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08:第七東京ダンジョンと、隊長権限

溜め回です。

 第七東京ダンジョン——その名を冠した巨大施設の一角で、真白(ましろ)さんの黒いワゴン車が静かに停まった。

 

「着いたよー」

 

 真白さんがハンドルから手を離す。

 私はシートベルトを外し、隣を見る。

 

 暁灯(あきと)くんは窓にもたれて目を閉じていたが、車が完全に止まると同時に、何事もなかったように目を開けた。

 

「……到着したか」

 

「うん。第七東京ダンジョン」

 

 彼は軽く首を回し、そのまま車を降りた。寝起きらしい間延びもない。さっきまで寝ていたのが嘘みたいだ。

 

 私も後を追って外へ出る。

 搬入口のシャッターは既に開いていて、施設のスタッフさんたちが待機していた。

 

咲希(さき)様、お待ちしておりました。同行者二名の仮登録と入場手続き、こちらで承ります」

 

「お疲れさまです! 二人の手配、ありがとうございます!」

 

 先導に従い、来客用の会議室に入る。書類は、既に揃えられていた。重要な規約は、車で共有済みだ。あとは、それにサインをするだけ。

 真白さんが凄まじい速さで読み終え、暁灯くんとアイコンタクトを交わす。

 多分、問題ないと考えてくれたのだろう。二人が、何枚もの書類に名前を記していく。

 

「ダンジョンに入るにあたってパーティリーダーを一人選ぶ必要があるんだけど、今回は私でいい?」

 

 暁灯くんたちがサインしている間に、私も書類の準備をする。ダンジョン探索申請書。リーダーが責任を持って書くべき書類だ。

 

「もちろん、戦いになったら二人の意見を尊重する。でも、入るまでの準備や申請、出た後の報告なんかは、私が担当するよ」

 

「すまない、助かる」

 

「ありがとねー」

 

 書類の山と格闘する二人を尻目に、私もダンジョン探索申請書の空欄を埋めていった。

 

 数分後、書類の束を処理し終えて疲れ顔になった二人を連れて、ダンジョンの施設を案内する。

 第七東京ダンジョンは、ダンジョンの封じ込め施設を中核に、研究所から病院、研究員やダンジョン探索者のための宿泊施設までを内包する、巨大な建物だ。

 ダンジョン発生から二ヶ月あまり。姫岸財閥のリソースを大盤振る舞いして作った、我が拠点である。

 

「それじゃあ、今から暁灯くんたちもダンジョン探索できるようになったわけだけど……」

 

 二人を先導して、扉を開ける。

 重厚な両開きのドアの向こうにあったのは、瘴気に満ちた禍々しいダンジョンの入口—— ではなく。

 掃除の行き届いた、白を基調とした清潔な寝室であった。

 

「ここがダンジョン…… というわけでもなさそうだな」

 

 最初に声を漏らしたのは暁灯くんだった。

 真白さんは、無言で室内を見回している。

 ベッドが二つ、応接用のソファとテーブルが一式。キッチンには、大きな冷蔵庫や三口コンロまで備え付けられている。ダンジョンの入口にしては、快適すぎる部屋だ。

 

「そう、休息所」

 

 私は当然のように中へ入り、手に持っていた申請書類の束をテーブルの上に置いた。

 

「隊長権限で、今日はここまでとします。二人とも休んでください」

 

「待て」

 

 暁灯くんが、すぐに反応した。

 

「ダンジョンに、潜るんじゃなかったのか」

 

「潜るよ。明日には、ね」

 

 私は、キッチンの収納を確認しながら、彼の問いに答える。水はちゃんと出る。冷蔵庫や戸棚の中も完備だ。事前に準備しておいてくれた職員さんに感謝。

 

「準備と申請は私がやるって、さっき言ったでしょ。ちゃんとやったよ。今日は休む準備をね」

 

 敢えて返事を聞かず、既に沸いていたポットのお湯でお茶を淹れていく。このお茶も、自動販売機のものとは比較にならない高級品だ。そ知らぬ顔で、湯呑みをテーブルに並べた。

 

「……俺たちには、休んでいる時間なんてないんだ。こうしている間にも、千歳(ちとせ)は——」

 

 暁灯くんの声が、途中で途切れる。真白さんの胸元から音楽が流れ出したからだ。

 真白さんが着信中のスマホを取り出して、ニヤリと笑う。

 

「その千歳から電話だよ、暁灯」

 

 暁灯くんが、掲げられたスマホを引ったくるように手に取る。

 

「千歳! 大丈夫か!?」

 

『暁灯、声大きいってばー。大丈夫大丈夫、平気平気』

 

 切羽詰まった様子の暁灯くんに対して、千歳ちゃんの声は落ち着いたものだった。

 というよりも、どこか上の空だ。暁灯くんの声を聞き流しているのがわかる。

 

『ぴこん。しゃらららら。どかーん』

 

『うわあああ!! すり抜けたあああ!!』

 

 電話の向こうから、軽快な電子音が聞こえてくる。

 次いで、千歳ちゃんの悲鳴が響き渡った。

 

 悲痛な声を遮らないよう、ヒソヒソ声で真白さんに話しかける。

 

「……ゲーム?」

 

「ああ、『魔法少女式神大戦』だよ。ちなみに、私は今のピックアップ、『九尾の魔法少女・たまもん』も確保済みだ」

 

「強いんですか?」

 

「強いよ。今シーズンの目玉キャラだからね」

 

『……今の声、もしかして咲希さん?』

 

「あ、うん。こんにちは、千歳ちゃん」

 

『えっ、ごめんなさい、今の聞こえてました!?』

 

「すり抜けたところなら、結構はっきりと」

 

『そこが一番聞かれたくなかったところです!』

 

 布団がばさばさ暴れるような音が聞こえた。

 

「まほしき、私も一応やってるよ」

 

『咲希さんも!?』

 

「友達の付き合いで、ほぼログイン勢に近いけどね。メインストーリーだけは追ってる」

 

『咲希さん、思ったよりちゃんとやってる!』

 

「千歳。ゲームでそれだけ盛り上がれるなら、身体は大丈夫そうだな」

 

 暁灯くんがわざとらしく咳払いをして会話を切った。

 通話口からは『大丈夫じゃないよ! 爆死だよ!』という声が聞こえてきたが、元気そうだ。暁灯くんは苦笑しながら封殺する。

 

「まあ、元気なら良かった。……あまり根を詰めずに、休めそうなら休めよ」

 

『……うん、そうする。暁灯も、気をつけて。真白、咲希さんも、おやすみなさい!』

 

「ああ、おやすみ」

「おやすみなさーい」

 

 通話が切れる。

 多分、千歳ちゃんの『大丈夫』は、言葉よりも騒がしさの方に詰まっていたのだろう。

 暁灯くんの肩から、さっきまでの硬さが抜けていた。

 

 (……学校で話していた時より、ずいぶん素が出てきてる)

 

 よそ行き用の顔が剥がれてきたということなんだろう。

 悪い気は、しなかった。

 

「とりあえず、晩御飯でも食べる? ここの冷蔵庫、たぶん一通り入ってるはずだから」

 

 そう言いながら、私は冷蔵庫を開けた。

 

 中には、サンドイッチ、カットフルーツ、ゼリー飲料、ミネラルウォーター、栄養補助食品、多種多様な冷凍食品、それから、なぜか高級そうなプリンまで並んでいた。

 さすが姫岸財閥。休息所の冷蔵庫にも容赦がない。野菜室に新鮮な野菜まで詰まっているのは、流石にやりすぎな気もするけど。

 

「暁灯くん、食べられそうなものある? お茶だけだと、さすがに——」

 

 返事がない。

 

「……暁灯くん?」

 

 振り返ると、暁灯くんはソファに深く沈み込んでいた。

 湯呑みをテーブルに置いた姿勢のまま、目を閉じている。

 

 最初は、何か考えごとでもしているのかと思った。

 けれど、次の瞬間、こくん、と頭が小さく揺れた。

 次いで、ゆっくりとした吐息が漏れる。

 彼は眠っていた。

 

「早っ」

 

「早いねぇ」

 

 真白さんが、まったく驚いていない顔で笑った。

 

「……ベッドに移しましょうか。さすがにソファで寝かせるのはよくないです」

 

「だねー。暁灯、ベッド行くよ」

 

 真白さんが、暁灯くんの肩を軽く揺する。しかし彼は「……ん」という返事なのか寝言なのか定かではない反応を返すだけで、微動だにしない。

 結局、真白さんが眠ったままの暁灯くんをお姫様抱っこして寝室まで運ぶことになった。

 ……絵面が面白い。

 

 暁灯くんを寝かしつけてから、改めて冷蔵庫からサンドイッチとペットボトルの紅茶を取り出し、真白さんと向かい合って一息つく。

 

「暁灯くん、疲れてたんですね……」

 

「車の中でも、半分寝てたようなもんだよ。千歳の連絡が来たから、根性で人の形を保ってただけ」

「まあ、ダンジョン発生以来、ろくに眠れていなかったみたいだしねえ。千歳の魔石探しに、陰陽寮の目を避ける生活も重なってたから」

 

「……それで、あんなに普通そうな顔をしていたんですか」

 

「普通の顔をするのは得意なんだよ、あの子。普通なんて知らないくせにね」

 

 真白さんは、サンドイッチの包装を開けながら、何でもないことのように言った。

 その顔には、いつも通りの、綺麗すぎる笑みが浮かんでいる。

 

「だから、先に確認しておきたいんだ」

 

「確認、ですか?」

 

「咲希ちゃんは、暁灯をどうするつもり?」

 

 ††††††

 

 ダンジョン災害から二ヶ月。姫岸財閥の総帥である姫岸(ひめぎし)恭一郎(きょういちろう)の手帳に、空白の枠はなかった。

 政府との折衝、探索者保護法案への意見書、ダンジョン管理運営の報告会、海外パートナーとのオンライン会議。

 いずれも、日本経済どころか、日本という国そのものの行く先を左右しかねない、待ったなしの案件ばかりだ。

 

 今も、臨時の取締役会の真っ最中である。議題はダンジョン関連事業への追加投資。役員たちが資料を手に議論を交わしている。

 非常事態であることに異論はない。迅速な意思決定が必要な難題は、数え切れないほどにある。

 だが、それでも今は少し疲れた。せめてもの救いは、この会議の結論がとうに見えていることだった。

 

 目の前に広げたラップトップPCの隅に、小さな通知が灯った。社内チャット。秘書の朱音(あかね)からだ。

 恭一郎は、向かいの役員が資料を読み上げているのを聞くふりをしながら、PCスクリーンに共有されていた資料の上に、チャット欄を開いた。

 

『咲希お嬢様の緊急入場申請が承認されました。同行者二名の身元照会結果を添付します。至急ご確認ください』

 

 添付ファイルを開く。

 目が、一箇所で止まった。

 

『宵町暁灯。元陰陽寮所属』

 

 恭一郎は、表情を崩さないまま、チャットに対して返信を打つ。

 

『咲希から聞いている。問題ない。好きにさせろ。ただし、目は離すな』

 

 送信。チャット欄を最小化し、改めて資料に目を向ける。

 議論は続いている。誰も、総帥がこっそり内職をしていたことには気づいていない。

 

 陰陽寮が千年の間、抱え込んできた力が、向こうから娘の手に転がり込んできた。

 会議漬けのうんざりする一日だったが、最後に望外の土産が届いたものだ。

 

 恭一郎は、手元の冷めたコーヒーを一口含み、何食わぬ顔で議論に戻った。


というわけで溜め回でした。

作品としては明確に必要なフェーズだと考えているのですが、こういう場所に出すのは怖いですね。


ブクマ感謝! これは生きてるって感じがしますねえ。

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