第二章 第九十六話 〜領主城の大広間〜
ダダダダダ――
『バスター』の高速の突進で敵を次々と跳ね飛ばしていく――そもそもどこから湧いて来たのか。
僕が違和感を覚える理由、それは『カラスマスクが一切出てきていないこと』だった。確かに巨大牛は強敵で、事実、一度死んだようなものだった。
しかし、もしあいつが首謀者だとしたら、その最も強い敵の傍に付かないのはおかしいと踏んでいたのだ。
周囲は通常であればとっくに暗くなっている時間だが、『ダーク=ヴィジョン』のおかげで昼間のように明るく見えた。これで『間違い探し』に専念できる。
敵もまばらになり、山間部に目を向ける。すると広い範囲で草木が倒されているのが確認できた。
「やはり……こちらの方向に向かって来たんだ」
仮にモンスターたちが一斉に町の方へ押し寄せて来たのなら、それとは逆へと進めば、奴の手掛かりを掴めるはず。そう考えたのだ。
山を走って登り、尾根を下ろうとした瞬間、嫌な予感がより強くなった。
「なんだ……この巨大な穴……まるで何かが地下へと這い出ていったような――」
「リベルも神父様も大丈夫かな?」
左手首のひまわりを右手でギュッと押さえる。
「大丈夫よ! 二人ともめちゃくちゃ強い……はず」
大きな両耳に二つのリボンが揺れる。
「なんで疑問形になるのよ!」
「だって、二人が本気で戦っているところなんて見たことないでしょ!」
「……それはそうだけど」
「学長先生もいるから大丈夫だとは思うけど」
カバンと一緒に小さくまとまった画材セットを脇に抱える。
「眠れない――」
膨らんだ枕を抱きしめる。
領主城では避難してきた人がたくさんいた。それぞれの部屋や廊下などにもところ狭しと町民が待機している。
私たちは一階の大広間の隅のほう、柱の陰の近くに固まっていた。領主様が貸し出してくれた毛布をひとり一枚ずつ羽織る。無地ではあるが上等なものだった。
やがて大広間の階段の踊り場に二人の兵士がマイクをセットし始めた。すると上からシルクハットとモノクルをかけた男性が、介助者の助けを借りてゆっくり歩いてくる。マイクの前に立つと、周囲に目を向け話し始めた。
「港町ベルグハーフェンの諸君、私は領主兼商業ギルド長、バルタザール・ポルテである。先ほどの緊急事態の放送、さぞかし驚かれたことであろう。事実、おびただしい数のモンスターの群れが、この町に押し寄せてきた。
しかし、わが町の冒険者たちと兵士たちが決死の想いで戦った結果、徐々に敵どもはその数を減らし、沈静化に向かっているとのことであった!」
ワッ――!!
町民から歓声が上がる。皆の顔に笑顔が灯るのが分かる。
「ゆえに、事態が完全に終着すれば、直ちに元の生活に戻れるであろう。もっとも、この領主城には強力な結界法術が張られておる。例えいくら砲弾を撃ち込まれてもびくともせん。なので戦士たちが勝利の雄叫びを上げるまで、もう少々お待ちいただけないだろうか――」
ワッ――!!
再び歓声が巻き起こる。安堵の声ととため息も漏れた。
「よかった……みんなすぐに帰ってこれそうだね」
「そうね。愛しのリベルともうすぐ会えるわね」
「でも――胸騒ぎが止まらないの」
「え……?」
ゴゴゴゴゴ……
地響きが聞こえる。そして床や建物が揺れ始めた。
「な、なんじゃ!?」
領主様を護衛の兵士たちが守る。
「何の音!?」
「うええええん!」
子どもたちを含めた町民が一斉にざわめき始める。
ドゴゴゴゴゴ!!
「揺れている!?」
「近づいてくる!?」
床が大きく揺れた次の瞬間――
ゴバアアアア――
大広間の石畳が激しい音を立てて崩落した。領主様が立っていた階段ごと、床が一気に抜け落ちていく。
「うわああああ!!」
「キャアアアア!!」
悲鳴とともに避難民たちが穴へと呑み込まれていく――シルクハットとモノクルごと。
そして――崩れた地下の闇から、
グワアアアア――
城の天井に届くほどの不気味で巨大な『蟲』が姿を現し、開かれた大口で、群がる人々を容赦なく丸呑みにした。




