第一章 第二十三話 〜お付きのメイド長〜
私はこの城のメイド長、マリンヌ。女王のお付きをしている。
女王は今ご懐妊されており、私はその身の回りの世話を担当している。
リベル様がはしゃいでいる。
「本当にこの時計もらっていいの!?」
「もちろん。親方と私から。ちゃんと名前彫っておいたから。正午の校正を忘れないように」
「ありがとう! ……文字読めないけど」
テティカ姫がプレゼントしてくれたらしい。確かに時計は便利ですが、そこまではしゃがれるとは。女王が彼を構いたくなる気持ちも、分からなくもない。
女王のかわいいものが好きという悪癖も、完全にブロックするのではなく、適度に発散させねばならない。さもなくば、海底火山のようにどこかで噴火してしまうからだ。
なのである程度は容認せねばならないのだが、果たしてリベル様のおなかに『ちゅー』する行為は「ある程度」に含まれるのか。
「かわいいものには何してもいいの!」
「女王、クラゲはやめておいた方がいいです。クリオネもやめましょう。刺されます」
毎度のことながら、精神的疲労の色は隠せない。
「そもそも何なんですか? 『かわいいもの』って」
「えっ……? ええと、丸くて、小さくて、やわらかくて、ぎゅーっと抱きしめたくなるもの!」
Q タコは?
A タコさんもいいけど、そこまでじゃないかな?
Q フグは?
A 膨らんでいるといいわねえ。
Q アザラシは?
A 子供の頃なら最高!
Q リベル様は?
A ハァハァ……
ダメだこの人。
給仕をするメイドは他にもいるが、私は女王お付きという立場上、食事の場にはそこまで深くは関わらない。
最近、親方とテティカ姫が『魔術レンジ』というものを開発し、料理に関わるクルー一同が騒然となった。だが、それは想像以上に危険な代物だった。巨大化した上に一度に少ししか調理できず、さらには有毒ガスも発生するとかしないとか。結局、泣く泣くお蔵入りになったらしい。
換水システムを作っておいて良かったという。究極のエゴシステムなどは、あってはならない。
しかし、その危険な装置を前にして、料理クルーたちは何を思っていたかといえば――「その新しい料理で、女王や王女たちを喜ばせたい」という純粋な願いだった。美味しいものは人を幸せにする。
こう見えて、女王と、そして亡くなられた国王への民の信頼は厚い。それは権力などに囚われず、この国を良くしようという気概が、彼らから自然と溢れ出しているからだろう。実に優しい方たちなのだ。行き過ぎた愛玩執着さえなければ。
そういえば、なぜ私をこの役に選んだのだろうか? 以前、国王に訊いたことがある。
「それはね、面接で君が一番、冷静に物事を判断できていたからさ。女王はああ見えてパニックになりやすい。君は淡々と問題点を解決してくれるだろう? 現に今も、他のメイドやクルーたちにも的確に指示を出せているじゃないか」
この国王は、本当に人のことをよく見ている。見ている上で、女王の尾ビレに巻かれているのだ。
「それでいて、君もこの国に対して役に立ちたいという熱い感情を持ち合わせている。だから適任だと思ったのさ」
女王も愛されているが、国王もまた、民から深く愛されていた。
あんな事件になってしまって、女王が一番悲しかったはずだ。お腹のお子様もいて、第一王女は病気もある上に、ショックで塞ぎ込んでしまった。それでも彼女はそれを見せまいと、今日まで気丈に振る舞ってきたのだ。
だが、私は見てしまったことがある。
ある夜、女王の部屋で一人、声を殺して咽び泣く姿を。
それこそが、彼女の真の姿。
私が誇るべき、この国の女王の素顔なのだ。
「どこへ行くのリベルちゃん! あなたのお家はこの城よ!」
「いやだ! 僕はそこら辺の岩の陰でもいいんだだって!」
「ふっふっふ。この時計がどうなってもいいのかしら?」
「うぐう」
「さあ、スリスリナデナデペロペロしましょうねえ……」
メイドとして毅然とした態度は崩さない。
私は今日もまた、女王からリベル様を引っ剥がす。




