第三章 第百十四話 〜初めての酒場の喧嘩〜
「あら! 可愛い子ね!」
「ボク、こんなところでどうしたの?」
大きく胸の開いた服を着た、綺麗な顔の女性店員のお姉さんが二人、顔を近づけてきた。
僕がシャワーを浴びて階段を降り、メイドさんにテーブルへと案内された矢先だった。
するとおばちゃんがカウンターから大声でこちらに向かって叫んだ。
「お前たち、タイのお頭を厨房に持って行きな!」
その声を受けて二人は「ごゆっくりどうぞ」と笑顔で厨房へと消えていった。
そしてしばらくするとお皿に載った食事が運ばれてきた。
「どうぞ。牛ステーキとサラダ、スープとパンです。ブドウジュースもおかわり自由ですので」
「あ、あれ? タイのお頭って言ってなかった?」
するとお姉さんが僕に顔を近づけてきてこう言った。
「あれは『サイン』です。この店にはタイは置いてありません。『特別なお客様のお食事をテーブルまで運んでくれ』という意味です」
「……え!? 最初の『可愛い子』とか『ボク』とか言っていたのは……」
「からかっただけです。実際に嘘は言っていませんし。だいいち、女将やメイドのやり取りも、私たちは耳をそばだてて聴いていましたから。ある程度食べ終わりましたらデザートもお持ちいたしますね」
彼女は僕にウインクを投げて踵を返した。
(確かに体を洗う前にメイドさんに食事の好き嫌いも細かく質問されていたんだった)
しかし食えない、ここの店員は全員食えない――
「とりあえず、ご飯はとても美味しかった……」
若干小骨が引っかかっているようにモヤモヤと感じるものの、それはさておきミディアムレアのステーキは柔らかくて肉汁がジュワーって出てきて最高だった。教会では魚中心だったからステーキを食べたことはないし、深海ではそんなものがあるわけがない。
これからも少しずつ色んなものが食べられるといいな。料理を作る際の勉強にもなる――なんて思っていた時だった。
「お前が先にちょっかいかけて来たんだろ?」
「テメエの方が先だろうが!」
「やんのか! コラ!」
「テメエこそやんのか!」
おお、テンプレートのような酔っ払いどうしの喧嘩のショーが始まった。今回はトカゲの獣人とハイエナの獣人だ。共に体格がガッチリしている。
素晴らしい、なかなかこんなことはない。
それを肴にしながらデザートのアイスを頬張る。うん、甘すぎなくて冷たくてとても美味しい。
「あの……リベル様、止めないんですか……?」
いつの間にか気配を殺してきた店員のお姉さんがこっそりと耳打ちしてきた。
――まあここで一番の問題なのは、いつの間にか僕の名前も店内で共有されてしまっているということだが――
「なんで僕が止めなきゃなんないんですか。しかも別に止めなくてもいいかなとも思います。だいいち、おばちゃんもメイドさんも他の店員さんも、どうせ冒険者並みに強いんでしょ……?」
僕は気づいていた。店員さんたちは一見クネクネしているように見えるが、どんな姿勢でもブレることなく、さりげなく復帰するのが上手いのだ――ピンヒールなのに。
「だって、女将がリベル様ならこの騒動を円満に止められるはず、って言ってました」
僕はすかさずカウンターのおばちゃんを薄目で睨む。すると視線を逸らし、そそくさと向こうを向いた。
なんなら下手くそな口笛まで吹き始めやがった、あんのババア。
「――はあ。あとで追加のデザート、サービスしてくださいね」
「かしこまりました――あ、リベル様、因みに今作っている最中とのことでした」
「……」
食えない、ここの店員は本当に食えない――
ボコッ――ドカッ――!
バカッ――ゴツン――!
二人の獣人は殴り合いを始めてしまった。他のお客さんも迷惑そうに離れている。
ただ、よくよく見ると、その中の一部の連中が賭け事を始めた。さらにそれに乗る奴も出てきた。楽しそうだなお前ら。僕も混ぜろ。
「しょうがない。このあとに続けて出てくるデザートに期待するか……『グラスプ』!」
僕の両手から光る縄が放たれる。その瞬間に小刻みに動かすことで『波』を作り、新体操のリボンの要領で二人の胴体を同時に縛り上げた。
「なっ……!?」
「おい……!?」
そしてそれを確認すると、僕は縄を引っ張りながら、背負投の要領で『二本釣り』した。
酒場の宙を舞う二体の巨漢。
「「うわあああ!?」」
トカゲ人とハイエナ人はそれぞれ衝撃に耐えるために目を強く瞑った――
ドシン!
尻もちをついた彼らがゆっくり目を開けると、そこには光る巨大な六本の『テアブレード』の爪が各々の鼻先までそびえていた。
「頭、冷えた?」
僕が二人に向かって微笑むと、
「「ひっひいいい……!!」」
彼らは白目を剥きながら泡を吹いて倒れてしまった。
場が静まり返る。
「い、いや、あの、やりすぎちゃったかな……?」
僕がゆっくり従業員たちの方を向くと、客も含めて全員同時に「コクン」と頷いた。




