記録02 目覚めろ最強スキル②
思い返せば、この世界に「産み落とされた」瞬間から全ては詰んでいた。
俺の前世はどこにでもいる普通の人間だった。
その記憶を持ったまま目覚めた場所は、天を突くほど高い天井と、腐臭を放つ雨漏り受けの皿やバケツがそこらじゅうに並ぶ、広大な「廃墟」だった。
領民たちは我が家を指して、こう揶揄する。
『丘の上のバカデカ粗大ゴミ』――フェルディグ男爵家。
かつて始祖が強大なスキルで武勲を立て、この広大な領地を賜ったという伝説だけが、カビの生えた肖像画と共に残っている。だが、今の実態は「貴族」という名の皮を被った、ただの困窮世帯だ。屋敷の窓ガラスは半分が割れて板張りにされ、冬になれば隙間風がナイフのように肌を削る。かつて白磁だったはずの壁は、湿気で剥げ落ち、幽霊屋敷のような斑点模様を晒していた。
英雄の末裔がこのような惨状にある理由は単純だ。持つべきものと、手放してよいものの区別がつかなかったからだ。
フェルディグ家は、始祖以降まともなスキル発現者を一人も出していない。にもかかわらず、広すぎる屋敷も、役に立たない騎士団も、そのまま抱え続けた。成り上がりの家系だったからか、政治のやり方を知らないまま貴族の体裁だけを守ろうとして、その特権を切り売りし続けた。肥えた畑は隣の貴族に流れ、残ったのは痩せた土だけだ。徴税の権利は商人に渡り、代わりに得た現金もすぐに消えた。司法も、商いの許可も、もうこの家のものじゃない。
それでも、戦には出続けた。忠義の証明とやらで、借金を膨らませ、領民ごと削りながら。つまり、金は出ていく一方で、入ってくるものは減り続けた。
結果として残ったのが、この「粗大ゴミ」だ。広いだけの屋敷と、痩せた土地と、誰のものでもないような領地。
当然、騎士団は維持できず何代も前に解体。現在この屋敷には使用人すらいない。領民の方がまだマシなもんを食って、まともな屋根の下で寝ている始末だ。
そして現在。もはや爵位の維持すら怪しいこの家の、九番目の息子として生まれたのが俺だ。
「目覚めろ、目覚めろ……我が一族の血よ。次こそは、次こそは……!」
老境にある父上は、取り憑かれたようにそう繰り返していた。自分にスキルが発現しなかった絶望を、数撃ちゃ当たるの論理で子どもたちに転嫁した、カルト的なスキル信奉者。だが、前世の知識がある俺は、その狂った瞳をどこか肯定していた。
(……まあ、そうだよな。この詰みきった状況をひっくり返すには、もう「チート」を引くしかない。父上の言ってることは、この世界の攻略法としては正解だ)
俺は信じていた。これだけフラグが揃えば、十六歳の成人を迎えたタイミングで、すべてをひっくり返す最強スキルが舞い降りるはずだと。父上以上に、俺は自分の「主人公補正」を信じていたんだ。
母上は、そんな父上を無視するように、一歳上の姉貴――四女を自室に閉じ込め、厳しい家庭学習を強いていた。
俺には、一切の興味を示さない。俺が赤ん坊の頃から夜泣きもせず、泥を食うような生活でも勝手に育つ「妙に自立した個体」だったからだろう。嫌われているわけじゃない、ただ「手がかからないから放置」されていた。
兄弟たちの顔は、ろくに覚えていない。
一男から三男は、俺が物心つく前に戦死したか、あるいは二度と戻らぬ遠い地へ仕えに出た。長女から三女も同じだ。物心つく前に、政略結婚という名の売却か、絶望に耐えかねた駆け落ちで家系図から消えた。この一連の出来事は、父上のスキル信仰をさらに加速させたであろうことが、想像にやすい。
「談合戦争」なんていう茶番が加速した今の代では、領民の支持も、傭兵を雇う金もない家は「息子の命」を差し出すことでしか軍役という名の納税を済ませられない。
四男と六男は、戦地からの訃報とともに、わずかばかりの弔慰金へと姿を変えた。
五男と七男は、なけなしの金を役逃れの盾金として国に積み、辛うじて兵役を免じられている。生産系スキルを頼りに不毛の地の開拓に邁進しているが、それももはや限界だ。夜半、幽鬼のような顔で戻り、一言も交わさず食事を詰め込むと、夜が明ける頃には死地同然の現場へと消えていく。
そんな崩壊した家で、俺の唯一の「人間」の拠り所が、四女の姉貴だった。
姉貴は母上の厳しい教育の合間を縫っては俺に会いに来て、泥の上に枝で文字を書き、読み書きを教えてくれた。
前世の記憶がある俺からすれば、彼女は自分の半分も生きていない幼い少女だ。精神年齢で言えば俺の方が遥かに年上のはずなのに、それでも、家の崩壊という荒波の中で必死に「大人」として振る舞おうとする彼女の細い背中にだけは、言葉にできない安らぎと、折れそうなほど純粋な信頼を預けていた。政略結婚の最後の「売り物」として磨き上げられる彼女が、自分を「商品」ではなく「人間」として扱える時間が、俺とのひとときだったのかもしれない。
そして、時は無慈悲に過ぎた。
姉貴の「売却先」が決まりかけたその日。満を持して十六歳になった俺を、父上は期待に震える目で見つめた。
「九番目……瑞祥の数。さあ、見せてみろ。始祖様の再来を!」
そこで俺の脳内に響いたのは、あまりに素っ気ない通知だった。
『固有スキル:騎乗時に指揮力三〇%アップ』
「…………………」
「……………馬…か」
父上の呟きは、絶望よりも深い、無関心への転落だった。
だが、誰よりも深く絶望したのは俺自身だった。
馬なんて、うちの厩舎にはネズミと埃しか住んでいないというのに。
こうして名実ともに立派な穀潰しの烙印を押された俺に、程なくして軍役の沙汰が下った。フェルディグ男爵家の名代として戦地へ赴けという、実質的な死刑宣告だ。俺という『失敗作』が公的な弔慰金という名の金子に書き換えられる日を、父上は指折り数えているに違いない。
それでも俺は、逆転の可能性を捨てていなかった。
戦場のような極限の状況では、追加でスキルが覚醒するケースが稀にあるという。
それに、現代の軍事知識を応用した戦術で武功を立てれば、国だって俺を認めざるを得ないはずだ。
逆転の可能性は、まだあるに違いない。
……それが、この世界の「戦争」という名の特権階級救済システムをぶち壊す、最悪の「違法行為」だとも知らずに。
俺たち歩兵は、華やかな貴族様たちが踊るための、ただの「床掃除」に過ぎない。
綺麗に掃除されて消えるのが、この世界のルール。
それを知らない俺だけが、なまくら剣の柄に指をかけ、泥濘を行く列の中で独り、懣々とした思いを募らせていた。 頭の中では、この歪んだ舞台をひっくり返すための『作戦』を必死に組み立てようとしている。しかし、肝心のピースが足りない。戦場の実態も知らぬまま立案しようとする傲慢さが、さらなる焦りを呼んでいた。
ー
…それで、逆転のスキルは発現しましたか?
んぉ、急に話しかけんな!!
びっくりするやないか!!!
話しかけるな言うたのお前だろwwwwww
すみません、スキルと聞いて気になってしまいまして。
なんで??スキルマニアなの?
そういや俺に何かしてたよな?
あれはスキルなの?
スキルという名称は一致しますね。
おぉ!なんだよ、お前スキルホルダーなのか!!
先に言ってくれたら俺も接し方もう少し考えたよw
…ちなみにどんなスキルなんだ?おじさんに教えてみ?
どんな… こうやって死者とお話しするスキルとか、
それを速記的に記録するスキルとかー
マルチスキル!!
いいね!!ネタバレになるけど、俺もマルチホルダーなんだw
何だよ、実はけっこう話が合うんじゃね?
ちなみに幾つ持ってんの?
532ほどです。
…………は?
表記合わせますね。
五百三十二です。
……ちっ。
やっぱお前きらいだわ。
お話ししてもらえるなら嫌いでも構いません。
それより、語りの部分と今では随分と違いますね?
……まぁいいか。
姉貴だよ。
貴族としての振る舞いは、ほとんど姉貴から教わった。
丁寧な話し方とか、品のある思考とか。
母上の英才教育がベースだから、家柄に対して過剰かもしれないけどな。
ただ、お前は日本人だろ?
だからこれでいいんだよ。
草生やしてやるくらいがちょうどいい。
転生による年代ラグがあるので若干古い表現にも感じますが、
承知しました。続きをどうぞ。
あーーー腹たつwwwwwwwwwwww
あー…あーー……
ー
出立の朝、世界は驚くほどに穏やかだった。
春先の柔らかな陽光が、手入れを放棄されて伸び放題になった庭木の間を縫い、複雑な木漏れ日となって地面をまだらに照らしている。頬を撫でる風はどこまでも心地よく、それがかえって、今から死地へ向かう俺の境遇を嘲笑っているかのようだった。
屋敷の前に並ぶのは、父上と母上。自称名家を謳うにしては、供回り一人いないあまりにも寂しい門出だ。
背後にそびえるのは、かつての白亜の輝きを失い、あちこちの外壁が剥げ落ちた「丘の上の巨大な粗大ゴミ」。
「父上、母上。未熟な私をこれまで育てていただき、感謝の念に堪えません。不肖キューナン、フェルディグの名を背負い、立派に戦って参ります」
喉の奥で、ヘドロのような皮肉が渦巻く。心にもない言葉を形式的に、かつ全力で叩きつけた。あまりに感情を込めなかったせいで、声は奇妙に上擦り、静寂の中で絶叫のように響き渡る。
両親は口を動かし何かを呟いていたが、その言葉が俺の鼓膜を震わせることはなかった。彼らが俺の死を願う呪文を唱えていようが、弔慰金の計算をしていようが、もうどうでもいい。俺はただ、彼らの背後にある屋敷の、今にも崩れそうな紋章を虚ろに眺めていた。さらばだ、間取りだけは立派なガラクタ城。
荒れた庭を抜け、錆びついた門に手をかけたその時。 凛とした、それでいて震える声が、俺の足を止めた。
「キュー!!!」
振り返れば、屋敷へと背を向ける両親と入れ違うように、二階のバルコニーに姉貴が立っていた。
朽ちた石造りの手すりにはそぐわない、質素ながらも洗練されたドレス。朝日に透ける純白の髪が、春の風にさらさらと踊っている。マジでアホかと思うほど、それは残酷に美しい一枚の宗教画のようだった。
姉貴の瞳には、悲しみ、慈しみ、そして微かな憤り――ありとあらゆる感情が濁流のように詰まっていた。
やめてくれ。そんな顔をされたら、俺の薄っぺらな決意が鈍る。
死を覚悟し、極限の淵に立たなければ、逆転の「スキル発現」なんて奇跡は起きないんだ。
けれど、同時に熱い塊が胸にせり上がる。
この世界でたった一人、俺という人間を無条件に案じてくれる存在。その事実が、震える足に力を与えてくれる。
きっと今の俺も、感情に振り回された酷い面をしているのだろう。 俺は深く一礼し、踵を返して門を出た。
俺はやる。絶対にだ。 武功を立て、泥を啜ってでも生き延びる。
この歪んだ社会に、冷酷な国に、そして仕組まれた運命に、絶対に膝は突かない。
姉貴のあの涙に、俺は誓った。
ー
ちなみに、今俺の死体ってそこにある?
ありますよ。
膝をついて、お尻を突き出して、
お顔は泥の中に突っ伏してますね。
ちっくしょーーーーーwwwwwwwwww
では続きをどうぞ。




