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17/26

13:魔石の行方と、局長の一手

 シェルターの西口を出てから壁伝いに少し歩くと、簡易休憩所に辿り着いた。

 自動販売機が二台。脇には、金属製の灰皿スタンドも置かれている。

 

 自動販売機に百円を突っ込み、ボタンを押す。

 私は取り出し口に落ちたペットボトルの水を拾い上げ、烏丸局長へ差し出した。

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 烏丸(からすま)局長は、丁寧に受け取った。

 仕草だけを見れば、礼儀正しい老人だった。背筋は伸び、指先の動きには無駄がなく、こちらの目を見て柔和(にゅうわ)に礼を言う。

 

 けれど、彼は蓋を開けなかった。

 ただ、ラベルを一瞥し、未開封のままコートの内側へ滑り込ませる。

 

 くそう、子供に奢らせておいて飲まないのかよ。

 いやまあ、勝手に買ったのはこちらだし、代金の百円は交際費から出したことにして、会社の予算から回収するけど。

 今度は自分の財布から百円玉を二枚取り出し、水と、水出し緑茶を買った。ダンジョン帰りで埃っぽかった手に、冷えたペットボトルの結露が移る。ひんやり。

 水出し緑茶の方を、暁灯(あきと)くんに渡す。

 

 当然、ダンジョン内にも水分は持ち込んでいるが、外で飲む冷水は格別だった。

 暁灯くんとともに、一息で半分ほどを飲み干す。

 冷たい水が、喉を通って胃に落ちた。癒える。

 

「お久しぶりですね、宵町(よいまち)暁灯(あきと)さん」

 

 一息ついたところで、その老人が口を開いた。

 にこにこと微笑みながら、暁灯くんの名前を呼ぶ。

 

「……烏丸局長」

 

「あなたはもう陰陽寮(おんみょうりょう)の人間ではなくなったのだから、烏丸でいいですよ」

 

「いえ、しっくりこないので、烏丸局長と呼ばせていただきます」

 

「ふぅん。まあ、いいですよ。お好きにお呼びください」

 

 烏丸局長が、懐から煙草を取り出して火をつけ、ゆっくりと吸う。

 人と、それも初対面の相手との話の途中で煙草を吸うのは明らかにマナー違反だが、その行動の言わんとするところはよく分かった。

 一服して待ってやるから、情報共有があるなら今のうちに済ませろ、だ。

 

 お言葉に、甘えることにする。烏丸局長へ半身だけ背を向け、声を殺して暁灯くんに耳打ちした。

 

「この人が、暁灯くんの元上司?」

 

「……ああ、陰陽寮の局長だ」

 

「つまり、千歳(ちとせ)ちゃんを酷使していた、張本人……!」

 

 まさかの、仇敵の登場ってわけ!?

 

「暁灯くん、なんで突然ここに乗り込んできたのか、分かる?」

 

「皆目見当も付かない…… だが」

 

「だが?」

 

 暁灯くんが口をつぐみ、烏丸局長の方を見る。

 その視線は、烏丸局長本人ではなく、手元のブリーフケースへ向いていた。

 

「少なくとも、とびきり面倒臭いことは、確定していると思った方がいい」

 

 烏丸局長が深く紫煙を吐いて、「さて」と言った。

 

「先ほど、姫岸(ひめぎし)側の担当者にはお伝えした内容の繰り返しにはなるのですが」

 

 煙草の灰が、吸い殻入れの中へ落ちる。

 烏丸局長は、穏やかな声で続けた。

 

「恥ずかしながら、弊局もダンジョン災害以来、長く混乱しておりましたが、最近ようやく体制を立て直しましてな」

 

 烏丸局長の視線が、暁灯くんを向いている。何が言いたいのかは、よく分かった。

 お前が起こした騒ぎは片付いたぞ、だ。

 

「遅ればせながら、当局もダンジョン対策にご協力させていただく運びとなりました」

 

「まあ、それは、ありがとうございます……?」

 

「つきましては、我々が持つ霊石——ここでは、魔石と呼んでいるものに関する情報、および知見を国を通して提供させていただきました」

 

 烏丸局長が、ブリーフケースから数枚の書類を出す。

 そこには、見慣れない官庁名と、堅苦しい件名が並んでいた。

 

『ダンジョン産魔力結晶の暫定分類に関する意見書』

『高濃度霊力媒体の保全および流通制限に関する覚書』

『民間管理ダンジョンにおける魔石利用の暫定指針』

 

 これは……!

 

 暁灯くんと顔を見合わせる。

 書類は難解なお役所表現で書かれており、この場で全てを理解することは難しい。

 だが、何を意図したものかは、容易に理解できた。

 

 ——お前に、千歳は救わせない。

 

「急な決定で大変申し訳ないのですが、正式な行政判断ですので、こうして関係各所へご説明に回っているわけです」

 

「……なるほど。ご丁寧な情報共有、ありがとうございます。少し、暁灯くんと確認させていただきます」

 

 少し離れて、暁灯くんと密談する。

 

「魔石は……」

 

「今は、真白(ましろ)が持っている」

 

 狐状態の真白さんはデカくて速くてもふもふで、ついでに力も強い。

 なので、魔石を含む物資の運搬はほぼ彼女に頼っていた。

 

 スマホを開く。通知は二件。

 

『ご依頼通り、真白様に衣類をお渡ししました。私服ですが、サイズはおそらく問題ないかと』

『……真白様の身体、凄いですね。今度、モフらせていただくことは可能でしょうか』

 

 社長秘書のアカネさんだ。何言ってるんですか!

 頭の中で感謝とツッコミしつつ、既読スルー。

 ちなみに衣類の手配は、ダンジョンを出てすぐに済ませておいたものだ。人の身体を作り直しても、服までは再生してくれないらしいので。

 

『服は受け取ったわ。ありがとね』

『黒くてフリフリでかわいい服だね』

 

 アカネさん…… どんな服を持ってきてるんですか……。

 いや、私服なんだから会社が関与する話ではないですけれど! 多分、大事であろう服を貸していただいて、ありがとうございます!

 

「魔石はあるか、聞いてもらえるか」

 

『魔石はある?』

 

 暁灯くんの声を代行して入力する。

 

『大丈夫、肌身離さず持ってるよ』

 

『助かる。烏丸が来た。魔石を国の管理物資にするそうだ』

 

『で、千歳に使わせないぞ、ってわけね。了解。誰にも渡さないようにする』

 

 話が早くて助かる!

 姫岸側で受け取っちゃうと、記録に残る。そうなると、これから正式通達される新しい指針に引っ掛かる可能性がある。

 けれど、そもそも未報告なら確認する手段がないのだ。

 

『このまま魔石を持って、雨宿り(あまやどり)に戻る?』

 

「……烏丸の狙いは、多分これだ」

 

 真白さんの発言を見て、暁灯くんが低い声で言った。

 

「魔石を押さえる。千歳への補給線を絞る。そうすれば、俺たちは動かざるを得ない。真白が千歳のところへ戻るのも、俺がここに残るのも、向こうの想定内だろう」

 

「分断が目的、ってこと?」

 

「多分、そうだ。烏丸は、真白とは相性が悪いからな」

 

「相性って、術とか、バトルスタイル的な話?」

 

「人間的にも、だな」

 

 あー、確かに。

 短い会話だけでも、杓子定規な烏丸局長と、奔放で野性的な真白さんが噛み合わないのはイメージができた。

 

「だが、今は真白が持っている魔石を千歳に渡す方が先決だ。乗るしかない」

 

 悔しそうに、けれど迷わず、暁灯くんは続けた。

 

『ああ、魔石を優先してくれ。頼む』

 

『大丈夫、千歳は任せて。暁灯と咲希ちゃんは?』

 

「……こっちも、大丈夫だ。任せてくれ」

 

『こちらも大丈夫。任せて!』

 

 暁灯くんの言葉を意訳しつつ、ムキムキりすのサムズアップスタンプを添えて送信する。

 真白さんからも、マッスルフォックスの力こぶスタンプが送られてきた。

 

「ご相談は、終わりましたかな?」

 

 私がスマホを閉じると同時に、烏丸局長が、柔和な表情を崩さずに口を開いた。

 

「魔石の件については、以上です。国からの正式な通達は、追って姫岸側へ届くでしょう」

 

 魔石の話は、これで終わり。

 けれど、烏丸局長の本命がそれだけではないことは、もう分かっていた。

 

「では、次の話をしましょう」

 

「……次の話?」

 

「宵町暁灯が、なぜ陰陽寮を離れたのか」

 

 暁灯くんの表情が、わずかに強張る。

 

「そして、その日、陰陽寮で何が失われたのか」

 

 烏丸局長の視線が、私へ向いた。

 

「姫岸咲希さん。あなたにも、無関係な話ではありません」


隠されていた真相!

というわけで、本格的に咲希と暁灯の物語が繋がってきます。


毎日20時更新を続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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