第一章 第五十一話 〜深海の別れ〜
「うえええええん!! リベルちゃん、行っちゃやだよお!!」
「おかあさん、めっ。リベルがこまってる」
「だってええええ!!」
予想はしていたが、昨日までの女王は何だったんだ。ミレーナはかわいいなあ。
「――まあ、気持ちは分かるが……」
「大人になったらウチの息子になるんだし」
言ってない。絶対に言った覚えもないし、なるつもりもない。この新婚夫婦は――
「大丈夫。私老けないから。大人になったらリベルの子種もらうから」
朝から酔っ払ってんのかな、この酒乱。
「――お前さんが地上に行きたい気持ちも分からんでもないのう」
「うん、まあ、そうだね……」
と言っても、このやりとりもこれで最後だ。
「水中でなければ、もっと制限なくなんでも作れたのにのう」
そっちか。確かに親方なら超強力な兵器も作れそうだ。
「相変わらず、モテる男はツライね」
「ブレブ! 来てくれたんだ!」
「俺とスキュアルドで最寄りの港町の近くまで案内しようと思ってな」
「おそらくどこに行けばいいか、見当もついてないんだろ?」
「うっ――適当に陸のありそうな場所に行こうと思ってた」
「まあ、リベルらしいが、ある程度行き先が分かっておいた方がいいだろ」
「二人は行ったことある場所なの?」
「いや、ない。だが遠くに港町が見えたことはある」
「だからその手前までだな。連れて行ってやれるのは」
「それだけでも十分だよ」
心強い。だけど正直、まだ二人と少しだけ一緒の時間を過ごせることの方が嬉しかった。
僕は城に残ったみんなに対して振り向いた。
「――じゃあ、僕はもう行くよ」
「いやああああ!! リベルちゃん!!」
女王の最後のハグが襲いかかる――分身した!? 前後左右上下!?
しかし、僕は躱し続ける。どうやら成長したみたいだ。ファンネルかドラグーンシステムも今なら避けられる気がする。ついでに避けた最後にミレーナになでなでをした。
「すごい……」
「推進器改、要らねえな」
「あの動きも取り入れた方が良さそうじゃの」
「今なら蟹も一人で倒せんじゃねえか?」
「リベルが喰われなくて良かったよ。あれを模倣されたら一瞬で全て滅んでいた」
ひどすぎる。僕は全力で回避していただけなのに。
「――じゃあね、ラティナ、テティカ、ミレーナ、親方。城のみんなも、お母さんも」
「えええ!? 今、私のこと『お母さん』って言った!?」
「だから、私のことはママって呼んで」
「リベルー、バイバイ――」
城から遠ざかって行く僕と二人。僕は振り向きながら涙を流す。すると――
「「「子種、よろしくね〜……!!」」」
涙がピタッと止まった。
「――最悪な別れの挨拶だ」
「まあまあ、と言いつつ、俺らですらドン引きしているからな」
「せめて別れ際はもっと爽やかに送り出せよ……」
泳ぐだけなのにやたらと重く感じるのは何なんだろう。
「そう言えば、遺跡アンコウの解体作業がようやく終わったんだぜ」
「おお、どうなったの?」
「少しずつモヤとなって消えていった。こちらもまた影兵士みたいになるかと思っていたが、だんだん骨になって、むしろそれすらも消えた」
「そんなことがあるんだ」
「敵魚人の時と一緒だな。跡形もなく消えるとか」
「ああ。でも、残ったんだ」
「え!? 何が!?」
「仲間たちの武器や防具が」
「ああ……」
「その中には叔父貴の二叉槍もあった」
「そこにあったんだ……」
「女王やラティナ、テティカにはリベルが去るまで伏せておこうと思っててな。亡くなってしまったことはもちろん寂しいし悔やまれるが、形見が見つかったことはせめてもの救いだ。あとで改めて、ゆっくり報告する」
「そうだな。それがいい。そう言えば、リベル。お前地上に行って何やるんだ? 世界を見て回るのと、母親を探すのは分かっているが」
「いや、それしか分からないよ。だって物心つく前に流されたんだから。そこからずっと深海に住んでいたんだよ」
「まあ、それはそうだな。でも他にやりたいことはないのか?」
「え? うーん、やりたいこと……もしできるなら、同年代の友達が欲しいかな。すごく上か、すごく下しかいなかったから」
「ああ……年齢で言うと近いのはいたかもしれないが、リベルは精神年齢がいくらなんでも高すぎるからな。苦労するかもな」
「他には?」
「うーん、色々あるけど、やっぱり行ってみないことには――」
「違う。つがいだよ。結婚とかそういうところだよ」
ブボッ!!
「ブレブまでそんなことを言い出すの!?」
「そうじゃない。真面目に訊いてるんだ。お前仮にそういう相手ができたとして、技術はともかくとして知識はあんのか?」
「――一応、前世の記憶で少しは……」
「やっぱりラティナで試してみた方が良かったんじゃないか?」
「だから僕はまだ子供だって!」
「あのなあ。確かにそうかもしれない。だが今回の兵士の仲間たちもそうなんだが、人はいつ死ぬか分からないし、国もいつ滅びるか分からないんだぞ? ある程度分別つくなら、何も遺さないまま死ぬより、遺してから死んだ方がいいんだぞ?」
確かにそうかもしれない。一理はあると思った、が――
「因みに僕のためを思って言ってくれている気持ちと、面白がっている気持ち、比率で言うと?」
「「半々」」
「……だろうよ」
一日かかって泳いだあと、やがて先導してくれていた二人の動きが止まった。僕は少し追い抜かれた形になったあと、泳ぐのを止めて振り向いた。
「さあ、着いたぜ。ここで俺らはお別れだ」
「長いようであっという間だったな。向こうが陸地だ」
先にブレブと抱き合った。
「小さき勇者、リベルよ。本当に今までありがとうな。村でも国でも、お前がいなければ俺も他の奴らも死んでいた。感謝するぜ、相棒。お前のことは絶対に忘れないぜ」
次はスキュアルドの番だ。
「救国の英雄、リベルよ。お前のことは先祖代々語り継ぐぜ。本当はずっと城にいてほしいが、お前は地上の世界を見に行くんだ。本当の母親と会ったら、また俺らの国を訪れてくれ。ありがとう、相棒。お前のことはいつまでも覚えているからな」
二人と離れて、僕は涙ながらに語った。
「二人とも、今までずっとありがとう。僕の方こそ何があっても忘れない。いつか必ず会いに行くから。その時までさようなら」
三人はいつまでも手を振りながら徐々に遠ざかり、やがて一人だけ踵を返した。新たな出会いの前には、必ず別れがあるから。
僕は泣きながら地上へと向かった。
――深海には人魚と魚人が暮らす城下町がある。
そこでは多様な人々が暮らし、日々の生活を営んでいる。
城下町の正門から中央広場を抜けると城がある。
その城の門をくぐると、玉座の間に続く階段がある。
だが、その階段の裏に回ると立派な台座がある。
台座の上には、正確に時を刻む、油時計が飾られている。
その油時計には、こう、書いてあった――
『海底の脅威を退けた小さき英雄リベル』




