第一章 第二十五話 〜英雄たちのパレード〜
「今日はこの城から城下町の正門まで行って帰って来る。……それだけでいいんだよな?」
「そう。それだけでいい」
「本当にそれだけか?」
「……本当にそれだけ」
スキュアルドがジリジリとテティカに顔を近づけた。
「お前、目を閉じてるだろ」
「そんなことない」
「今、目前まで来ているが? テティカちゃん、目を開けなさい」
「いや」
「……キスするぞ?」
「キスしてもいいけど、目は開けない」
「何しとるんじゃ、お前たちは」
呆れ果てた親方の声に、二人は弾かれたように赤面した。
「僕もういやだこの城。キス魔だらけで……」
「だらけって誰のことかしら?」
「女王、自分で返事してくれて手間が減りました」
僕が毒づく背後て、城の扉の向こうからはすでに賑やかな喧騒が漏れ聞こえている。
親方がここにいるのは、テティカと共に特製の『山車』を造ったからだ。
「よいか? この『山車』は大きな籠みたいなもんじゃ。内側に人が入って、屋上部分にはリベルとスキュアルドが乗る。海底より少し浮くように調整してある」
「待って。内側って何? 普通、人が引っ張るのって外側じゃないの?」
「知らん。テティカにそう言われた」
僕ととスキュアルドは同時にテティカを睨んだ。すると彼女は、愛用の瓶底ゴーグルのレンズ色をスッと暗くした。え? 二枚の偏光板回した?
「あ、おい! なんだその新機能! 色を濃くして誤魔化すな!」
「それ、できるんなら最初からしようよ」
「二人とも、もうすぐ始まる。上に乗って」
「くっそ! テティカ、あとで覚えてろよ!」
「……いやな予感しかしない」
僕は不信感を抱いたまま『山車』の天辺に乗った。内側には町のみんながスタンバイし、力強く山車を持ち上げている。いや、少し浮くんだった。
出発を前に、メイドさんがルートを最終確認した。
「『山車』が先ほど申し上げたルートをゆっくり往復いたします。折り返し地点を抜けたあと、中央広場で女王から町のみんなに向けてアナウンスがあります。あとは野となれ山となれ」
(海底に野と山、両方あるのか……?)
僕が内心でツッコミを入れた瞬間、城の正門が開放された。
「リベルーー!」
「スキュアルドーー!」
「ありがとうーー!」
「スッきゅんーー!」
「誰だ今スッきゅんって呼んだやつ!!」
沿道を埋め尽くした国民から、割れんばかりの声援が飛ぶ。山車の上でリベルとスキュアルドはぎこちなく手を振った。
「恥ずかしい……」
「奇遇だな。俺もだ」
そのまま三十メートルほど進んだ、その時だった。
ヒュンーー!
「え?」
「おい、今なんか掠ったぞ?」
ヒュンヒュンヒュン!
「ちょ! おい、なんだこれ!」
「何投げられてんの!? ヒトデ!?」
あろうことか、水中(空中?)をヒトデが飛び交っている。水の抵抗で速度こそ遅いが、ヒトデは意外なほどに硬い。赤いもの、青いもの、モジャモジャしたものから、モザイクがかかっているものまで。誰だ検閲したやつ。
「ちくしょう、ナマコを投げられないと思ったら、ヒトデに変わっただけじゃねえか!」
「ヒトデもたまったもんじゃない……」
「誰だホタテ投げたやつ!」
ホタテに関しては目が回るんじゃ……? たくさんあるし。
ふと背後を振り返ると、女王やテティカまでもがヒトデを投擲していた。
「ふざけんな、あいつら!」
「女王やテティカはまだわかるとして、何でマリィやエリィ、メイドさんも!?」
もはやパレードという名のドッジボール大会だ。親方に至っては八本の腕で連射している。レギュレーションの改善を求める。
ただ、みんないい笑顔だ。……とてもひどい。
僕らは依然として猛攻を回避し続けたが、不意に、女王たちの中に一人の女性の姿が見えた。
「誰……?」
僕が呟くと、隣のスキュアルドの動きが止まった。
「ラティナ……?」
ラティナ? って誰だっけ……?
ああ! 第一王女!
ビターン!
名前を呼んだ瞬間、スキュアルドの顔面にヒトデが張り付いた。ペンタゴンと呼ぼう。
「痛てててて……」
棘皮動物は痛いらしい。せめて次回はトマト祭りにしてほしい。あ、海に生えてない。
もし仮に、僕がヒトデで致命傷を負ったら、どんなスキルになるんだ? 「ヘアッ!」って叫びながらヒトデを飛ばすのか? ……考えるのやめた。
散々な洗礼を浴びながら正門を折り返した山車は、ようやく中央広場へと到達した。
ヒトデの雨が止み、イルカの形をした拡声器を持った女王が山車の前で話し始めた。
「皆さん、お集まりいただいて、本当にありがとうございます。楽しんでいただけたでしょうか?」
大歓声が沸き起こる。僕とスキュアルド以外。
「このパレードは、二人の英雄のためのものです。こちらのリベル。そして、スキュアルド。二人に最大の祝福を!」
「リベルーー!」
「スキュアルドーー!」
地響きのような歓声の中、泣いている者も多かった。皆、大切な誰かを失っていたのだ。
「先日、私の夫である国王、そして兵士たち。九十三人という尊い命が奪われました。しかし、彼らの仇を討ってくれたのが、ここにいる二人です。スキュアルドは私の甥であり、叔父夫婦を亡くしてからは息子のように育ててきました。彼が己の使命を果たしたことは、私たちの誇りです」
テティカが両手で顔を覆い、親方がその肩を叩く。
「そしてリベルは、かつて魚人の村を救い、今回はスキュアルドと手を組んであの巨大な蟹を倒してくれました。彼があの悪魔を葬り去った光景を、私たちは決して忘れません。私も含め、どれほど救われたことか――」
女王の声が震え、ついに号泣し始めた。それを見た国民たちも、堪えていた感情が決壊したように泣き出した。
「第一王女のラティナも、第二王女のテティカも、本当につらかったでしょう。国王である前に、一人の父親を失ったのですから。特に、生まれた時から体の弱かったラティナは、誰よりも父親を慕っていました。あまりの悲しみに彼女は塞ぎ込んでしまいましたが、テティカと親方の新兵器、スキュアルドの勇気、そしてリベルの力が、彼女の心を再び動かしてくれました。このパレードに参加することも、さぞかし覚悟がいたことでしょう。母親として、これほど嬉しいことはありません」
嗚咽と歓声が混じり合う。
「最後にもう一度、二人の英雄に祝福あれ!!」
僕とスキュアルドは笑顔で溢れた町中を見渡し、最後に、泣き顔の第一王女に力強く手を振った。




