13:魔石の行方と、局長の一手
シェルターの西口を出てから壁伝いに少し歩くと、簡易休憩所に辿り着いた。
自動販売機が二台。脇には、金属製の灰皿スタンドも置かれている。
自動販売機に百円を突っ込み、ボタンを押す。
私は取り出し口に落ちたペットボトルの水を拾い上げ、烏丸局長へ差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
烏丸局長は、丁寧に受け取った。
仕草だけを見れば、礼儀正しい老人だった。背筋は伸び、指先の動きには無駄がなく、こちらの目を見て柔和に礼を言う。
けれど、彼は蓋を開けなかった。
ただ、ラベルを一瞥し、未開封のままコートの内側へ滑り込ませる。
くそう、子供に奢らせておいて飲まないのかよ。
いやまあ、勝手に買ったのはこちらだし、代金の百円は交際費から出したことにして、会社の予算から回収するけど。
今度は自分の財布から百円玉を二枚取り出し、水と、水出し緑茶を買った。ダンジョン帰りで埃っぽかった手に、冷えたペットボトルの結露が移る。ひんやり。
水出し緑茶の方を、暁灯くんに渡す。
当然、ダンジョン内にも水分は持ち込んでいるが、外で飲む冷水は格別だった。
暁灯くんとともに、一息で半分ほどを飲み干す。
冷たい水が、喉を通って胃に落ちた。癒える。
「お久しぶりですね、宵町暁灯さん」
一息ついたところで、その老人が口を開いた。
にこにこと微笑みながら、暁灯くんの名前を呼ぶ。
「……烏丸局長」
「あなたはもう陰陽寮の人間ではなくなったのだから、烏丸でいいですよ」
「いえ、しっくりこないので、烏丸局長と呼ばせていただきます」
「ふぅん。まあ、いいですよ。お好きにお呼びください」
烏丸局長が、懐から煙草を取り出して火をつけ、ゆっくりと吸う。
人と、それも初対面の相手との話の途中で煙草を吸うのは明らかにマナー違反だが、その行動の言わんとするところはよく分かった。
一服して待ってやるから、情報共有があるなら今のうちに済ませろ、だ。
お言葉に、甘えることにする。烏丸局長へ半身だけ背を向け、声を殺して暁灯くんに耳打ちした。
「この人が、暁灯くんの元上司?」
「……ああ、陰陽寮の局長だ」
「つまり、千歳ちゃんを酷使していた、張本人……!」
まさかの、仇敵の登場ってわけ!?
「暁灯くん、なんで突然ここに乗り込んできたのか、分かる?」
「皆目見当も付かない…… だが」
「だが?」
暁灯くんが口をつぐみ、烏丸局長の方を見る。
その視線は、烏丸局長本人ではなく、手元のブリーフケースへ向いていた。
「少なくとも、とびきり面倒臭いことは、確定していると思った方がいい」
烏丸局長が深く紫煙を吐いて、「さて」と言った。
「先ほど、姫岸側の担当者にはお伝えした内容の繰り返しにはなるのですが」
煙草の灰が、吸い殻入れの中へ落ちる。
烏丸局長は、穏やかな声で続けた。
「恥ずかしながら、弊局もダンジョン災害以来、長く混乱しておりましたが、最近ようやく体制を立て直しましてな」
烏丸局長の視線が、暁灯くんを向いている。何が言いたいのかは、よく分かった。
お前が起こした騒ぎは片付いたぞ、だ。
「遅ればせながら、当局もダンジョン対策にご協力させていただく運びとなりました」
「まあ、それは、ありがとうございます……?」
「つきましては、我々が持つ霊石——ここでは、魔石と呼んでいるものに関する情報、および知見を国を通して提供させていただきました」
烏丸局長が、ブリーフケースから数枚の書類を出す。
そこには、見慣れない官庁名と、堅苦しい件名が並んでいた。
『ダンジョン産魔力結晶の暫定分類に関する意見書』
『高濃度霊力媒体の保全および流通制限に関する覚書』
『民間管理ダンジョンにおける魔石利用の暫定指針』
これは……!
暁灯くんと顔を見合わせる。
書類は難解なお役所表現で書かれており、この場で全てを理解することは難しい。
だが、何を意図したものかは、容易に理解できた。
——お前に、千歳は救わせない。
「急な決定で大変申し訳ないのですが、正式な行政判断ですので、こうして関係各所へご説明に回っているわけです」
「……なるほど。ご丁寧な情報共有、ありがとうございます。少し、暁灯くんと確認させていただきます」
少し離れて、暁灯くんと密談する。
「魔石は……」
「今は、真白が持っている」
狐状態の真白さんはデカくて速くてもふもふで、ついでに力も強い。
なので、魔石を含む物資の運搬はほぼ彼女に頼っていた。
スマホを開く。通知は二件。
『ご依頼通り、真白様に衣類をお渡ししました。私服ですが、サイズはおそらく問題ないかと』
『……真白様の身体、凄いですね。今度、モフらせていただくことは可能でしょうか』
社長秘書のアカネさんだ。何言ってるんですか!
頭の中で感謝とツッコミしつつ、既読スルー。
ちなみに衣類の手配は、ダンジョンを出てすぐに済ませておいたものだ。人の身体を作り直しても、服までは再生してくれないらしいので。
『服は受け取ったわ。ありがとね』
『黒くてフリフリでかわいい服だね』
アカネさん…… どんな服を持ってきてるんですか……。
いや、私服なんだから会社が関与する話ではないですけれど! 多分、大事であろう服を貸していただいて、ありがとうございます!
「魔石はあるか、聞いてもらえるか」
『魔石はある?』
暁灯くんの声を代行して入力する。
『大丈夫、肌身離さず持ってるよ』
『助かる。烏丸が来た。魔石を国の管理物資にするそうだ』
『で、千歳に使わせないぞ、ってわけね。了解。誰にも渡さないようにする』
話が早くて助かる!
姫岸側で受け取っちゃうと、記録に残る。そうなると、これから正式通達される新しい指針に引っ掛かる可能性がある。
けれど、そもそも未報告なら確認する手段がないのだ。
『このまま魔石を持って、雨宿りに戻る?』
「……烏丸の狙いは、多分これだ」
真白さんの発言を見て、暁灯くんが低い声で言った。
「魔石を押さえる。千歳への補給線を絞る。そうすれば、俺たちは動かざるを得ない。真白が千歳のところへ戻るのも、俺がここに残るのも、向こうの想定内だろう」
「分断が目的、ってこと?」
「多分、そうだ。烏丸は、真白とは相性が悪いからな」
「相性って、術とか、バトルスタイル的な話?」
「人間的にも、だな」
あー、確かに。
短い会話だけでも、杓子定規な烏丸局長と、奔放で野性的な真白さんが噛み合わないのはイメージができた。
「だが、今は真白が持っている魔石を千歳に渡す方が先決だ。乗るしかない」
悔しそうに、けれど迷わず、暁灯くんは続けた。
『ああ、魔石を優先してくれ。頼む』
『大丈夫、千歳は任せて。暁灯と咲希ちゃんは?』
「……こっちも、大丈夫だ。任せてくれ」
『こちらも大丈夫。任せて!』
暁灯くんの言葉を意訳しつつ、ムキムキりすのサムズアップスタンプを添えて送信する。
真白さんからも、マッスルフォックスの力こぶスタンプが送られてきた。
「ご相談は、終わりましたかな?」
私がスマホを閉じると同時に、烏丸局長が、柔和な表情を崩さずに口を開いた。
「魔石の件については、以上です。国からの正式な通達は、追って姫岸側へ届くでしょう」
魔石の話は、これで終わり。
けれど、烏丸局長の本命がそれだけではないことは、もう分かっていた。
「では、次の話をしましょう」
「……次の話?」
「宵町暁灯が、なぜ陰陽寮を離れたのか」
暁灯くんの表情が、わずかに強張る。
「そして、その日、陰陽寮で何が失われたのか」
烏丸局長の視線が、私へ向いた。
「姫岸咲希さん。あなたにも、無関係な話ではありません」
隠されていた真相!
というわけで、本格的に咲希と暁灯の物語が繋がってきます。
毎日20時更新を続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。




