第一章 第三十四話 〜影兵士の正体〜
「何だって……?」
僕は青ざめた。スキュアルドの仲間を、僕がこの手で殺した――
動揺する僕に、彼が続けた。
「一番最初に蟹の巣穴を調査しに行ったのはあいつらだったんだ。それで帰らぬ人となった。蟹を斃すことで弔いになるかと思っていたのによ……」
「だが、もう死んじまったんだろ? じゃあそいつらは別人だ。言い換えると、人ですらないんじゃないか?」
ブレブが冷静に口を挟んだ。僕とスキュアルドは、ハッとして顔を上げた。
「そうだな……あいつらの顔をした、偽物だよな。こんなところで生きてるわけがないんだ。わかっていたはずなのに――」
「――スキュアルド。さっきの黒い兵士、手応えがおかしかったんだ。なんというか、モヤと戦っているような気がした」
「俺も感じたぜ。少なくとも、人魚でも魚人でもなかった。そういえばリベル、お前『バイト』であれを喰ったよな? どうだった?」
「いや、何も感じなかった。強いて言えば、ひどく無機質で気持ち悪かった」
「……それはそうだろうよ」
「あ、大事なことを忘れていた。なんで槍が伸びたんだろう?」
敵の武器をよく見ると、それは二叉槍だった。スキュアルドの三叉槍の刃が欠けたわけじゃなく、最初からその形を模していたんだ。それが三メートルほど伸びていた。僕は解析しようと、槍の柄に手を伸ばした。
「おい! 気をつけろ!」
「痛ってええ!!」
スキュアルドが注意した次の瞬間、僕の指に焼けるような激痛が走った。
「これ! 触るだけでもダメだ!」
「普通、得体の知れないものをおいそれと触らねえんだよ……」
僕以外がドン引きしている。反省しよう。好奇心が危機管理を上回った。
「みんなはこんな槍、見たことある?」
「いや、ない」
「あってたまるか」
スキュアルドとブレブが即答する。
「状況を整理しよう。黒い顔をした兵士――仮に『影兵士』としよう。奴らはスキュアルドの親友たちを模倣していた。槍は伸長し、さらに柄に触れるだけで激痛が走る……ん? 二人分の下半身、どこに行った――」
僕が言いかけた瞬間、一人の影兵士が這うような体勢から、両手を向けて襲いかかってきた。
「危ない!」
突然ギルバートが、銃のような形状の道具を構えて放った。カプセルが着弾して弾け、特殊な網が敵を絡め取る。網の中心では、何かがうぞうぞと蠢いていた。
「お前ら近寄るな!」
ギルバートが叫んだ直後、影兵士がドロドロと溶けるように崩れていく。
「お前、それ何だ?」
ブレブが目を見開く。
「瞬時に展開する海藻の網と、オニヒトデだ。蟹の関節の隙間に攻撃すれば効くかと思って用意していたんだが……」
これはえげつない。オニヒトデの棘毒による細胞破壊か。……ん? それにしても、なぜこれほど容易く溶けて崩れるんだ?
「おかしい。人魚にせよ死体にせよ、オニヒトデだけでここまで崩壊するわけがない。せいぜい痛みや腫れが出る程度のはずだ」
「確かにそうだ」
ギルバートも頷く。
「だとしたら……こいつら、もしかして『ヒドロ虫』なのか?」
「なんだ? その『ヒドロ虫』ってのは」
「たくさんの小さな個体が密に結合して、ひとつの個体のように振る舞う生物だよ。『群体』と呼ぶんだ」
「? いまいちピンと来ねえな」
「人魚の国にも魚人の村にも身近にあるよ――サンゴとかね」
「え? サンゴってそうなのか? ひとつの生物じゃないのか?」
「そう見えるけど違うんだ。あと、猛毒のカツオノエボシとか。クラゲに見えるけど、あれも小さな個体の集まりなんだ。例えると、頭がブレブ、三人衆が手足、尾ビレに巻かれているのがスキュアルド」
「「「なるほど」」」
「待て、尾ビレに巻かれているのは俺じゃなくて旦那だ」
「俺に尾ビレはねえだろ」
例えとボケを同時に狙って失敗した。ややこしい。反省しよう。
「……とにかく、影兵士はおそらく群体なんだ。ブレブたちがフォーメーションを変えるように、奴らも姿を組み替えられる。二つの下半身が変形して合体し、襲いかかってきた――あの槍もそうだ」
「槍もか?」
「不自然に伸びたでしょ? おそらく先端には刺胞――麻痺針が直列で仕込まれているんだと思う。刺胞を使い捨てのバネのように伸ばしたんだ。柄もそう。短い刺胞がびっしりと付いているはずだ。本来なら触れた瞬間に麻痺するはずだったんだけど……僕は以前、巨大蟹のハサミに内蔵されていたイモガイの矢を喰らって『パラライズ』を習得していたから、激痛だけで済んだんだ」
「そういうことか……ん? もしかして敵を殴れないってことか?」
「素手や物理的な接触は、カウンターの麻痺針を喰らうリスクが高すぎる」
「おい、参ったな……おっちゃんの読み通りかよ」
「え?」
「グローブの衝撃波は両手で合計八回分。だが、それはあくまで最大出力の場合だ。出力を弱めに調整すれば、当たる瞬間に『ヤケド』を負わせることができるってな。一撃必殺の最大出力じゃなく、小出しにして何度も焼く。ニセモノ相手なら効果的じゃないか?」
「すごいね! 親方、そこまで想定してたんだ」
「俺の槍もだ。先程は後れを取ったが、テティカが柄の底に高熱ユニットを仕込んでくれたんだ。この影兵士にも効くだろうよ――」
スキュアルドは槍の石突きを残骸に押し当てた。すると「ジュッ」という音を立てて溶けていった。
「よし、先に進もうぜ。もう躊躇はしねえ。……徹底的に殲滅する。それが、あいつらへの一番の弔いだ」
僕らは頷き、不気味な光が揺れる部屋を後にした。




