れた空間が、ぐにゃりと歪んだ。
「局長!」
「局長、ご無事ですか!」
声と同時に、何人もの人影が現れる。
彼らは、揃って白い狩衣を着ていた。
私がはてなマークを頭上に出していたのが分かったのだろう。暁灯くんが小声で「陰陽寮の戦闘部隊。……俺の元同僚だ」と教えてくれた。
「おお、しっかり縛ってきたつもりだったけど、確かに禹歩には無関係か」
真白さんが、感心したように言う。
言われてみると、彼らは全員、腕ごと胴体をまとめて、縄でぐるぐる巻きに縛られていた。
いや、あなたたちの方こそご無事ですか?
「神性呪物拾弐號を確認! 対象、複数――」
「待て」
烏丸局長の声が、夜を叩いた。
「拾弐號ではない」
陰陽師たちが、硬直する。
「千歳だ」
誰もが、すぐには動けなかった。
真白さんだけが、長巻を肩に担いだまま、楽しそうに笑っていた。
「人数が増えましたね」
【猿の手の手以外】が、無表情のまま言った。
「よいことです」
「よくないよぉ!?」
私の叫びを無視して、烏丸局長が静かに煙草を取り出した。
「……訓練としよう」
「訓練!?」
「非殺傷。施設および物品の破壊なし。短時間。姫岸咲希さん、それでよろしいかな」
「よろしくはないですけど、条件だけはまとも!」
【猿の手の手以外】が、細い尾をぴんと立てた。
「では」
静かで穏やかな、でも少しだけ楽しそうで、期待に満ちた声で、彼女は言う。
「バトりましょう」
というわけで大団円です。
は? 私と烏丸さんが一番強いが?
というわけでクリア後のボーナスバトルです。祝祭です。




