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記録02 目覚めろ最強スキル③



丘の下の集合場所に集まった顔ぶれを見て、俺は自分の見通しの甘さを呪った。

端的にいえば、危うくズッコケるところだった。


これまでの兄たちの時は、せいぜい四、五人。今回もそれくらいだろうと見積もっていた。

だが、目の前にいるのは十名を超える、薄汚れた我が領民たちだ。


病で頬がこけた男、親に売られたのが丸わかりの震えるガキ。

うつろな目で虚空を見つめぶつぶつと聖句を唱え続ける老人や、片腕を失った元農夫。

どう考えても戦力にはなり得ない掃き溜めのような集団の中で、一人だけ異様な威圧感を放つ巨大な影があった。



「……おいおい、九男坊様。そんなに剣を握りしめて、俺たちを皆殺しにでもする気かい?」



見知った顔の男が、泥の跳ねた足元を指差してケラケラと笑う。

…とりあえず、まずは形式通りに口上を述べる。



「フェルディグ領の民よ、まずは集まってくれたことに感謝する。皆、それぞれに捨てられぬ事情や、守るべき家族があるのだろう。知っての通り、我が家には馬も従者も用意する余裕はない。だが、貴公らの働き次第では国から充分な恩賞が与えられよう」


「馬もねえ、金もねえ。代表様が俺たちと一緒にトボトボ歩くなんて、フェルディグ家の御先祖様が草葉の陰で泣いてるぜ」


「ダスティン。貴様のその無駄に頑強な体、せいぜい道中で腐らせないことだ。……出発する。ついてきてくれ」



皮肉なことに、最低人数が揃ってしまった。

これで、俺が『突撃歩兵』として最前線で消える義務は消滅した。

歩兵として隊列に加わらない貴族は事務方か、後方の雑用として蚊帳の外に出されるのが慣習だ。

だが、それは「生き残る」ことと同義ではない。

今回の戦を無傷で乗り切ったところで、弔慰金が入らなければ家はまた一歩、破綻に向かう。そうなれば、姉貴は間違いなく、俺の知らない誰かへ「商品」として叩き売られるだろう。そして次の徴兵が来れば、今度こそ俺の番だ。


つまりは遅かれ早かれ、成り行きに任せれば待っているのは死だ。



(……だったら、ここで変えるしかない。この茶番の中で、誰も成し遂げなかった『武功』を立てる。)



重い足取りで歩く道中、領民たちの噂が耳に突き刺さる。

俺の認識では、この戦は日時と場所を示し合わせた定期開催の儀礼——予定調和の「談合戦争」だ。

くだらない。だが、この世界、この時代においては、そうしたやり方で戦が執り行われることも、貴族である以上は理解している。

だが、彼らの語る真実はもっと生臭い。


「知ってるか? 今回の戦場、わざと逃げ場がないトコを選んだらしいぜ」

「口減らしも兼ねてるらしいな。わざわざ国が場所を指定してるんだとよ」

「ゴミはゴミ箱にってか。世知辛いもんだ」


木漏れ日が差すのどかな街道を歩きながら、俺は自分の立ち位置を再認識する。

他の貴族はもとより、浮世との縁もほとんど切れてしまったフェルディグ家と、この領民たち。果たして真相に近いのは、どちらなのだろうか。







戦地に到着し、設営を仕切る部隊に指示されるままに物資を丘の上まで運び上げた時、俺はその全貌を見渡して強烈な違和感を抱いた。

戦場となる谷底が、驚くほどよく見える。見えすぎる。

本来、戦場は互いに陣を構える緩やかな丘陵や、駆け引きを生む起伏に富んでいるはずなのに、この谷はまるで円形闘技場のように丘の上の「観戦席」からすべてが露出している。


『突撃歩兵』とは、俺の知識では「伝統的な合戦の開戦様式」だ。両軍が互いの歩兵隊を一斉に正面衝突させるフェイズをもって開戦の狼煙とする。非合理ではあるが、両軍の矜持や、武功を上げたい歩兵たちが命を賭してぶつかり合う、誉あるものであると認識していた。


しかし、これではまるで……


偵察と称して谷底へ降りた時、その違和感は確信に変わった。

不自然に窪んだ穴の列、そして一部だけ異様に青々と茂った雑草。



(……なるほど、ここは戦場じゃない。逃げ場のないすり鉢状の地形。ここは、何度も使い回されている処理場キルゾーンだ。このまま突撃すれば、領民たちの言うように、歩兵は本当にただの余剰人口として処理される)



だが、その理不尽が、俺の中のメタ的な信仰に火をつけた。



(待てよ。この効率よく殺すためだけの設計……逆に言えば『ルール』に従わない攻撃には、脆いんじゃねえか?)



そして、俺にはスキルがある。

固有スキル:騎乗時に指揮力三〇%アップ。

まるで使えないゴミだと絶望したスキル。

だが、もし俺が馬を奪い、精鋭を率いて敵の背後を突くことができたら?



(繋がった。このゴミスキルは、この瞬間のためにあったんだ。俺が転生主人公として、この詰みきった運命を切り開くための、唯一の『チート』だったんだよ!)



それは、単なる戦術の提案ではない。

この世界のシステムをぶち壊し、俺という存在を国に認めさせるための、唯一無二の物語だ。







開戦前日の夕刻、大将級が本陣入りしたという情報を得た。

俺は隙をついて騎士の馬を奪った。

初めて握る手綱の感触。腹の底から突き上げるような全能感。俺は馬を走らせ、本陣へと乗り込んだ。


激しい嘶きと共に馬を止め、泥の中に飛び降りる。

衛兵に囲まれることも覚悟していたが、待っていたのは槍の穂先ではなく、退屈そうなあくびだった。

伝令か、報告なら中でやってるぞ、と拍子抜けするほどあっさりと通された。

俺は誰に遮られることもなく奥へと足を踏み入れ、居並ぶ高官たちの前で、泥まみれのまま最高礼を捧げる。



「フェルディグ家九男、キューナン。この虐殺の停止と、奇襲案を具申に参りました」



静まり返る本陣。反応を待たず、続ける。



「諸卿、この地勢を検分されたか。ここは戦場に非ず、ただの屠殺場にございます。様な無意味な血を流すことは、フェルディグ家の名において、断じて容認し難い」



まずは叱責や嘲笑を浴びせられるだろう、だが、そこから論理的に説き伏せてみせる。

……しかし、俺の予測は見事にズレた。



「顔を上げなさい、フェルディグ家の若き獅子よ。君の言葉には、失われつつある真の気高さが宿っている」



居並ぶ貴族たちが嘲笑を浮かべる中、中央に座す初老の伯爵だけは、慈しむような眼差しを俺に向けていた。

彼は、俺の振る舞いの中に、姉から受け継いだ「本物の教育」を見て取ったのかもしれない。



「だが、キューナン君。君が『無意味な虐殺』と呼ぶものは、この世の国々にとっては『不可欠な呼吸』なのだよ」



伯爵の声は静かで、どこまでも穏やかだった。



「増えすぎた人口は、飢えと内乱を招く。全滅を避けるために、一部を間引く。君の家の領民がここで果てることで、残された家族は弔慰金を得て、次の冬を越せるのだ。君が提案する『奇襲』で戦争を早く終わらせてしまえば、死ぬはずだった者が生き残り、結果として冬にはより多くの者が飢え死ぬことになる。……それが、君の望む正義かね?」



足元が、ぐらりと揺れた。

俺の正義が、彼の「大局的な正義」の前に、ただの子供のわがままへと形を変えられていく。



「君が守ろうとしているのは、個人の命だ。我々が守っているのは、国家という器なのだよ。どちらがより高貴な義務か、賢明な君なら理解できるはずだ。……君の勇気は認めよう。ゆえに、相応の死に場所を与えようじゃないか。フェルディグの名を、その身をもって最前列で輝かせなさい」



伯爵の言葉は、慈悲深い処刑宣告だった。

貴族としての誇りも、紳士としての倫理も、この世界が必要とする正しさの前に霧散して消えた。

そして俺は、晴れて突撃歩兵に任命された。



逃亡の恐れなし、されど頭を冷やされよ、とのことで、俺は明日の開戦ギリギリまで丘の端っこに建てられた立派な天幕内に軟禁されることとなった。

呆然と眠れぬ夜を過ごす。しかしそのうち、どろりとした執着が這い出してくる。


(……だったら、もう知るか。国がどうなろうが、俺には関係ねえ。俺は生きる。絶対にだ。……なぜなら、俺は『転生者』だからだ。物語の『主人公』だからだ!)



正義を失った俺に残されたのは、根拠のない「主人公補正」への狂信だけだった。

極限状態で追加スキルが覚醒する。あるいは、このスキルが予期せぬ形で発動する。

そんな奇跡を信じることでしか、俺は正気を保つことができなかった。







軟禁されていた天幕が、乱暴に跳ね上げられた。



「時間だ。フェルディグ家の御曹司殿、お出まし願おうか」



入ってきたのは、薄笑いを浮かべた他家の従者と、事務的に槍を鳴らす衛兵だ。


天幕を一歩出た瞬間、目に飛び込んできたのは、突き抜けるような空の青と、肌をなでる心地よい日差しだった。一瞬だけ、戦場にいることを忘れそうになる。


だが、視線を下げた直後、その淡い錯覚は無残に打ち砕かれた。


そこには丘をびっしりと埋め尽くす鉄と泥の列があった。数千、あるいは数万。突撃歩兵たちが、すり鉢状の谷を見下ろすようにズラリと並べられている。

さらに目を凝らせば、対岸の丘にも同じように、黒々とした歩兵の塊が地平を埋め尽くしていた。

丘の端から眺める戦列の全貌は、逃げ場のない巨大な生贄の祭壇そのものだった。


衛兵に促され、歩兵の背後と、一段高く設えられた「観戦席」の間を歩かされた。観戦席には、磨き抜かれた鎧に身を包んだ騎士たちや、色鮮やかな旗を掲げた貴族たちが並んでいる。中央には、移動を終えた豪華な本陣の天幕が鎮座していた。



「見てみろよ、あれが例の『具申』をした九男坊だ」

「泥まみれで歩く姿こそ、フェルディグ家にはお似合いだな」



高台からは弓兵や魔法兵の鋭い視線が降り注ぎ、俺を「死にゆく見世物」として品定めしている。

俺は屈辱を奥歯で噛み殺し、列のど真ん中、最前列へと誘導された。


不意に、腹に響くような重低音が鳴り響いた。音楽隊が奏でる戦場音楽ウォー・ドラム。だがそれは単なる鼓舞ではない。音色に魔力が混ざり、歩兵たちの肌を粟立たせていく。



(あれは…「迅速の旋律」…それに「剛毅の和音」だ。走力を底上げするスキルに、痛覚を麻痺させるスキル……)



歩兵たちの目が、次第に虚ろな熱を帯びていく。非常に強力なスキルではあるが、この場においては使い捨て向けのドーピング剤だ。

目の前に広がる傾斜は、先日の偵察での見立てでは三十五度ほど。丘の縁に立って見下ろせば、まるで絶壁のようだ。

ただでさえ泥と若草で滑りやすいこの坂を、スキルで強化された走力で駆け下れば、大部分が無事ではすまない。


まさか、ここまでとは。

これほどまでに露骨な処刑場となろうとは。


音楽の旋律が一段と高く跳ね上がり、静寂が訪れた。スキル効果の付与が完了したことを意味する。

その静けさに呼応するかのように、先ほどまでの熱い決意が急速に冷え込み、代わりに得体の知れない寒気が脳内を這い回り始めた。



(もう充分だ…充分に死の淵だ)

(もうそろそろ、スキルに目覚めてもいいんじゃないか?)

(始まってからじゃ遅いぞ?)

(間に合わないぞ?)

(…死ぬぞ?)


(……死にたくない)

(こんな…こんな終わり方があるかよ)

(もうフラグは充分に積んだだろ…)


(……フラグなんて、なんの保証があって信じてたんだ??)

(……そもそも俺は転生者だが、主人公なのか??)

(おれはもしかして…ただずっと勘違いを……)


(……死にたくない)

(死にたくない)

(死にたくない!!!!)



空虚な祈りが、無意識に呪文となって口に出ていた。

目覚めろ…目覚めろ…起死回生の、最強スキルよ…目覚めろ……と。

まるで父上のようだな、と自嘲する余裕は、この時はなかった。

だが…



「……ひっ、ひぃ……」



隣から、聞き覚えのある引き攣った呼吸が聞こえた。

ダスティン。あの傲岸不遜だった岩のような男が、今は青白い顔でガチガチと歯を鳴らしている。さすがの彼も、この圧倒的な「死のシステム」の前では声も出せないらしい。

そのあまりにも無様で哀れな姿を見た瞬間、俺の脳内を侵食していた寒気が一気に引き、代わりに「かくあるべき自分」が静かに前に出た。



(……そうだ、こいつらは俺が連れてきたんだった)



姿は見えないが、この大男以外にも、この隊列のどこかに領民たちがいる。彼らにとって、俺はただの「九男」ではない。この地獄へと自分たちを導いた、フェルディグ家の領主代表なのだ。



(そうだ。仮に主人公ではないとしても、俺は——)



ほんの一瞬、俺は目を閉じ、深く息を吐き出した。


恐怖が消えたわけじゃない。

ただ、根拠のない「主人公補正」に縋って立ち尽くすことは、今の俺には許されない。


たとえこれが、数分後には露と消える一過性の虚勢だとしても。

この瞬間だけは、彼らを地獄の底まで連れて行く「貴族」を演じてみせなくてはならない。



「おい、聞こえる者ら、聞け。剣を鞘に収めよ」



虚ろな目を向ける男たちに、俺は言葉を叩きつける。



「抜いて走れば、泥や草に足を取られて転倒する。そうなれば、味方に踏み潰されて終わりだ。……まずは、谷底まで転びさえしなければ、生き残りの目はある」



周囲の数人が、弾かれたように俺を見た。



「剣を抜くのは激突の直前だ。斬りかかるな、まずは身を固めて体当たりしろ。動ける者はその後、私の元に集え…!」



虚だった周囲の気配が、にわかに熱を帯びていくのを感じる。

やる。演る。演りきれ。



「ダスティン。この意気地なし。貴様は私の背後に隠れてピタリと追従せよ。一番槍を拝ませてやる」


「へ…へ……泣き虫のキューナン。お前だけには、手柄はくれてやんねぇよぉ…」



ボロボロと大粒の涙を流しながら醜い笑みを浮かべるその顔からは、死相が消えていた。


…征くぞ。


そして、一陣の風とともに、突撃の合図が谷間に響き渡り、


泥が跳ね、


叫びが重なり、


空気が震えた。







ぃひぃぃこええええええ

こええええええよぉぉおおおwwwwwwwww

遂にここまで来ちゃったよぉおおおおお

もうやめようよぉぉぉおおおおお




  …ふむ




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