ルナティック=リバース 第二十話 〜最後の死闘〜
「スキュアルド! 僕らやったよ!」
「やったぜリベル! 奴を倒したぜ!」
喜び合う二人。無理もない。これだけの犠牲を払い、死線を越えてきたのだから。万感の想いだろう。
「これで叔父貴も浮かばれる……」
「良かったよ。死亡フラグじゃなくて」
「だから死亡フラグってなんだよ……。しかし、見事に壊れたな」
スキュアルドが握る三叉槍の中央の刃は、熱と爆発の代償でボロボロになっていた。
「この槍も本望だろう」
「……ああ。ところでリベル、お前無事なのか!? さっき蟹に食われそうになってただろ」
「というか、胴体も切断されたよ」
「……は?」
「よく生きてた、というより、ほとんど死んでいたと思う。『リカヴァー』が発動して良かったよ」
「お前、本当に人間か?」
「だんだん怪しくなってきたと思う」
「……まあ、人間か人間じゃないかとかいう問題じゃない。お前はリベルだ。それだけは間違いない」
「……それもそっか」
二人は死線をくぐり抜けた安堵から、ふっと談笑する。お互いにプレッシャーは相当なものだったのだ。
ただ、それゆえに蟹の目が動いたことには気づかなかった。一瞬の隙を見逃さず、巨体が爆ぜた。
ボヒュッ!!
突然、水流が入り乱れ、海底の砂が舞い上がる。
「な、なんだ!?」
奴がいない。視線を巡らせれば、遥か遠方へ逃走していた。
「あっちだ! まだ動けるのか!」
僕とスキュアルドは全速力で追いかける。遊泳脚を失ったことで進みは遅いが、それでも凄まじい速さで後ろ向きに進んでいる。なんだ、あの速さは?
「なんでまだあんなに速いんだ?」
「おそらく、エラ付近の漏斗だ。オウムガイやタコと同じジェット噴進。会話の最中に水を溜めて圧縮していたんだ」
「たぶんそれだけじゃねえ。魔術まで使って推進力を上乗せしてやがる。追いつけねえ!」
「奴としても体力も残り少ない。捨て身の一撃だと思う」
「にしてもどこに向かって……! あの野郎、まさか城下町に向かっているのか!?」
「なんだって!?」
一方その頃、城下町では避難が進んでいた。
「要らないものは置いていけ!」
「持ち出せるものは持って行け! ……気持ちは分かるが、その特製の漬け魚タレ壺は置いてってくれ」
マリィとエリィが兵士と共に避難を先導する。
イルカたちもエコーロケーションを活かし、連携して避難する。
(サバはおやつに入りますか?)
(いや、ごちそうではあるが、れっきとした食事だ)
(イカはおやつに入りますか?)
(入る。けど食事でもあるからヨシ!)
因みにイルカの会話は人魚たちにとっては筒抜けである。こいつら緊張感が足りねえな……。
「みんな、ちゃんと避難してね!」
女王やメイドさんたちも他の人たちも全員町を空けていく。亡き国王と仲間たちが命がけで教えてくれたものを決して無駄にはしない。
城壁付近。テティカは拳を握りしめ、大切な人たちの帰還を祈っていた。親方がその肩に手を置く。
「必ず帰ってくる。ただ、避難訓練はどこかで必要になるもんだ。それが今日だっただけだ」
テティカが頷いた瞬間——城壁の兵士が絶望的な声を上げた。
「巨大蟹だ! みんな逃げろ!」
僕とスキュアルドは、城まであと一歩という距離で蟹に迫る。
「往生際が悪すぎるぜ!」
「スキュアルド、推進器のバッテリーは!?」
「出力が落ちている! まだ使えるが、城までの距離には間に合わねえ!」
思考を加速させる。どうすれば奴を止め、かつ城への被害をゼロにできる?
「……スキュアルド、僕をぶん投げろ!」
「何!?」
「君は発射台になるんだ。そして、君の槍を貸してくれ」
「……分かった!」
スキュアルドがリベルの腕を掴む。二人分の推進器がオーバーヒート寸前まで唸りを上げる。
「うおおおお! リベル、行けえ!!」
スキュアルドの手から射出された僕は、直列の二人分の加速を得て弾丸と化した。蟹が放つイモガイガトリング砲の連射すら、今の僕には掠りもしない。
「あああああ! 喰らえ!!」
ズドン!!
ガラ空きの腹部へ、二叉槍と化した刃を突き刺す。だが、慣性で城下町に突っ込む未来は見えていた。
「ならば、これで捻じ曲げる!」
「パラライズ——アローッ!!」
ドドドドドーー!!
国王の形見の槍を突き刺したまま、ありったけの矢を撃ち込む。しかも麻痺の追加効果付きだ。下から上にかけてとにかく連射する。その凄まじい連射の反動が、城へと向かう巨体の進行ベクトルを強引に持ち上げた。
「うおおおお!」
僕はさらに『スティング』『テア』『バイト』『シザー』を限界出力で叩き込む。人魚の国のみんなの仇を、完膚なきまで粉砕するために。
やがて、バラバラになった甲殻と肉片が、雨のように城下町に振り注いだ。それらは海底に着く前に、黒いもやとなって消えていった。
「今度こそ……やった……」
意識の糸が切れて、重力と浮力に身を委ねる。
スキュアルドは僕の体に追いつき、両腕でしっかりと抱きとめた。




