第二章 第百五話 〜前へ進むトンネル〜
「前領主の……お父様……?」
「はい、そうです。バルタザールは私の父です」
やや小柄だががっちりした体格の、眼鏡をかけた髭を生やした男性がこちらに歩いてきた。そしてヘルメットを脱いで左脇に抱えると、右手を差し出してきた。
「はじめまして。よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いいたします……」
自分も右手を差し出して握手をした。
しかしその瞬間、僕の脳裏にひしゃげたモノクルが過ぎった。
「あ、ああ……領主様……前領主様……すみません……僕が……僕が間に合わなかったばかりに……ごめんなさい……!」
視界が涙で歪んだ。すると現領主様が片ひざをついて今度は逆さまのヘルメットを地面に置いて、両手でしっかりと僕の右手を掴んで語りだした。
「何を言ってるんです。君は英雄と言われるだけのことをいくつもしてくれたじゃないですか。鉱山もそう、スタンピードもそう、巨大な『蟲』も、元凶のカラスマスクも退治してくれた。一番何もできなかったのは私です。
私が父に言われるがままに家族と一番安全な場所に避難していたから悪かった。最も有能で人望も厚かった父を、失ってしまったことがどれほど悔やまれるか――言い出したらキリがないです。避難民の方々も大勢亡くなられてしまった――でもやはり、前に進むしかない。
リベル君は最大限戦ってくれました。本当に……本当に……」
二人で泣きじゃくり、キャサリンたちが肩を叩く。こういうのもなんだけど、みんな被害者なんだな……
ギイッ――
「さあ、入って。城の内部は今こんな感じだよ」
新領主様に案内されて、僕は扉をくぐった。キャサリンたちは手を振りながら、持ち場に戻った。
「うわあ……」
前までは二階から降りたところに踊り場があって、それを左右伸ばして正面に向けたような階段だった。でも今回は二階部分に踊り場があって、それの両サイドから真ん中に向かって階段があり、さらに中央正面に向かって階段が続いている。そして一階の床に近づくにつれて、大きく広がるような形だ。
「前の形も正直好きだった。けれど、ここで起きた惨劇を呼び起こすのもどうかと思ってね。だから色々とデザインも変えたんだ」
確かに、よく見ると前までは大理石だったが、より一層キラキラした素材が埋め込まれている。若干紫色を帯びている気がする。でも、どこかで見たような――
「この散りばめられている宝石のような素材はなんですか?」
「これは細かくした魔法鉱石だよ」
「え!? これ魔法鉱石なんですか!?」
「そうだよ。これで強度や防御力、そしていざという時の外敵への攻撃力を高めているんだ。前の坑夫たちは亡くなってしまったけど、彼らの想いも無駄にはしたくなくてね。領主城や鉱山設備、ベルグハーフェンスタンピード公園などにも応用している。まあ、使っちゃったから在庫はスッカラカンだけど、背に腹は代えられない。幸いまだ掘ったら出てくるからね――そしてリベル君、こちらに来てください」
ギイッ――
彼にまた案内されて、扉をくぐった。ここは新しくできた階段の下――の階段だ。
「ここは……僕が……」
「そうです。怪物が作ったトンネルの跡です。それを今強固なものにしています」
階段を下へ下へと降りていき、また扉をくぐった。するとそこはまだ工事中でたくさんの人がいた。
「そこ、気をつけろ」
「その資材はこっちに置いてくれ」
「そこは慎重にな」
ヘルメットをかぶった兵士や冒険者が互いに作業を続けていた。
「そういえば、僕もヘルメットをかぶった方がいいですか?」
「え? ああ、まあ通常はそうでしょうけど、リベル君は別にいらないのでは……」
確かに、この前の時の方がよっぽど危険だった気がする……『バスター』で駆け抜けたからそんなこと気にもしていなかったけど。
「……ん? おお! リベル! ここに来たのか?」
「リベル! なんだか久しぶりだね!」
「もう体調は回復したのか?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「アルト! エルマ! モカ! 三人も工事を手伝ってたんだ!」
「そうだぜ。俺らも町のために働きたいからな」
「スタンピードで敵は斃したけど、たくさんの犠牲者が出ちゃったしね……」
「リベルがいなかったらもっととんでもない被害になっていたと思うとゾッとするぜ……」
やはり三人もしんみりしてしまう。しかたないことだろう――
「……そう言えば、俺ら、ランクアップしたぜ!」
「え……ええ! そうなの!?」
「三人ともDランクだ。正直、まだ実力は足りないが、今回のスタンピードの活躍と、将来性を見越して、ということだな。みんなで前を向くために力を貸してほしい、ってギルド長が言ってくれてな」
「嬉しいけど、緊張もするよね」
「俺はより一層精進するだけだ。こいつらと一緒にな」
……すごい。みんな成長している。そして、乗り越えようとしている。それを感じて、僕も力が湧いてきた。
「皆さん、ちょっといいですか!」
すると新領主様がみんなに向かって大声を出した。声の主に一斉に注目が集まった。
「この方がリベル君です! ご存じの方も多いと思います。この町の唯一無二の英雄です! 皆さん、拍手ー!!」
ワッ――パチパチパチ――!!
突然歓声と拍手が巻き起こる。
「リベルー!!」
「リベル様ー!!」
「英雄様ー!!」
トンネル内は羞恥のエコーが鳴り響いていた。




