第一章 第三十二話 〜母の抱擁と酩酊〜
「はあ……ブレブは何でもお見通しね」
「まあ、彼はいいリーダーだから」
「でも私も嬉しかったわ。ラティナがここまでやってくれて」
僕は女王と次期女王に『スープ』でお呼ばれされていた。今回は小エビ入りだ。それとスープ受けにプレスされたタコ煎餅もある。
「どう? 次期女王は」
「今はその呼び名はあまり好きじゃないけど、やれるだけやってみるわ。それでこの国が良くなるなら」
現女王はラティナを見て微笑んでいる。
「でも、体調は大丈夫なの?」
「以前よりは平気。もちろん無理はできないけど」
「前世でも、『病は気から』って言うからね」
「何それ?」
「心が悪くなると体も悪くなる。心が良くなると体も良くなること、かな?」
「なるほど……じゃあ私も心が良くなればいいの?」
「一概には言えないけど、だいたいそんな感じ」
「そっか……」
僕とラティナは同時にスープを飲んだ。
「――前世ってどういうこと?」
ブフーッ!!
僕とラティナは同時に吹き出した。女王の存在をすっかり失念していた。
「ねえ、どういうこと?」
「いや、あの、その、何でもないです」
「リベルは前世の記憶があって、その時実の母親に殺されているのよ。その後生まれ変わって、今世の母親とは幸せに暮らしていたけど、それも死ぬ目に遭い、紆余曲折あって今ここにいるのよ」
「ちょっと! ラティナ、今そんな話したら……!」
言い終えるより早く、女王の体が動いた。
【弱P 弱P 右+弱K 強P】
「リベルちゃん――!!」
「ぐええええええ!!」
ガード不可の女王が襲いかかってきた。
「つらかったでしょうねえ! 大変だったでしょうねえ!」
それは今です。というか右向きだったのか? そもそも体力少なかったのか? 僕の方が瀕死だけど!
【30HITS】
画面端に何か見えた。何だ画面端って。
「ハグフェイントから、尾ビレ巻き付け✕5、ほっぺたすりすり✕5、ハグミシミシ✕5、頭なでなで✕5、おなかさすさす✕5、ほっぺたちゅーちゅー✕5、か……」
「冷静に解説してないで助けて!」
「はいはい」
ラティナに引き剥がされて、ようやく女王のハグから脱出できた。
「だってだってえ……!」
僕は自分に『リカヴァー』をかけた。
でも心の傷は癒えなかった。
ドン!
突然、ラティナが壺をテーブルに置いた。
「まあまあ、これでも食べましょう」
「……何これ?」
「これはね、『酩酊クラゲ』よ」
「……何それ?」
「海底の熱水噴出孔近くに住んでいるクラゲがいるの。それをたくさん食べると酔っ払うのよ。クラゲ自体もおかしな動きをするの。シェフが快気祝いにこっそりくれたわ」
「ラティナちゃん! それは――」
「お母さんは食べてもいいけどちょっとにしておきなさい――と言っても私もそんなに食べたことはないけど……」
そう言いつつ、ラティナが僕に目配せした。
「……え!? 僕も食べるの!?」
「そうよ。めったに食べられないんだから。珍味よ」
「僕お酒飲めないよ!」
「いや、ちょっとなら大丈夫よ。食べ過ぎはもちろんダメだけど。というか、何? お酒? 飲む?」
あ、そうか。海底には酒造文化がないんだ。じゃあこれはウイスキーボンボンみたいなものか。
「なんだか久しぶりに食べるわねえ」
「よくよく考えてみたら、妊婦がその『酩酊クラゲ』だっけ? 食べてもいいの?」
「少しならポカポカして、赤ちゃんにもいいのよ」
まあ、確かに妊婦用の薬味酒のようなものはあるらしい。適量なら血行促進にいいとか。
「というわけでリベルもどうぞ」
「わ、わかった……」
なんだか変わった匂いがする。温泉のような硫黄の香り。だが、酒臭さはない。
「いただきます」
僕は勇気を出して『酩酊クラゲ』を一口食べた。
……なんだこれ? 香ばしい匂いがする。食感はかなりコリコリしている。もっと軟らかいと思っていたけど、意外と悪くない。他の二人もコリコリと小気味よい音を立てて食べる。
「意外に普通だね」
「ね? 悪くないでしょう?」
「スープとお煎餅を一緒に食べるといいわよ」
僕はその二つを交互に口に運んだ。
「あれ? さっきより香ばしい。美味しい」
「そう。セットで口に入れると進むのよ」
僕も女王もラティナも少しずつ酩酊クラゲを口に運ぶ。黙々とスープと煎餅を回しながら……
――すると壺の中身がほぼ空になったあたりで、ラティナが口を開いた。
「だから大変なのよ! 女王になるのは! 痛っ!」
ラティナは怒っているのかなんなのか。とりあえずテーブルを叩こうとして、空振った勢いで顔面をぶつけた。
「でもラティナちゃんがなってくれるならママ嬉しいわあ。こんなに立派になって……」
女王はあんまり変わってない――と思ったら泣き出した。ん? ママ?
僕に関しては一切全く変わってない。二人の頭をなでなでしているくらいで。
「リベルちゃん、ママの胸で泣いていいからね!」
「ダメ! そこは私の場所!」
「……眠くなってきた」
意識が混濁する中。
耳元で、無機質な声が響いた。
脳裏に、うっすらと光る文字が浮かび上がる――
【ファドル(酩酊)】
いつ使うんだよこのスキル……
僕は意識を失った。




