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ルナティック=リバース 第十六話 〜晩餐会〜

 城の二階、右手の突き当たりにある扉が、今夜の食事用の広間だった。

 中に入ると、女王を囲むようにしてマリィとエリィが控えている。フリフリの長めのエプロンを着た女性の人魚たちに促され、僕は席に着いた。あの衣装は間違いなく女王の趣味だろう。

「皆さん、今日はシェフたちが腕によりをかけて作った料理を用意しました。ささやかながらお楽しみください」

 色とりどりの料理が並ぶ。魚、イセエビ、貝類、海藻類、ウニ……。タコの刺身まである。思わず親方と目が合い、僕はすぐに視線を逸らした。

「大丈夫じゃ。儂だってタコは食べる」

 ……杞憂だった。恥ずかしい。

「これは私が作った」

 テティカが誇らしげに指し示したのは、把手のついた透明で丸い蓋だった。クローシュというやつだ。開けると、エビの料理が現れる。赤い身は熱が通っている証拠だ。湯気こそないが、屈折率の違いで陽炎のように何かが立ち昇っている。

「軽い上に断熱性が高い蓋。水中だとすぐ冷めるけど、無いよりずっといい」

 そう言いながら、彼女が掛けている丸ゴーグルの両枠の弧がウィーンと動く。え、ワイパー付いてるのそれ?

「冷めた料理も、これで温め直せますから」

 メイドさんがワゴンを指し示した。何やら見覚えのありそうな大きめの箱が鎮座している。

「簡単に言うと、魔術で細かい振動を起こして温める箱じゃ。儂が作った。まあ料理だけじゃなく、箱の中の水も温めてしまうのが難点じゃが」

 電子レンジだ、これ。そして次に、思わず口に出してしまった。

「手間とコストはかかるかもしれないけど、水じゃなくて空気で満たせばいいんじゃない? イルカの空気ステーションみたいに」

 

ピタッ。

 

 二人の手が止まった。……あ、絶対余計なことを言った。

「なるほど! その手があったか!」

「石板でプレスとかしなくてもいけるかもしれない」

 ああ、料理は美味しいはずなのに、なぜだろう、不味く感じる。隣のスキュアルドは黙々と料理を食べている。眉間にシワを寄せながら。

 女王はみんなを見ながらニコニコしている。エリマリは呆れている。

 しかし、調理器具の進化は革命だ。地上であれば最大の技術革新は『火』だが、それは酸素があってのこと。水中での調理器具開発は、この世界における最も高度な文明の証明かもしれない。親方とテティカ、この二人を失ってはならない。血の継承も大切だが、技術の継承はそれ以上に重要だ。僕は心からそう思った。

 

 ふと、疑問が浮かんだ。

「そう言えばテティカは第二王女なんですね。第一王女の方は?」

「いるわよーー。ただもともと病弱だったところに、今回のことがあってショックを受けて寝込んでいるの」

 女王は笑顔で答えた。その笑顔の奥にどれほどの感情が渦巻いているのか、僕には測り知れない。

 そして、誰ひとりとしてこの会を『最後の晩餐』とは口にしなかった。みんな分かっているはずだ。それでも口に出さないのは、優しさという名の防衛線なのかもしれない。人が、憂いている。

 

 食事を終え、城で用意された部屋へ通された。大きなクッションソファはフカフカプヨプヨで気持ちがいい。僕は明日の決戦に向け、情報の整理を始めた。

 巨大蟹。姿を捉えられないほどの『俊敏性』。九十三人もの犠牲を出しながら情報は乏しい。慎重な行動パターンと、知能の高さがうかがえる。

 槍を通さない『装甲』。スキュアルドやマリィ、エリィを見ていて思ったが、人魚の兵士たちは弱くはない。高速泳法による突撃はカジキのパワーアップ版だ。普通の生物であればバラバラになってもおかしくない。それを弾くとは、ただ硬いだけではないはず。

 そして『麻痺』。これが一番分からない。脚やハサミに触れて麻痺するならわかる。ただ、それならばせめて「脚やハサミに気をつけろ! 体が動かなくなるぞ!」と誰かが言うはず。しかし、誰も言ってない。一瞬で原因不明の何かを仕掛けられているのか。

 ……分からないことだらけだ。しかし、討伐隊が命がけで持ち帰ってくれた情報だ。それすらなかったら、僕は現状を理解できぬまま両断されていただろう。

 

ゴンゴン。

 

 小さく呼び銅鑼が鳴った。ドアを開けると、メイドさんが立っていた。

「女王がお呼びです。お越しいただけないでしょうか?」

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