第二章 第百話 〜港町の決着〜
「ぐあああ……!」
消化管の中にも無数に棘のような突起があり、それにより僕の体は傷つけられた。鋭利ではあるが、刃物ほどではないため、より一層激痛が走る。卵を丸呑みしても平気な、タマゴヘビの構造のように。すかざす『リカヴァー』で治療する……
「って、うわあああ!」
筒の傾斜の角度が徐々に変化して――
ドスン!
『蟲』の腹の中へと垂直に落ちた。まだ消化液はないが、遺跡アンコウの時のように、いつ分泌されるとも限らない。僕はどの方向から攻撃すればいいのかと思案を巡らせた。
ふと、消化管の奥が目に入る。
ただ、漆黒ですら見渡せることに気づきたくはなかった――
犇めく雑多な肉塊たち。
ひしゃげたモノクルをそこに添えて。
「うぷっ……」
びしゃびしゃびしゃ――
感情に耐えきれず吐きちぎる自分の体。
烈火と燃える心にどうにか一枚の冷静さを留めつつ、拳を握りしめながら独り言ちた。
「『蟲』の口に向かって突っ込んだ方向、起き上がるまでの傾斜、最後に声のした角度の記憶……おおよそ、こっちだろうか――?」
僕は一か八か、その場所に当たりを付ける。
「ええい、ままよ! 『バイト』! 『テアブレード』!!」
バグン! ズダズダズダッ!
『蟲』の内部の肉は装甲だけ残して削り取られた。スイカやメロンの『皮』のように。
「思った通り、内側からなら弱いな。これなら……!?」
すると、その『皮』の向こうから声が漏れてきた――
(なぜ奴は喰われたんだ!?)
割れたゴーグル越しに巨塔を睨みつつ呟いた。
「俺ちゃんは迷わず奴のトドメを刺すために『グレイヴディガー』を直立させた。そうでないと体内の棘で切り刻むことも、消化液で溶かすこともできないからだ。
だが、何だ? この胸のざわつきは? 奴はバカでクズだが、頭は非常に切れる。そういえばなぜ、『ダブルスパイダー』に引き裂かれてもなお、ピンピンしているんだ……まさか!?」
ゴアアアオオオ!?
ビクッ――!!
(しまった――一瞬、気を取られた――)
バゴン!!
突然、『グレイヴディガー』の装甲の一部が爆ぜるようにこちらに飛び出してきた――
(モンスターの群れと戦った時、『バスター』と一緒に『ヒア』を取得していて助かった。奴の『ぼやき』のおかげで、どこの位置にいるのかが明確に浮かび上がった……)
僕は目標の壁から距離を取ると、左肩を前にして叫んだ。
「『バスター』!」
ドドドドド……
急加速して、声のした方へ体当たりしつつ跳躍すると――
バゴン!!
あれだけ手こずった装甲はいとも簡単に飛んでいった。空中でそれを左手で横へ避けると、憎き元凶の顔が近くに現れた。
「町のみんなの仇! 思い知れ! 『アロー』!」
ドドドドド!
中距離で光の矢を両手から放つ。これが最後の攻防だ。
「ちいっ! 『転移』が間に合わん! クソがああ!」
スッスッ――!
器用にもあれだけの密度を躱していくカラスマスク。もはや意地と意地のぶつかり合いだ――
「へっ……それで終わりか……? じゃあな、楽しかったぜ、『転移』――」
『アロー』を躱されて、奴が『転移』しようとした瞬間――を僕は狙っていた……!!
「『トゥアロー』!」
ドスドスドスドスドス――!
「……カハッ……!?」
無数の光の矢から、矢が射出され、軌道が変化した。ハリネズミのように横からも背後からも串刺しになり、仇敵は地面に落ちた。そして間もなく――
ズズン……
『蟲』もその巨体を横たえた。
「な……なぜ……」
片目のゴーグルに矢が突き刺さったまま、カラスマスクが宣う。
「僕の一番の武器は『想像力』だ。前に『巨大蜘蛛』の時に『アロー』を見て油断したんだろ? 僕は矢から矢を出せるんだ。安直な名前だが、『アロートゥアロー』という。威力は落ちるが、奇襲にはもってこいさ」
「く……くそ……が……レヴ様……お許しください……」
バタッ……
遂に敵が斃れた。すると体全体から黒いもやが出てきて、徐々に空へと消えていく。
そして巨大な『蟲』も同じように、体全体をもやに変え、雲のように少しずつ消えていく。
「終わった……のか……?」
戦闘が終息したと見做した僕は、みんなのところへ戻ろうとする。
「あ、危なかった……ぶっつけ本番だったけど『アロートゥアロー』、上手くいった……」
しかし、いくらなんでも疲れ果ててしまったのか、体が急激に重くなった。
よくよく考えたら、昨日の夕方から朝まで、ずっと戦っていた……
頭も回らない……でも、みんなのところへ行かなきゃ……
「……リベル……!」
あれ? セイクルの声が聞こえた気がした……
オレンジのシルエットが見えた気もする……
安心して気が抜けたのか、僕はそのまま倒れた――
(! 今、大きな音がした!)
「私、リベルのところへ行ってくる! みんなはここにいて!」
「セイクル! 何言ってるの! リベルは避難しろって言ってたんじゃない!」
「今行かないとダメな気がするの! だから待ってて!」
「あ! セイクル――」
私は領主城の庭を飛び出して緩やかなカーブの坂を下っていく。ひまわりのブレスレットをプレゼントされた店を通り抜けて。あまりのスピードで転びそうになりながら、グッと堪えて駆け抜ける。
すると、教会の近くに彼を見つけた。
「リベル!」
傷だらけの顔をこちらに向けて、少し笑いかけたように見えた。だけど次の瞬間、体ごと崩れ落ちる――
「リベル!?」
私は彼の体をしっかりと抱きとめた。
「大丈夫!? 怪我してない!?」
何も言わない彼に私は心配になる。だけど聞こえてきたのは――
「スースー――」
リベルのいつもの寝息だった。
「お疲れ様――リベル――ってわあ!」
ドシン――
リベルの体が崩れて、その上に私は覆いかぶさってしまった。
「だ、大丈夫!? リベル!?」
しかし聞こえてきたのは――
「スースー」
やはり、彼の寝息だけだった。
ふと海の方へ目をやると、黒いもやが朝の空へ消えて行くのが見えた。おそらく町の仇を討ってくれた証なのだろう。私は思わず右手を彼の頬に手を伸ばした。
「たくさん頑張ったもんね――リベル――」
私は彼の寝顔にキスをした。




