ルナティック=リバース 第十二話 〜深海の模擬戦〜
模造槍を構えた二人の女性兵士が、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
僕は床からわずかに浮いたまま、直立不動で漂っていた。
向かって左と右の人魚が、それぞれ鋭い視線と共に名乗った。
「マリィだ」
「エリィだ」
ブバッ……!
思いの外可愛らしい名前に、不覚にも吹き出してしまった。ごめんなさい。
マリィが、赤面した(ように見える)顔で槍を繰り出した。僕は垂直に天井へ跳んで宙返りし、その一撃をかわす。
すると即座にエリィがマリィの背後から回り込んで僕の胴体を狙う。
僕はその槍の刃先を左手でつまみ、力任せに手前へ引いた。不意を突かれたエリィの巨体が、僕の方へ引き寄せられる。
ピタッ!!
僕の右拳が彼女の顔面に届く直前で、エリィの左腕がそれをガード。同時に、彼女の尾鰭の払いを僕の左腕でブロックした。
至近距離で視線が絡む。二人とも「やるな」と言わんばかりに、寸止めで思わず微笑み合う。
その直後、僕は刃を離して右へ素早く平行移動した。背後からマリィが槍を突き出していたからだ。マリィは槍の勢いを殺さず、上半身を反転させて左肘で僕の後頭部を狙ってくる。
僕は頭を深く沈めて回避し、その反動で彼女の左脇腹へバックキックを放つ。だが、それもマリィの強靭な尾に阻まれた。
また、二人が微笑む。
僕らは一度距離を取った。三人とも笑っている。
その様子を女王ベラルーナと、スキュアルドを含む取り巻きたちが固唾を呑んで見守っていた。
マリィが槍を左手に持ち替えた。ウォーミングアップは終了、ここからが本気らしい。
その瞬間、ゴオッ! と水が唸った。
二人が槍を二本並べ、弾丸のような速さで突進してくる。僕は迎撃するために叫んだ。
「バイト!」
僕の口の前に光の顎が出現し、二人の槍を噛み砕こうと迫る。二人は咄嗟に、互いの槍の柄を背中で突き合わせるようにして離れ、顎を躱した。
体勢を立て直そうとするエリィへ、僕は『スウィム』で一気に加速し肉薄する。
「スティング!」
また顎が来る、と身構えたエリィは横へ逃げ、突き出された僕の手を槍の刃で受け流そうとした。その刹那、
「テア!」
ガァン!
エリィの槍が弾き飛ばされた。
息つく暇もなく、僕は残ったマリィの方へ高速で迫る。彼女は守備を固めた。
「スティング!」
僕の打ち下ろし気味に放たれた貫手が、マリィのガードした槍を強引に左手下方向へと持っていった。慣性を殺さず、僕は斜めに背中から右脚を振り下ろす。踵落としと共に叫んだ。
「テア!」
右踵から放たれた光の爪が、マリィの槍を無残に弾き飛ばした。
「……こんな感じです」
その場にいた全員が唖然とし、静まり返った。
ある程度僕の動きを知っていたはずのスキュアルドですら、口を開けて固まっている。
マリィとエリィは模造槍を拾い上げ、女王の隣の定位置に控えた。
「完敗です」
二人は同時に女王へ告げた。
「さすがに、ここまですごいとは思っていなかったわ」
女王が笑顔で話し始めた。
「本当は、リベルちゃんをどう作戦に組み込んでいくかを見極めるための模擬戦だったのだけれど……これは『村一番』どころか、この人魚の国でも最強ね」
「すごいぞ! あの女王よりも強いんだからーー」
叫んだスキュアルドが、次の瞬間には城の壁まで飛んでいた。不覚にも、僕の目ですら女王の動きが見えなかった。
……やっぱり、彼女こそが最強なんじゃないか?
側近の二人は、いつの間にか模造槍を本物の三叉槍に戻していた。
「……スキュアルドから聞いているかもしれませんが、この国では代々、女王が最も戦闘力に優れ、国王がそれを補佐してきました。しかし先日、この国の近くに巨大な蟹の化物が現れ、私の夫である国王を含む多くの戦士が犠牲となりました。私も戦いに行きたいのですが、現在子供を身籠っているので、戦闘はできないのです」
スキュアルドが飛んでいった行為は戦闘ですらないらしい。
「巨大蟹の背丈は私の全長を超え、横幅はそれ以上。それでいて、とてつもなく素早いのです。魔術で強化した槍ですら、その甲羅には傷一つ付きません。何より最悪なのは、兵士たちが皆、戦いの最中に突然麻痺して動けなくなってしまうことなのです」
「!? 強すぎない?」
「そうです。九十三人もの兵士が命を奪われました。このままではこの国も、魚人の村も危ないでしょう。いつ襲われるか分かりません。リベル、どうか、その力を貸していただけないでしょうか?」
海中だから、涙が流れる様子は見えない。けれど、僕にはわかる。そこにいる全員が泣いていることが。
「やります。任せてください」
僕は両拳を強く握りしめた。




