16:爆死ガチャと、四千年の散歩
千歳視点です。
——時は、少しだけ遡る。
喫茶・雨宿り、二階の住居スペース。
わたしは、毛布にくるまってソファに沈み、スマホの画面とにらめっこしていた。
「出ない…… たまもん、ぜんぜん出ない……」
『魔法少女式神大戦』、今シーズンの目玉、『九尾の魔法少女・たまもん』。
ピックアップ最終日まで、あと三日。なのに、わたしの石は底をつきかけている。ログインボーナスをもらい、デイリーをこなして、一日一回の単発ガチャを祈りながら引く。それが、ここのところのわたしの日課だった。
テーブルの上には、ガラスの保存瓶がひとつ。
中には、魔石。
暁灯と咲希ちゃんが集めてきてくれた、きらきらの石たち。一番下に、布で丁寧に包まれた、特別大きいのがひとつ。
真白の言いつけでは「一日一つまで」。お薬と同じだ。一気に飲んだら、もったいないから。
ドアの音が聞こえた。
雨宿りのドアベルではない。古くて建て付けの悪い、裏口のドア。
次いで、声が聞こえた。
「千歳、ただいま。起きてる?」
「真白ー、おかえりー。起きてるよー」
「そう、なら良かった。暁灯のところに、出掛ける準備を……」
そこで、真白の声が途切れた。
わたしは、毛布にくるまったまま階段を降りる。裏口を入ったところで、黒いフリフリの服を着た真白が、スマホの画面をこちらへ向けた。
起動しているのは、監視カメラの確認アプリだ。
そこでは、見覚えのある紅白の装束——狩衣を戦向けに仕立て直した、陰陽寮の現場用戦闘装束の人たちが、何かの準備をしているところだった。
それが何かは、当然分かる。
戦いだ。
「お客さまが来るってこと。——招かれざる、ね」
真白は、手に持った紙袋をわたしに渡してくれた。
中身は、見るまでもない。真白や咲希ちゃん、それに暁灯が集めてくれた、たっぷりの魔石だ。
「千歳は二階。窓から離れて、押し入れの中」
「ま、真白……」
真白が、虚空に手を入れて、長巻を引き抜いた。
それから、服のボタンをすべて外す。
「大丈夫大丈夫。雨宿りは、土足厳禁だから」
————————
押し入れには、入らなかった。
ごめんね、真白。でも、どうしても、見ていたかったんだ。
二階の窓のカーテンの隙間から、わたしは外を見ていた。
河原の闇の中に、白いものが、いっぱい立っていた。
顔のない、白い人形。式神だ。本気モードの、すごく硬くて、冷たい気配のやつ。軍神の型だ。
わたしは知っている。あれを動かす霊力の何割かは、長いあいだ、わたしの身体から出ていたんだから。
白い群れが、いっせいに店へ押し寄せた。
黒いフリルが、夕焼けを浴びて翻る。
次の瞬間、フリルが内側から膨れ上がった。
ボタンの外れた合わせ目を割って、銀色の奔流が迸る。
脱皮——ううん、開花だ。黒い蕾を弾けさせて、全長三メートルの銀狐が、夕焼けの中に咲いた。
主を失った黒フリルは、ひらりと宙を舞って、物干し竿に引っかかる。
……良かった。あの服、上等そうだったから。
真白は、きれいだった。
長巻の銀が弧を描くたび、白い人形が紙くずみたいに千切れて飛ぶ。二本の尾が地を払い、跳ねて、壁を蹴って、刃が上から落ちる。一匹で、群れの真ん中で、真白は嵐みたいに暴れていた。
でも、多い。
敵が多すぎる。
白い腕の一本が、真白の顔をかすめた。
ぱっ、と赤いものが散る。
「——っ」
喉が、声のない悲鳴をあげた。
知ってる。真白のあの身体は血が出るし、痛いし、死ぬときは死ぬ。
窓ガラスに、手のひらを押し付ける。
ガラスは冷たくて、わたしの手は小さくて、外には届かない。
いつもそうだ。
わたしはいつも、こっち側にいる。
画面のこっち側。窓のこっち側。狭い箱の内側。
その時だった。
河原の道に、光がふたつ、みっつ——車のヘッドライトが連なって走り込んできた。
黒い車から、スーツの人たちが降りてくる。そして、その後ろから。
「ダンジョン外スキル使用、緊急許可取得済み! 姫岸の名において——制圧します!」
わたしは、目を見開いた。
双剣を翻して舞うように飛び込む、双剣のお姉さん。魔法使いのおじさんが火球を飛ばし、その頭の上を槍のお兄さんが飛び越える。
後ろの方で、回復術師さんと…… どこからともなく矢が雨霰のように飛んできた。弓使いの人もいる。
当然、彼らを見間違えることなんてない。
何度も、動画で見てきた人たち——咲希ちゃんのパーティの人たちだ! 本物だ!
「隊長からの伝言! 『借りを返す時が来た』——だとさ!」
「言われなくても、やるっての!」
火の矢が夜を裂き、白い群れの横っ腹に突き刺さった。
更には、黒いスーツの人達も、連携して人形たちを切り崩していた。
戦況が、ひっくり返っていく。
白い人形が一体、戦いの輪を抜けて、夜空へ折り紙の鶴みたいに飛び立とうとした。
それが地面から離れるより早く、銀の刃が両断していた。
「報告は、無しだよ」
返り血を浴びた銀狐の姿で、真白がにっこり笑う。
「あの杓子定規には、たーっぷり待ってもらおうねえ」
————————
戦いは、終わった。
白い人形は全部がらくたになって、術者の人たちはスーツの人たちに縛られて、河原は静かになった。
そしてわたしの耳は——さっきから、ずっと、聞いていた。
遠く。街の向こう。暁灯たちのいる方角。
だれかが、呼んでいる。
ちいさな、ちいさな、懐かしい声で。
箱の向こうから、何度も聞いた声。
ずっと話していた友達の声だった。
……今までは、ただ話しているだけだった。
大丈夫と、根拠のない気休めを言うしかなかった。
でも、今なら違う。
テーブルの上には魔石が、色も癖もついていない無色の魔的リソースがたっぷりとある。
わたしは、ガラスの保存瓶の蓋を開けた。
「……千歳?」
魔石の気配を感じたのだろう。
河原にいた真白が、こちらを見た。
一つ目。喉の奥で、雪みたいに溶けた。
二つ目。お腹の芯に、火が灯る。
三つ、四つ——両手ですくって、口に運ぶ。
「千歳!? 駄目だって、それは一日一つ——」
瓶の底。布に包まれた、一番大きい石。
包みを解こうとして、手が止まった。
角がきっちり揃った、几帳面な畳み方。お薬の包みみたいな。
……暁灯の包み方だ。
目の奥が、つんとした。
わたしは布を解いて、親指くらいの大きな石を、こくんと口に入れた。
——ぶわり、と。
背中で、何かがほどける音がした。
一本、二本、三本……九本の金色の尾が、ひさしぶりに、わたしの後ろで揺れている。数えるのも久しぶりの感覚だった。
耳が、開く。
世界じゅうの、声を持たないものたちのざわめきが、いっぺんに流れ込んでくる。古い柱の寝言。川の石の鼻歌。遠くを走る新幹線の掛け声。
そして、あの声が、もっとはっきり聞こえた。
私は、歩く。
雨宿りの二階から、河原まで一足で。
「千歳、あんた——」
真白の顔が、こわばっている。
「それ、あんたの半年分の命綱だよ。分かってるの」
「うん」
わたしは、頷いた。
「でも、今使わなかったら、きっと後悔するもん」
「いきなり、危ないよ。着いた先で倒れたら、何の意味も——」
「真白。あのね」
わたしは、まっすぐに真白を見た。
「咲希ちゃんに会った日、千歳、言いかけたことがあるの。盾を構える咲希ちゃん、すっごく格好良かった、千歳もあんな風になりたいなって——そこで、倒れちゃった」
「…………」
「続き、今言うね」
息を、吸う。
「なりたいなって、ずっと、ずーっと思ってたの。だから——行く」
†††
わたしが生まれたのは、水ばかりの世界だった。
空が割れたみたいな雨が、何年も降りつづいて、川は太って、村も畑も森も、みんな水の腹の中だった。
わたしは丘の上の祠で、濡れた尾を抱いてうずくまっていた。
神さまと呼ばれたり、化け物と呼ばれたりした。どっちでも同じだ。だれも、わたしの声なんて聞かなかった。
そこへ、泥だらけの男が、ひとりで登ってきた。
男は、水を治めるために、世界の端から端までを自分の足で歩いている、と言った。
我が家の前を三度通っても、戸を開ける暇すらないのだ、と笑った。
そして、祠の前にどっかりと座って、こう聞いたのだ。
『——おまえは、何を願う』
千年生きて、はじめてだった。
わたしに、願いを聞いた人間は。
わたしは、答えるかわりに、男のあとをついて歩いた。
男の歩き方は、ふしぎだった。壊れた世界の、縫い目だけを選んで踏む足取り。男が歩くと、濁流が道を譲り、崩れた山が背筋を伸ばした。
歩くというより——世界のほうが、あのひとに道をあけるのだ。
あのひとは王になり、その足取りは術になって、のちの世に残った。
わたしは、その歩みの隣にいた。
世界でいちばん最初に、世界を歩いた狐。それが、わたし。
王は、死んだ。人だから。
わたしは歩きつづけて、歩く場所がだんだんなくなって、気がついたら、箱の中にいた。
長い長い箱の中で、つぎにわたしの願いを聞いてくれたのは——「千歳」って名前をくれた、無愛想な男の子だった。
†††
玄関で、わたしはスニーカーに足を入れた。
陰陽寮を出た時に買ってもらった、ほとんど新品の靴。紐を結ぶ手が、ちょっとだけ震えた。武者震いってやつだ。たぶん。
ぴこんと、ポケットの中で、スマホが鳴った。
取り出して開く。まほしきのギフト通知。ストアのランキング上位に入ったお祝いのプレゼント。
単発ガチャチケット、一枚。
「……ゲン担ぎ、しよ」
「今すること!?」
真白の悲鳴を聞き流して、タップ。
ぴこん。
しゃらららら——画面の中で、召喚陣がくるくる回る。
ぽん、と白い子狐が一匹、飛び出した。コモンキャラの通常演出。はいはい、いつもの。
……子狐の尻尾が、ふるりと震えて——二本に、割れた。
三本。四本。画面の縁がきらきらし始める。
「え、え、え」
五本、六本、七本——八本目で、画面ぜんぶが虹色に明滅して。
画面が金色に光って、九本の尾がふわりと広がって——。
どかーん。
『九尾の魔法少女・たまもん、参上だよ☆』
「——出た」
わたしは、スマホを天に掲げた。
「出たあああ! たまもん! 天井前に! 単発で!」
「いきなり何!? びっくりしたぁ!」
「真白、これはもう、勝ちだよ。九尾が九尾を引いたんだもん。今日は、そういう日なの」
外に出る。
夜の風が、頬に冷たい。お外の匂いだ。雨上がりの土と、川と、だれかの家の晩ごはんの匂い。
みんなが、待っていてくれた。
真白。スーツの人たち。咲希ちゃんのパーティの、動画で見たお姉さんお兄さんたち。
「それじゃ、いくよ。手ぇ繋いで」
わたしは、両手を差し出した。
「離したら——置いてくよ?」
昔、男の子に禹歩を教えたとき、わたしが言った大事な決まりごとと、同じやつ。
みんなの手が、ひとつずつ、繋がっていく。あったかい。
一歩。
世界が、道をあける。
二歩。
街の灯りが、後ろへ流れていく。
三歩。
泣き声が、すぐそこになる。
四歩目で——会いたかった顔が、みっつ。
言いたいことは、もう決めてある。
うれしかったことから、言うんだ。
■禹王
古代中国の伝説上に存在する最古の王朝、「夏王朝」の開祖にして帝王。
禹歩は、治水のために地方を歩きまわり、それによって病んだ彼の歩みを技法化したものと言われております。
■九尾の狐
禹王が治水の道すがら、祈願のために塗山に立ち寄った際に九尾の狐と出会ったとされています。(呉越春秋)
その結果、禹王が女嬌と婚約し、女嬌は女媧とも同一視されることがあるため、九尾の狐=女媧の方程式が導かれるわけですね。本作では採用しておりませんが。
閑話休題。
そのため、本作では九尾の狐たる千歳は、原初の禹歩を見ており、近いものを使うことができる(そして、それを暁灯も習得した)という設定になっております。
九尾の狐が、その出自から高レベルの禹歩を使える。
これ、なんか調べる限り、日本の創作物でネタにされたのを見たことないんですよね。
私も、今回の執筆で偶然被って調べるまで、禹王と九尾の狐の関連性には気付いておりませんでした。
マジで?
なんか90年代とかの魔法とSFが混ざった作品とかに出てきてそう。
多分既出ネタだと思うので、既出ネタがあれば教えてくださいませ。
なければ、俺が初出だ!




