第二章 第九十七話 〜ひまわりの彼女〜
私はあまりの光景に固まってしまった。他の避難民も全員、その場から動けない。ただ、口の中から声が聞こえてきて周囲の様子は一変した。
「たすけ……ぐえっ……ごぼっ……」
「やめ……ああ……ぐむ……」
「キャアアアア!!」
「うわあああ!!」
人々が扉から出ようとする。だが――
ドンドン! ガチャガチャ!
「!? 開かない!?」
「どうなっている! 動かないぞ!?」
男たちが扉に体当たりしても全くびくともしない。まさか閉じ込められた――?
「やれやれ、ようやくトンネルが開通したね。地盤が硬くて苦労したよ」
『蟲』の口の隣りに奇妙なカラスのマスクを着けた何かが浮いていた。
「よくも領主様を!!」
ゴオッ!
二階に残っていた兵士たちが一斉に敵目掛けて火球を飛ばした。しかし、カラスがヒョイヒョイと避けた。
「危ねえ、何すんだ! やれ! 『グレイヴディガー』!」
ゴアアアオオオ!!
『蟲』が咆哮を上げると私たちがいる場所の真上の階に巨体を伸ばした。
「うわあああ!」
兵士の叫び声が聞こえたと思うと――
ズドオオオン!!
壁や柱が大きく揺れ、欄干の一部や埃が落ちてきた。それと同時に彼の声は聞こえなくなる。
「ひっひいいい!」
崩れた階段の近くにいた兵士たちが奥へと逃げようとする。
「安心してね。逃さないから」
笑いながら敵がそう言うと、『蟲』は体をくねらせた。そして次の瞬間――
ズドドドド!!
二階の回廊を円を描くように、左から右へと壁面ごと、兵士たちが全て削り取られた。彼らによって紅く染められた塗料が滴り落ちる。ところどころグロテスクかつ立体的な装飾も施されてしまっていた。
「うわああああ!!」
「キャアアアア!!」
「うえええん!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことだろうか。避難民は逃げ惑うこともできず、ただ怯えている。私は目の前の光景を現実だと理解できずにいた。
ピシッ――ゴッ――!
先ほどの衝撃の影響で二階部分の天井の一部が崩落した。落ちてきた石の下敷きや、頭を打つ人々が続出した。私たちは柱の近くにいたから無事だったらしい。
目の前の親子連れが怪我をして、父親も母親も頭部などから血が流れていた。隣りの子どもは泣いている――それを見て、私はようやくハッとした。
「大丈夫ですか!?」
「う、うう……」
「じっとしててください! 『回復法術・癒』!」
パァァァ――
私の右手を母親の頭にかざすと、血の流れは止まった。腕などの箇所も徐々に良くなっていく。
「あ、ありがとうございます――!」
それを見ていたフィオ、チロ、ネネも父親に対して『回復法術』を施し始めた。
「みんなありがとう!」
二人と子どもは抱きしめ合った。
だがそれを横目で見ていた奴が空中にいた。
「チッ……因みにここにいる連中は全て鏖にするからね。人間たちは全て邪魔なんだよ。行け! 『グレイヴディガー』!」
号令とともにさっきまで二階にいた『蟲』が、ズルリと巨体を波打たせて、今度はそのすぐ下にいた人々を下敷きにした。扉の近くにいた人たちまで紅い鮮血が飛び散る。
そして『蟲』は右から左へとキャンパスをなぞり始めた。
「ぐわあ……ぼっ……」
「あぶ……」
よほど柱が頑丈だったのか、そこ以外にいた避難民が消えていく。
「危ない!」
フィオが私とチロとネネを抱えて柱の陰に隠れた。
「あ……」
私は右手をかざしたまま、後ろに飛ばされた――
グシャアアッ!!
そこにはさっきの親子連れだったものがいた。
「キャアアアア!!」
私は泣きながら叫んだ。
「ちいっ! 邪魔な柱だ! 奥へと首を伸ばしてキレイに始末しろ! 『グレイヴディガー』!」
『蟲』が私たち目掛けて差し迫った。このままだと三人も一緒に死んでしまう――
私は神父様の言葉を思い出した。
目の前に光の盾が浮かんでいるイメージ。
私は右手を敵に向けた。
かざした手――その先から、広がるイメージ――光る――守る――誰かを守る――何かを守る――
「『結界法術・盾』!」
ヴン――
黄色く花開いたひまわりのように、光る『盾』が大きく私たちの目の前に現れた。
ゴアアアオオオ!!
(お願い! 耐えて――)
ガアァァン――!
『蟲』が『盾』によってはじき返された。
天井近くまで垂直に起き上がったのち――
ズズン……
巨体が横たわった。地響きが鳴り響く。
「なっ……何ぃいい!?」
カラスマスクが驚いてしばらく固まる――そして扉付近の『蟲』の体に近づき、ビシビシと手やステッキで叩きだした。
「ええい! 早く起きろ! まだまだ戦えるだろ! とっととあのガキどもを叩き殺せ!」
その呼びかけに応えるように、『蟲』がゆっくりと立ち上がった。
「よし。一度でダメなら何度でもやってやる。くたばれ! ガキども!」
ゴアアアオオオ!!
『蟲』がまた私たちに襲いかかってきた。私も右手を敵に向けてかざして念じる――
「『結界法術・盾』――?」
しかし、魔法力切れなのか、何も出ない――
「アハハハハ! 死ね!」
眼前に『蟲』が迫る。後ろの三人がギュッと私の服をつまんだ。
ゴメン――みんな――守れなかった。
私は最期に泣きながら呟いた。
「リベル……助けて……」
私は祈りながら目を閉じようとした――次の瞬間。
ドゴオオオオン!
轟音が鳴り響き『蟲』の尾の部分が波打って飛んでいった。
「は? ブベッ――」
残された頭の部分もカラスマスクと一緒に飛んで行った。城の壁もガラスも、内側からは弱い結界法術も、奴によって固く閉ざされていた扉も、粉々に砕けて落ちて行った。
スタッ――
辺りの空は少しずつ明るくなっていた。その空の向こうに彼は降り立つと、こっちに振り返り、こう言った。
「ゴメン、遅くなった」
私は泣きながら彼に抱きついた。




