第一章 第九話 〜流体制御の高速機動〜
スキュアルドはずっと一点を見つめたまま、下半身の尾びれだけを動かしている。上半身は武器をしっかり握ったまま、目的地に向かって無意識に方向転換を繰り返していた。とても器用だ。自動運転の船や飛行機、あるいは車はこんな感覚なのだろうか。ぜひ一度乗ってみたい。
ただ、このままだと場が一切持たない。水中なので呼吸はできているはずなのに、沈黙のせいで息苦しくなってきた。僕は少しずつ、いろいろ訊いてみることにした。
「そ、そういえば。スキュアルドはブレブのことを『旦那』って呼ぶけど、彼より若いの?」
ふと我に返ったのか、スキュアルドの上半身が動いた。
「あ、ああ。少なくとも旦那よりは若いな。だがそんなに離れていないとも思うぞ。俺が新人の頃、旦那は村長の補佐としてすでに頼られていたからな」
ようやくカーナビが喋った。どうやら今まではミュートになっていたらしい。
「なるほど。気になったんだけど、スキュアルドはブレブと違って鎧をつけているんだね」
「ああ、俺たち人魚は素早い。中でも俺は特に泳ぎが速い。だがその分、地力じゃ旦那の方が圧倒的に強いんだ。だから防御力が必要になる。
それにさっきも言ったが、俺の三叉槍は剣としても使う。しかも部分的とはいえ両刃だ。鍔迫り合いの最中に、勢い余って自分を切ってもしょうがないだろ? だから胸当てをしている。腰回りには伸縮性のあるインナーに、軽い金属の鱗を括りつけてあるんだ。防御性能としなやかさを兼ね備えた、俺専用の鎧だ」
「すごい!!」
鎧のあまりの合理性に、僕は驚きを隠せない。中世のプレートメイルをスパンコール状に進化させたような代物だ。しかも軽量なら文句のつけようがない。それならスキュアルドの激しいドルフィンキックも邪魔になりにくい。
「なんか、そこまで目を輝かせられると照れるな……」
「あ、ごめん。気を悪くしたなら謝るよ」
「いや、そんなことはないぜ」
「それなら良かった――その立派なヒレはどう使い分けてるの?」
「ん? これか。この背びれは左右のブレを抑えるため。即位鰭は上下の姿勢を安定させるためだな。そして背びれはこうも使う」
スキュアルドが尾びれで直進しながら、左肩を後ろに下げ、右肩を前へ上げた。すると背びれが水圧を受けてしなり、機体――いや、彼の体が鮮やかに左へと旋回した。もちろん、逆の動作をすれば右へ曲がる。
「うわあ!」
「さらに即位鰭はこうだ」
スキュアルドが即位鰭と呼ばれる部位を広げると、上下のブレがピタリと止まった。つまり、これは天然のスタビライザーなんだ。
「そして、これらを組み合わせるとこうなる!」
ビュン!!
スキュアルドはいきなり猛烈な勢いで加速し、遠ざかっていった。速い!
さらに大きく旋回して、今度は僕に向かって突っ込んできた。
僕の目の前まで来ると、背びれを左に寝かせつつ、右の即位鰭を翼のように水平に広げ、逆に左の即位鰭は海底に向かって垂直に立てた。
それだけじゃない。三叉槍を上方に掲げ、刃の平らな部分を進行方向に対して垂直に向けた。オールの代わりに水の抵抗を強制的に稼いでいるのだ。
ゴオッ!!
水を引き裂くような轟音と共に、スキュアルドが左へ急旋回した。カヌーのオールを立てて行う『スターンターン』の上位互換。あるいは、ロングスケートボードでスライドパックを地面に擦りつける『ハンドダウンドリフト』だ。
「すっごい!!」
「どうだ? すごいだろ。速さに関しては自信があるんでな」
まさか同じ三叉槍でも、ここまで構造に違いがあるとは思わなかった。おそらくブレブたちのそれは、もともと漁に使うことも想定されているのだろう。
だが、スキュアルドの三叉槍は違う。刃の横幅が広く、それが三枚。漁に使えば獲物を傷つけすぎてしまう。これは「武器」としての用途、そして「方向転換・姿勢制御」のパーツとして特化しているんだ。防具を含め、すべてが驚くほど合理的だ。
「しかしお前さん、まだ子供だろ? この仕組みに気づくなんて少々マニアックじゃないか?」
「あはは……」
言われてみれば、そうかもしれない。自分では全く気にしていなかったけれど。たぶん、動かない体で頭を回転させることしか能がなかったからだ。
「そんなことを言っている間に着いたぜ。ここが我々の城下町だ」
スキュアルドの声に顔を上げると、岩壁に囲まれた巨大な門が姿を現していた。




