第二章 第八十三話 〜二心一体〜
迫りくる赤色の目をした巨大な黒い影。もともと暗い場所な上に、体全体がその色であれば分かりにくいことこの上ない。奴は左前脚を僕目掛けて突きだしてきた。
ゴオッ!
速い! 避けられない! 咄嗟に左上に向かって跳びながら防御態勢をとる――
ドゴッ!
重い衝撃が僕の全身に響いた。そのまま壁まで飛ばされる――
ガッ!
「カハッ……!」
ガードしていた右腕と、頭を庇った左手が折れた。脳震盪でフラフラと吐き気がする。
「『リカヴァー』!」
意識を失う前に自分の体を回復する――よし、全快した。
一瞬、カラスの顔が醜く歪んだように見えた。
「お前――何だ? 他の人間もそんなふうに即座にするものなのか?」
「さあね。答える義務はないだろ」
「生意気な。やれ! 『ダブルスパイダー』!」
ダダダダダダ!
巨大蜘蛛がまた接近してきた。普段は無音で歩行するクモも、これだけデカければ足音も轟く。
しかし、先程よりも距離があるから、こちらも攻撃への時間が稼げるというものだ。
「『アロー』!」
ドドドドド――!
光の矢を両手から連射する。狙うは十六の『動く的』だ。さすがに足止めにはなるはず――
ギィンギィンギィンギィン!
ところが奴は両前脚で全ての矢を叩き落としてしまった。四本の鋼鉄のような爪が翻る。
「なっ!」
一切走行速度が落ちない。
そのまま巨大蜘蛛は顎――鋏角を大きく開いた。
右上、左上、右下、左下――合計四本の。
「鋏角は二本じゃないのか!?」
僕はそれらを躱しつつ、蜘蛛の巨体を跳び越した――はずだった。
ドスドスドスドス!
「ぐわっ……!」
四本の脚が自分の胴体に突き刺さった。しかし、巨大蜘蛛は『自身の他の脚で立っている』。
「な、何だ……まさか……こいつ、『結合双生児』なのか!?」
「正解! 人間、お前なかなかやるじゃん!」
本来別々の個体になるはずのものが、ひとつの体で生まれてくるもの、それを『結合双生児』という。だから脚が十六本、鋏角も四本、目も十六個あったんだ。
「こいつはもともと俺ちゃんが育てていてね。変な形のクモで、逆にその構造ゆえ動きづらそうだった。それで育てていたらこんなに大きくなったってわけさ。
そしてここに引っ越してきたら餌場も近くにあったから、ちょうどよかったと思ってね。子育てに専念してもらおうとしていたら、おじゃま虫が一匹やって来たってこと――よくもかわいい子たちを! 許さんぞ!」
巨大蜘蛛が突き刺した脚を広げようとしてきた。激痛が拡大する。
「ぐああ……! させるか! 『シザー』!」
ザンザンザンザン!
四本の脚は落ちて、僕は蜘蛛の胴体の上に降り立った。瞬時に『リカヴァー』をかける。
「ギィヤアアア!!!!」
苦しみもがく黒い巨体。叫びたかったのは坑夫だっただろう。許さないのはこっちのセリフだ。
「『スティング』!」
蜘蛛の胴体目掛け、光の槍が貫くと思った刹那――
グオオオ――!
突如巨大蜘蛛が垂直に飛び跳ねた。天井で挟んで潰す気だ――
「させるか!」
僕は即座に横に跳んでペシャンコになるのを防ぐ。
ズドドオオン……!!
轟音が響き渡り、あちこちの岩が落ちてくる。自分の身を守るために滝の手前まで避難した。いざというときに『スウィム』で逃げ込めるように――
なんだ? ここ、こんなに暗かったか?
いつの間にか子グモの赤色の星も見えなくなっていた。もちろんカラスも見えない。まさか、『暗黒』といったレベルではなくて、光すら通さない糸のドームで『漆黒』になったとでもいうのか?
僕は慌てて滝を下ろうと飛び込む――つもりだったが、非常に粘り気のある、見えない強靭な糸で手足や胴体、顔まで絡めとられ、もの凄い勢いで引っ張られた。
「ンン――!!」
「『ダブルスパイダー』の毒牙でくたばれ! 人間!」
ドガッ――!!
四つの凶悪な鋏角で体を深く貫かれ、大量の猛毒を流し込まれた。




