第二章 第百九話 〜港町の始まりの場所〜
「ただいま!」
「あ、リベル! 神父様たちとどうだった?」
「たぶん大丈夫――あ、二階に行く前に食糧庫と冷蔵庫を見てからにしよう……」
「え!? リベル!?」
ダダダダ――
ポカンとする三人をよそに僕は一階で目まぐるしく移動を繰り返し、右手で荷物を持つと二階の階段へと駆け上がった。左の奥には盛り上がった布団と枕元に畳んだ三角巾がある。
「セイクル、ちょっといい?」
グイッ――
「え……ちょ、ちょっと!? リベル!?」
僕は彼女の手を取り布団から引っ張り出して、そのまま階段へと連れ出した。左手には三角巾が握りしめられている。
「みんな、セイクル借りるよ――」
「え、ええ!? い、行ってきます――」
バタン。
後ろで教会の扉が閉まる音がした。構わず彼女を連れて行こうとすると――
「リ、リベル! ちょっと待って! 三角巾結ばさせて!」
思わず立ち止まって振り返ると、そこにはボサボサになった頭と、赤くなった顔が見えた。
「ゴ、ゴメン……」
僕は自分の左手を離した。すると彼女は両手の甲で涙の跡を拭い、手ぐしで髪を梳いて、三角巾を頭にかぶるといつも見るセイクルの姿に戻った。
「へ、変じゃない?」
「いや、帰ってきてすぐのセイクルは確かに変だったけど、今は全然」
「そ、そう」
「じゃあ行こうか」
「へ?」
僕はさっきと同じように左手で彼女の右手を握って歩き出した。
「どこ行くの?」
「海」
「……!? 私、そんなに泳げないよ!?」
「いや、海中じゃなくて――あそこ」
「あそこ……?」
僕は二人が初めて出会った桟橋の先へと歩いた。
「今日も天気がいいね」
僕とセイクルは桟橋の端に腰掛けた。
「そうだね……」
彼女の顔を覗き込むと、浮かない顔をしていた。さっきは百面相をしていたのにもう沈んでいるところを見ると、やはりショックは大きかったようだ。
僕はカバンから水筒を取り出すとコップに入れて彼女に差し出した。
「冷たいハーブティーだよ。どうぞ」
「ありがとう……」
コクッコクッ――
半分まで注いだ小さなコップを彼女は一気に飲み干した。たぶん泣いてご飯も食べてないから喉も渇いていたんだと思う。
それを見届けると僕はカバンから手のひらサイズの包み紙を開いて彼女に渡した。
「はい。サンドウィッチ。お腹すいたでしょ?」
「え……いや……私はいらない――」
クゥゥゥゥ――
しまったという顔をしながら両手はお腹を押さえている。
「ほら、お腹は正直だよ? それに、僕が作った料理を食べないの?」
ガシッ!
セイクルは手も真っ赤にしながらサンドウィッチを奪い取ると、ムシャムシャ食べだした。
僕もその光景を確認してから、コップにハーブティーを注ぐ。そしてまるで独り言を言うように話し始めた。
「神父様たちに聞いたよ。神聖皇国に行かないかって、お声がかかってるんだって?」
ムグッ――
彼女は喉詰まりを起こした。すかさずコップを手渡すと、またも一気に飲み干した。
ケホッケホッ――
空になったら足すだけ――僕はまたハーブティーを注ぎだす。
「実は言ってなかったけど、僕もこの町を出るんだ――」
「ええええええ!? なんでなんでなんで!?」
食い気味にセイクルがめちゃくちゃな勢いで迫ってきた。危うく水筒も何もかも落としそうになった。
「――神父様とギルド長にも言ったんだけど、二つの理由があってね。まずひとつめなんだけど、僕はお母さんを探しているんだ」
「あ……リベルが悪いやつらに攫われた、っていうのと関係してる――?」
「そう。その時、お母さんは手厚くもてなされたんだけど、僕は一方的に敵視されて、川から海へと捨てられたんだ。だから、お母さんはどこかで無事でいる可能性が高い、そう思っているんだ」
「そうだったんだ……ふたつめは?」
「――ええとまず、僕はこの世界の人間じゃなくて、全く違う星に生まれたんだ」
「……え!?」
「前世の僕は体が弱くて、一切家から出られないまま生涯を終えたんだ。世界中の情報は頭に入ってきたけど、実体験は全くできることなく死んでしまったんだ。
だからその間際に、『今度こそ生きることを思い切り実感できるといいな』って思いながら目を閉じたんだ。もっと世界中を飛び回りたい。行ったことのない場所に行きたい。色んな冒険もしてみたい、ってね。それがふたつめの理由かな――」
ギュッ――
僕が苦笑いしながら二つの理由を説明すると、彼女は顔を伏したまま何も言わずに抱きついてきた。




