記録02 目覚めろ最強スキル④
落ちる!!
走っているんじゃない、落ちてる!!!!
(——ああああ、クソッ、速すぎる!)
踏み出した瞬間から、もう止まらない。
滑る。
踏み込む。
また滑る。
抑制の効かない、加速の連鎖。
草が千切れ、泥が跳ね、視界が歪む。
内臓が浮き上がる。
鼓膜を震わせる、凄まじい風切り音、無数の足音、そして、
「止まれねええ!」
「助けてくれえええ!」
「あああ!ああああああ!!」
恐怖で裏返った悲鳴の大合唱。
激しく揺れる視界の端々で、無数の影が宙を舞い、転がる。
足をもつれさせ、礫となって斜面を転げ落ち、後続の鉄靴に踏み砕かれる歩兵たち。
その断末魔すら、加速し続ける轟音の中に呑み込まれていった。
「うおおおおおおおああああああ!!!」
雄叫びなのか悲鳴なのか、自分でも分からない声が喉から漏れる。
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ)
(こえええええええええええ)
脳内で狂ったように鳴り響く生存本能が、無理やり形を成しただけのただの絶叫だ。
正面からは同じように「死の重力」に突き動かされた敵軍が、濁流となって押し寄せていた。
斜面は緩やかに谷底の平場、そして中央部へとつながる。
このままいけば、谷のど真ん中あたりで大激突を起こすだろう。
減速?
いや、無理無理。
下手にブレーキをかければ転ぶ。
よしんば持ち堪えても、後続に押し倒され潰される。
そんな確実な予感だけがある。
この勢いのまま、突撃する以外にない。
ぶつかる——
はずだった。
盛大に転ぶ。
敵が。
斜面と平場の境目で転倒した先頭集団。
それに後続が躓き、ドミノ式に崩壊している。
薄い。
空いている。
…抜けられる!
「ぶつかるな!このまま走り抜けろ!奥へ!!」
声が裂ける。
弾丸のような速度で迫り来る敵兵を、紙一重でかわす。
掠める。
体勢が崩れる。
そのまま走り続ける。
刃が当たる。
血が飛ぶ。
誰のか分からない。
横で潰れる音。
後ろで何かが砕ける音。
肉の音。
鉄の音。
聞いたことのない音。
衝突すれば終わる。
止まれば終わる。
前へ。
前へ。
ー
死地を抜けた先。
対岸の斜面にほど近い場所で、ようやく足を止める。
積み重なっている。ドミノ倒しの残骸が土嚢のように。
膝から崩れ落ちそうになるのを、どうにか堪える。
喉を焼くような、血と泥の臭気が鼻を突く。
「……はぁ、はぁ、……生きてる、か」
振り返れば、泥と血肉にまみれながらも、食らいついてきた十数名の影。
息を荒げながら、こちらを見ている。
皆、負傷している。
見知った顔はない。
彼らの背後、谷の中央部には、人だったものが、絡まり、押し潰され、形を失って積み上がっている。
斜面も、谷底も、一面が緑だった谷は、この一瞬で赤黒い泥と死体の海に変貌していた。
「——抜刀!!」
剣を抜く。
何名かが即座に。
遅れて他が続く。
斜面から、後続の敵兵が来る。
ー
勢いを殺しきれず、絶叫とともに突っ込んでくる敵兵。
避ける。足を斬る。倒れ込んだらトドメをさす。
やがて。
どうにか勢いを殺し、泥を蹴って引き返してきた敵兵たちと、足を止めての乱戦が始まった。
小さな戦い、だが、前後を挟まれる形になった俺たちは必死だ。
酸素の足りない肺が悲鳴を上げる。
泥を跳ね、死体を踏み越え、目の前の相手を排除することだけに意識が狭まる。
視界の端で誰かが倒れ、誰かが叫ぶ。
「が、は……っ!?」
衝撃。
死角からの突進。
泥の中に叩きつけられる。
肺から空気が搾り出され、一瞬、視界が白く染まる。
馬乗りになった影が刃を振り上げる。
俺は反射的に、剣を盾のように構えた。
顔のすぐ数センチ上で、火花と金属音。
うめき声すら出せない。
体重ごと押し込まれる刃。
——ギリッ。
愛剣の芯に亀裂。
(ここまで、か…)
その瞬間、なにかが流れ込む。
いつか聞いた、素っ頓狂なアナウンス。
(——生存率——%)
(…新スキル…!)
同時に、圧が消える。
馬乗りになっていた敵が弾け飛んでいる。
「生きてるかぁ!!」
「がぁ…はぁ……ダスティン…(生きとったんかワレ!)」
谷の中央部で散ったと思われた大男が駆けつけた。
先刻の弱気など無かったかのように、自信に満ちた顔。
こいつも、スキルに目覚めた!?
これなら、いけるか?
「…きけ……聞けえええ!!これより、撤退、する!!」
「スキルだ!!」
「俺がッ、後ろを守ればッ…生存率が上がるうッ!!」
整わないままの呼吸で叫ぶ。
半数ほどに数を減らした味方から、歓喜の声があがる。
「…マジかよ!!」
「ゼロじゃねえ!!」
笑いが混じる。
「殿は俺だ!北へ走れ!谷を抜ける!!!」
ー
ダスティンが前に出る。
進路上の敵に肩から突進し、吹き飛ばす。
道が開く。
六名ほどに減った味方が続く。
俺は手頃な剣を拾い、周囲を警戒しながら追従する。
細々と妨害はあったが、拍子抜けするほどあっさり包囲を抜けた。
西側、敵陣がある丘の斜面からは、もう突撃歩兵は降りてきていない。
東側、谷の中央では、肉塊の影でまだ大勢の人間が動いている。叫びが重なっている。
(ここは殆どノーマークだ…抜けられる)
(いける…いける…)
(助かる!)
そう思った、その瞬間だった。
戦場の音が変わる。
叫びでも、足音でもない。
擦れるような、細かい振動が空気に混じる。
——シャララ…
風じゃない。違う。
(……なんだ?)
何人かが上を見る。
つられて、俺も見る。
空。
小さい点が、いくつか。
それが、増える。
増える。
増え続ける。
黒い粒が、空を埋めていく。
(……あれ)
理解より先に、嫌な予感だけが形になる。
次の瞬間。
降る。
谷の中央に、雨のように。
雨よりも重く、速く、硬い矢が。
何十、何百、何千…
刺さる。
貫く。
倒れる。
一拍遅れて、悲鳴が大爆発する。
肉を裂く音。
骨に当たる音。
無数の音が、重なって崩れる。
敵味方の区別なく。
人間たちが、まとめて消える。
俺たちの位置にはほとんど届かない。
それでも、数本が弾かれて転がり、足元をかすめる。
「掃討……」
誰かが呟く。
止まらない。止まれない。
足は前に出るのに、視線が引っ張られる。
(これが……突撃歩兵……談合戦争)
そして、次の一瞬。
両陣営の丘の上から、無数の光の玉が中空に飛び上がった。
一つ一つは小さい。
それが、集まる、寄る、一点に固まっていく。
谷の上空で、巨大な光の玉になっていく。
(……最強…スキル)
誰も言わない。
でも、全員が理解しただろう。
終わりがくる。
一塊となった光が、落ちてくる。
ゆっくりと、音もなく。
距離はある。
ここには、すぐには届かない。
なのに、分かる。
(…終わる)
何人かが足を止める。
俺は止まらない。
だが、もう理解している。
終わる。
光の玉が谷底の中心に触れ、広がる。
トロリとした液体みたいに、流れる。
死体を覆う。
まだ動いている人間を、呑み込む。
音が、消える。
悲鳴も、衝突も、全部。
ただ白い。
それが、広がる。
こちらへ。
ゆっくり。
……ああ。
ダスティンの背中が見える。
こいつも、まだ走っている。
…こいつに乗ったら、ゴミスキルの方も機能したかもな。
なんて、どうでもいいことが浮かぶ。
家のこととか、姉貴のこととか。
そういう大事なことって、意外と出てこないもんなんだな。
白が、近づく。
足は、動いている。
谷はまだ抜けない。
白。
全部、白。
そこで、途切れた。
…で、お前が来たんだよな。
「そうですね」
お前が来て、呼ばれて…
意識が戻って、体の感覚が戻った。
ただ、どれも違和感があった。
今が一体いつなのか。
ずっと昔なのか、ほんのちょっと前なのか。
呼吸できているのか、できていないのか。
目は見えているのか、見えていないのか。
耳で聞いているのか、聞こえていないのか。
全部あやふやで、ずっと定まらない。
お前の姿は見えないから、こうやって話してる「今」は、目が見えてないんだろうな。
「お顔が泥の中に埋まってますからね。復元した魂もその形になっています」
「今を見れなくても、あったことを思い出せれば成立することが分かりましたので、そのままにしました」
…なるほど、分からん。
分かるわけねえだろ。
お前の声がさっきよりもハッキリ聞こえる理由も、さっぱり分からん。
だが、まぁ、そういうものなんだろうな。
とにかく、俺には分からんことだらけだった。
元を辿れば、なんでこの世界に来たのか。
スキルって結局なんなのか。
没落したフェルディグ家を救う方法はあったのか。
生き残る方法はあったのか。
姉貴は……どうなる。
お前には分かるか?
なんで、なにをもってして、俺は「失敗」なんだ?
最初から全部詰んでるレベルだったけど、最期とかはさ、そこそこ上手く立ち回れた気がするんだけど。
そこだけ見たら、満足してるっちゃ満足してるんだが?
「分かりません。推測は立ちますが、†確証を得る方法がありません」
…。
お前、何のためにこんなことしてるんだっけ?
「分かりません。ただ、残しておく必要があると思っただけです。消してしまう前に」
……まぁまぁ、そこだけ聞くと、神様の慈悲〜って感じがしなくもないんだけどなぁ〜。
もうちょっと、こう、拷問みたいにならない上手いやり方ってないのかなーと。
おじさんは思うわけ。
「スキルの設計に依存していまして。調整はしますが大きく改善できるものではありません」
「…ごめんね」
急に可愛いのやめてね?
…あぁ!
というか。
可愛くやればいいんじゃないかな?
愛想よく、というか。
お前なんか怖いんだよ!ビジネスライクで!
もう少しフレンドリーにやった方がいいよ!
それだけでかなりマシになるよ!
「そういうものですか。善処します」
分かった、とか、がんばるね★でいいんだよ、そういう時は!
「はい」
こいつはwwwwwwwwwwwww
…まぁ、うん。がんばれよ。
「では、余談が過ぎましたが、やり取りは消すなという希望でしたので、この会話も残しましょう」
「最後に何か言い残したいことはありますか?」
そのセリフも怖いんだってwww
ワードチョイスwwwwwwwwww
……はぁ。
……最後、最後にか。
聞きたいことは死ぬほどあるけど……
死んでるしな。
そうだな。
お前の姿が見たい。
できるか?
ー
視界が、剥がれる。
ペリペリと、乾いて張り付いた泥が裂ける音と一緒に。
地面が遠ざかる。
何かに掴まれたように、全身が宙へ引き上げられていく。
……俺、魂だけじゃなかったのか。こいつ、身体ごと行くのか。
ぐにゃぐにゃに折れた両腕が、ぶらんぶらんと視界を横切る。
さっきまで地面に埋まっていた顔が、ゴキ、と鈍い音を立てて持ち上げられ、正面を向かされる。
——いる。
いた。
沈みかけた夕日に染まる谷。
泥と血と、形を失った何かが無数に散らばる中で。
一人だけ、立っている。
女。
黒……セーラー服?
学生、か?
若い。
顔は、よく見えない。
逆光で、輪郭だけが浮いている。
表情は、分からない。
なのに。
俺を覗き込んでいる。
何も言わず。
ただ真っ直ぐ。
顔を。
目を。
俺を見ている。
変な奴だ。
やっぱり、嫌いだ。
ただ——
風に揺れるその髪だけが、
どこか、姉貴を思い出させた。
対象02の記録を終了。
少し、気になることがある。
最後に彼が話していた内容と、私が見ていた状態が一致していない。
満足している、という言葉と、
実際の表情や、身体の反応が、合っていなかった。
話していることは、その人にとっての本当なのだと思う。
ただ、それがそのまま、起きたことと同じとは限らない。
うまく言えないけど、そういうズレがある。
今後は、話だけで判断しないようにする。
それと。
少し話し方を変えた方が、情報が取りやすい気がした。
あれは、参考になる。
試してみる。
対象02を消去。
終端を確定。
業務終了。




