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ルナティック=リバース 第十七話 〜決戦前夜〜

 女王の部屋の前に着いた。メイドさんが呼び銅鑼を小さく鳴らすと、廊下低い音が響いた。

「リベル様をお連れしました」

「入ってちょうだい」

 大きな扉が開くと、そこにはクッションソファに腰掛けた女王がいた。城内の無機質な床や壁とは違い、光るサンゴや宝石が散りばめられた装飾が目を引く。

 メイドが一礼し、扉が閉まる。

「リベル、よく来てくれましたね」

 僕はその場で固まっていた。脳裏に、海底にはいないはずの『虎』と『馬』の記憶がよぎる。

「ああ、この前は怖がらせてしまってごめんなさいね。悪気はないの」

 悪気のない善意が身を滅ぼすこともあると、どこかで聞いたような聞いてないような。

「もともと小さくてかわいいものが好きで、まして幼い頃のスキュアルドを思い出してしまって」

「そうなんですか?」

「ええ。だから安心してこっちに来て。私の上に乗ってちょうだい」

 僕は視界の両端を警戒する。レバーやボタンを操作するキーディスの気配はない。99Nと書かれているだけだ。恐る恐る歩み寄り、女王の膝にあたる部分に腰を下ろした。

 女王は大きな両手で僕の体を包み込んだあと、ゆっくりと頭をなで始めた。

「スキュアルドもラティナもテティカも、みんなこうしたわ。今はこの子が産まれてくるのが楽しみなの」

 その温もりに、抑えていた感情が溢れ出した。普段は思い出さないようにしているお母さんの記憶。失敗した、歯止めが利かない。

「うわあああ……!!」

「あらあら、どうしたの?」

 ダメだ、涙が止まらない。泣くのを止めようとするたびに余計に泣いてしまう。

 すると女王は僕の体をクルッと反転させて、包み込んで抱き寄せてくれた。ぽんぽん、と優しく背中を叩く

 。

 泣くのが落ち着いた僕は、ぽつりぽつりと話し始めた。お母さんのこと、白髭のこと、川に流され、サメに食われ、ブレブと出会い、そしてこの国でみんなと出会ったこと。

「それは本当に大変だったわね」

 前世の話は伏せた。語り出せばキリがないから。

 僕は泣く気なんてなかった。でも、泣いてしまった。いや、違う。泣きたかったんだ。

「お母さんに、会いたい」

 子供じみた言葉を口に出してしまった。だけどそれも違う。僕はまだ子供なんだ。

「よしよし」

 女王のお腹が小さく動く。そうだ、赤ちゃんがいるんだ。

「ごめんなさい、赤ちゃんに変な話をしてしまって」

「いいのよ。この子も、小さき勇者さんの話を聴いて喜んでいるわ」

 また、お腹が動いた。僕と女王は、自然と笑い合った。

「ごめんなさいね。本来は私が戦うべきなのに、あなたに押しつけてしまった」

「いえ、今回の敵は、相手が悪すぎます。仕方ないです」

「本当に、ごめんなさいね……」

 女王の悲痛な声に、また胸が締め付けられる。あんな思いはしたくない。させたくない。

 僕は女王とぎゅっと抱きしめ合った。女王も、この子も、スキュアルドもテティカも、みんな……もう、これ以上死なせはしない……!

 

 翌朝、目を覚ますと自分の部屋だった。気づかぬうちに眠ってしまったらしい。呼び銅鑼で起こされ、城の扉前へ向かうと、そこには国中の皆が集まっていた。

 テティカはスキュアルドの装備を何度もチェックし、親方もそれを鋭い目で見守っている。通信使のイルカ、掃除係のタコやベラもいる。タコはどこから調達したのか、小さな旗を懸命に振っていた。

 女王は僕とスキュアルドの肩を抱いた。

「よろしくお願いします。無理は承知ですが、危なくなったら必ず帰って来るように」

「分かりました。行ってきます」

「じゃあちょっくら行ってくるぜ」

 スキュアルドはテティカと抱き合い、最後に静かにキスをした。僕も将来、そういうことをやる日が来るんだろうか。

 

 二人の英雄の背中を、誰もが見送った。

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