第二章 第五十二話 〜山に囲まれた港町〜
「セイクル、今日も朝のお祈りかい?」
「うん! いつもの場所!」
「精が出るねえ。気をつけて行ってくるんだよ」
「ありがとう!」
このベルグハーフェンの町の船着き場の先で、お祈りするのが私の日課だ。何かに祈れば祈るほど、神聖法力が高まるらしい。神父様も毎朝、太陽に向かってお祈りしていた結果、徐々に法術を使いこなせるようになったという。
ただ、私はまだ若干の回復法術や補助法術くらいしか使えない。早く神父様みたいに結界法術も使いこなせるようになりたい。
私がこの場所でお祈りするのにはもうひとつ理由がある。両親が好きだった場所だからだ。お父さんは漁師だった。お母さんは網や針などを補修する人だった。だけどある日、突然天候が荒れて、船は転覆してお父さんは帰らぬ人になった。その後を追うようにお母さんは病気で亡くなった。私が髪に着けているオレンジの三角巾はお母さんがお父さんと私に縫ってくれた布だ。白い太陽がモチーフ。孤児になってしまった私は、この町の教会兼孤児院で神父様に預けられた。それ以来、他の孤児たちと一緒に暮らしている。
この港町は海と山に囲まれている、とてもいい町だ。魔法鉱石が採れる鉱山もある。港があるので交易も盛んだが、付近の海流が強いらしく、大きくて強い船じゃないとなかなか通れないらしい。領主様もやり手だがいい人で、常にこの町のことを案じている。冒険者ギルドと協力して運営しているから何かあっても対応できるようになっている。ただ、さすがにお父さん、お母さんはどうにもならなかったけれど。
私は船着き場、桟橋の先まで来た。海流が強いのはあくまで付近の話で、この港自体は普段、とても穏やかだ。私はいつものように右の片膝をつき、右手を突き出して、左手で右の腕を掴んだ。右手のひらを太陽の方向に向ける。これが神聖法術の祈りのポーズだ。この構えから回復、補助、結界法術も出せる――まあ、結界法術はまだ出せないけど。
今日も昨日までと引き続き、結界法術を出せるように練習しよう。目の前に光の盾が浮かんでいるイメージ。以前、神父様がやってくれたように。
かざした手――その先から、広がるイメージ――光る――守る――誰かを守る――何かを守る――
……あれ? 何か、海面が盛り上がってない?
サメ? この近辺にサメはいないはず――って、速い!? 近づいている!? 襲われる!!
ザッパアアアン!!
「キャアアアアア!!!」
雨のように水滴が降ってきた。尻もちをついた私は、腰が抜けて立てない。おそるおそる振り返るとそこにはびしょ濡れで金髪の子供が後ろを向いて立っていた。
「……」
彼はしばらくそのままの状態で動かなかった。私はあまりの衝撃で声も出せなかった。
するといきなり彼が動いた。そしてすぐさま桟橋の縁に両手をついたと思った瞬間――
「おええええええええ……!!」
口から大量の水を吐き出した。いや、よく見ると固形物も含まれている。魚が寄ってきた。
「うわあ……」
思わず小声でつぶやく。
「はあ、はあ、はあ……ずっと海中にいたのを忘れていた……そりゃいくら『ブリーズ』でも『コンフォート』でも、水吐くよ……小腹が空いて『バイト』で魚食べたし――」
何言ってんだろう、この子。少なくとも大量に吐いたことは分かる。
「まあいいか。『コンフォート』!」
「え、えええ!?」
濡れていた彼の髪と服が乾いた。
「うん、さっぱりした。陸酔いもだいぶ良くなった――って、ごめん、人がいたんだね……」
「あ、ああ、あなた、一体どうなっているの!?」
「ええ? 何が?」
「急に海から現れて、急に吐き出して、急に乾いて!」
「ああ……話すとあまりにも長くなるから、やめた方がいいと思うよ。そういえば、この町はなんて名前なの?」
「え? ベルグハーフェンよ。というか、よそ者なの?――って、そりゃそうか。こんな子見たことないもの」
「そうだよ。初めて来たんだ。あ、自己紹介した方がいいかな。僕の名前はリベル。よろしくね」
「え、ああ、えっと、私の名前はセイクル。この町の教会で暮らしているのよ」
「へえ! 教会があるんだ! すごいなあ!」
「教会なんてどこにでもあるでしょ!……いや、本当に知らない場所から来たのかな……あなた、とりあえず、私と一緒に教会に来る? もうすぐお祈りの時間だし、神父様にも話を聞きたいし」
「え! いいの! 助かるよ。来たばかりで右も左も分からなかったんだ」
「……本当に何も知らないのね。いいわ、こっちよ。ついてきて」
水滴でまあまあ濡れてしまったし、早く教会で着替えたかったからちょうどよかった。
決してびっくりしすぎてちょっと漏らしたとかではない。




