第二章 第六十八話 〜キューピットの謀略〜
「……」
「……」
帰り道、僕とギルド長はしばらく無言で歩いた。残りの鹿の部位を袋に入れたあとに。
恋する乙女はずっと顔が真っ赤だ。お酒のせいなのか、自覚して猛烈に照れているのか、あるいは両方なのかは分からない。僕が切り出した。
「……で、どうしましょう?」
「!? な、何がだ!?」
「神父様へのラブラブ大作戦」
「な、なんだ!? その小っ恥ずかしい名前は!」
「妥当な作戦名だと思いますが……」
滝のように汗をかき始めるギルド長。
「……ではまず、ゴールを決めましょう」
「ゴール?」
「ギルド長は神父様とどうなりたいですか?」
「ど、どうって?」
「だから、どうなりたいんです? 手をつなぎたいんですか?」
「つ、つなぎたい……」
「キスしたいんですか?」
「――っ! キス……したい」
「付き合いたいんですか?」
「――付き合いたい……」
体中を真っ赤にしたギルド長はどんどん小さくなっていく。もはやセイクルよりも小さい。
「――結婚したいんですか?」
「し、したい……」
両手で顔を覆い始めた。そして指の隙間からこちらをチラっと見た。この表情は計算していない、天然のものだ。僕は唇を噛みしめつつ、自分の胸をかきむしる。
「……色々情報が欲しいんですけど、神父様ってお酒は飲むんですか?」
「好きなはずだぞ。町の集まりでも飲んでいたし。それこそ結婚式でも嬉しそうに、かなり飲んでいた。ただ、最近は飲んでいるの見たことないなあ……色々と遠慮しているのかも」
「なるほど。酒場で飲むことってあるんですか?」
「昔はあったな。それこそ集まりのついでで少人数とかでも……たまに亡くなった嫁さんと二人でも飲んでいたな――」
ああ、だめだ。ギルド長が泣き出しそうだ。涙を溜めてプルプルしている。仕方がないとは言え、どうしても暗い話になってしまう。
「――ギルド長、僕の故郷にはこんな言葉があります。それを叩き込んでください。その言葉とは――」
「その言葉とは……?」
「『殺られる前に殺れ』」
「『ヤられる前にヤれ』!?」
「はい。殺られるくらいならその前に殺ってしまえ、ということです。先手必勝です。『寝込みを襲う』くらいの心構えで殺ってしまいましょう」
「ね、『寝込みを襲う』!!??」
「はい。時には大胆になることも重要です。TPOを飛び越えて、トドメを刺しましょう」
「う、うううううう――」
ギルド長は真っ赤になりながらぐるぐる目を回している。
「今のギルド長は『可能性の獣』です!」
「か、『可能性のケダモノ』!?」
「JUST DO IT !」
「……なんて?」
「『やればできる』!」
「『ヤればできる』!!? 何が!?」
うーん、普通のことを言っているはずなんだけど、なぜか彼女はパニックになっている。
「今日の夜、偶然を装って酒場に来てください。僕が必ず何とかします。さっき言った言葉を胸に刻み込んで、神父様に仕掛けてください。『為せば成る。為さねば成らぬ。何事も』です」
「だから何を『なす』んだよお……!!」
(――というわけでみんな、協力してほしい)
(何よ、藪から棒に)
僕とみんなは食器なども用意し、席に着いて待っている。神父様はキッチンの奥でカレーをかき混ぜながらコトコト煮込んでいる。鼻歌交じりだ。
(片付けをしたあと、神父様と僕だけ残して二階に早めに上がってほしい。そこで決着をつける……!)
(……アンタ、一体何と戦ってんの……?)
(頼む! みんなも分かった?)
(((よく分からないけど分かった)))
「――神父様は酒場には行かないんですが?」
「……なんですか、藪から棒に」
僕は作戦通り、僕と神父様の二人きりの状態を作り出した。シンクにはシャボンの泡が浮かんでいる。
「もしかしたら、僕たちがいるから酒場にも行けないのかと思って」
「ああ……いや、そういうことではないんですが……確かに昔は行っていましたが、今は行きませんね――」
「お酒、飲まないんですが?」
「いや――飲みますよ。みんなが寝静まった頃に、自分の部屋で」
「ということで、たまにはどうですか? 今日あたり」
「……今日!? それはまた急に……」
「――僕は深海が第二の故郷でした。そこで巨大蟹や遺跡アンコウなど、様々な敵と戦いました。何度も何度も死ぬような目に遭いました。でも、そんな危険な深海で、みんなが一番懸念していたことってなんだと思いますか?」
「え? いや……なんでしょう?」
「『子種』です」
「――はい!?」
「――僕がいた数年間の間に、少なくとも九十三人の兵士が命を落としました。しかもその部隊は全て男性でした。ゆえに、子孫を残すことが死活問題だったのです。僕は子供だったのでさすがにどうにもなりませんでしたが、おそらく大人だったら大変なことになっていたでしょう」
「……そんなにだったんですか?」
「はい。ですが一番大切なことは、『死んだら何もできない』ということです。だから死んでしまう前に必死に子孫を残そうとしていました。仮に子孫や子種のことは置いておいたとしても、『死ぬ前に何かをする』ことは重要です。
なので僕たちのことが心配なのは分かりますが、たまには自分のやりたいこともやるべきです。なのでたまには、酒場にも足を運んでみませんか?」
「……そうですね。リベルの言う通り、たまにならいいかもしれませんね――」
「おそらく、ちょっとした気分転換にはなるかと思います」
「……確かに。ではご厚意に甘えて、久しぶりに酒場に行ってきてもよろしいですか?」
「はい、お気をつけて」
「分かりました。戸締まりはよろしくお願いいたします」
僕は神父様を教会から見送って、念入りに鍵をかけて両拳を握りしめながらつぶやいた――
「『計画通り』……!!!」




