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記録10 神格生成試験環境④



 どこまでも広がる黒一色の空間。煌々と輝く巨大なタイトルロゴに照らされ、ジャージ姿の少年と、Aと名乗る少女が対峙している。


 少年は既に落ち着きを取り戻している。Aも表面上は平然を装っているが、その視線は一瞬たりとも少年から離れない。隙あらば他人をゲームへ巻き込む相手からゲームの情報を引き出さなければならない。情報の収集と防衛。この状況下において、警戒を解くという選択肢は最初から存在しなかった。


「……まだ私が見てない部分を知りたい。あのあと何が起きて、どうなるの?」


「デドラブの続き、気になるよね! だったら次はもっと先まで案内するよ!」


 踏み出そうとした少年を、Aが片手で制す。


「ゲームはやらない」


 彼女は重ねて、冷徹に告げた。


「絶対にやめて。本当に殺すことになる」


「本気で言ってる?」


「本気。あと、あまり近づかないで」


 ひとしきりやり取りを交わし、Aをゲームに連れ込むことを諦めた少年は、渋々と語り始めた。しかし一度口を開けば、少年は止まらなかった。ゲームの魅力を語りたくてたまらないといった様子で、少年は早口に、かつ熱っぽく語り出した。


 要約するとこうなる。


 落下開始から約五十秒。超高層ビル群の谷間を落下するエリアに差し掛かると、宇宙人の戦闘機によるレーザー攻撃と小隕石の大群が降り注ぎ、生存難易度が跳ね上がる。ここまではAも実際に体験している。さらに二十秒ほど落下すると、遠方の火山噴火で発生した高温の灰がビル群に流れ込む。直撃すれば命はなく、たとえ生き延びても、それ以降は極端に視界が悪い中を落下することになる。そしてその後、最速で三十秒、遅ければ六十秒ほどで地表に到達するというのが大まかな流れであった。


「スタート地点からずっと直立姿勢で落下すると、だいたい百秒で地面に激突するんだ! 死んじゃうから意味ないんだけどね」


 人外な動きを見せたこの少年をもってしても、生きて地表まで到達できたことはないという。そして、それは単に落下の速度を殺し切れないからではないようだ。


「空の上に大きな隕石があったでしょ? あれの引力のせいで終盤はコントロールが効かなくなるんだよ。風の向きも、落ちる方向も変わったりするんだ」


 この巨大隕石については『不確定要素』で、プレイ毎に影響があったり無かったりするらしい。少年曰く、Aとプレイした回は、もう少し先で隕石の引力に捕まっていた可能性が高かったという。

 もっともそれは、生き残れることを意味しない。地面に激突しない代わりに、大量の瓦礫もろとも巨大隕石に向かって落下することになるだけだ。それほどの引力を有するそれは、果たして『隕石』と呼べるサイズなのだろうかとAは思った。


 生存時間を延ばす仕組みらしきものは存在する。しかしそれは生存そのものを保証しない。やはり整合性の取れない仕様だった。


 さらに少年は、スキップしたオープニングムービーの内容にも触れた。身振り手振りを交え、一人何役も演じながらの「再現」だった。実物を観たことのないAには少年の演技が上手いのかどうかは判断ができなかった。


 プレイヤーは修学旅行で世界一高いタワーの最上階エリアを訪れており、そこでこの『大災害』に巻き込まれる。そういう設定らしい。タワー崩壊の原因は地震、小隕石群の衝突、“母船”の攻撃など複合的で、防ぐ術はない。友人役や、引率の教師役のNPCなども登場するが、タワー崩壊後すぐにどこかへふっ飛んでいく。


 その内容自体にAの求める情報はなかった。ただ唯一、二万メートルもの高さを誇る超々高層タワーの名称が『山田屋』であるという事実に、Aは僅かに思考を乱された。だが、すぐに考えるだけ無駄だと判断した。


 オープニングムービーの再現を打ち切らせた後も、Aはいくつか質問を続けた。


「ゲーム内で会う人たちは、毎回同じ?」


「同じだよ、でも毎回どこに誰がいるのかはランダムだね」


「ここに来る前の記憶はある? 日本って分かる?」


「分からない」


「このゲームの目的や、クリア条件について説明は受けてる?」


「受けてない」


「なんでプレイし続けるの?」


「楽しいからね! デドラブやろぅよぉ~」


「近い。離れて」


 すべて即答だった。そして次の質問。


「何回くらいプレイしてるの?」


 少年は一瞬動きを止め、くるりと反転した。そして頭上のタイトル文字を見上げ、目線を右端の方へと走らせた。Aもそれに合わせて文字列の末尾の方を見る。


「あっちにプレイ回数のカウンターがあるんだ。見に行けば分かるよ」


「じゃあ見に行こう。……先に行って」


 Aの手を引こうとする少年を先に歩かせる。


 Aの目測では全長百メートルほどと思われた文字列であったが、実際に歩くと『カウンター』が視認できる場所まで数分を要した。距離感がおかしくなるほど高い位置にある超巨大な文字列であったようで、何でもかんでもバカデカく設計するこの世界の思想がタイトル画面にもしっかりと漏れ出していた。




『スタイリッシュ落下アクションサバイバル恋愛シミュレーション - Dead/Love』




「DeadとLoveの間のスラッシュがカウンターになってるんだ」


 近付いて見ると、確かに『/』の部分だけが異様だった。数字が集まって一本の斜線を形成している。Aは黙って数字を読む。




 0/00046348799923142




 意味を理解するのに数秒かかった。

 四十六兆三千四百八十七億九千九百九十二万三千百四十二……回。


 多くて数万から数十万回——そう見積もっていたAの予測を、数字は遥かに凌駕していた。さらに少年は続ける。


「一回だけカンストさせたんだよ。そしたらゼロに戻っちゃったんだ」


「……そう。一応の確認だけど、九が十六個並んだ後に、ゼロに戻ったのね?」


「えーと……」


 少年は数字の列を数えて「うん、そうだね!」と軽く返した。


「最初の数字は、多分クリア回数かな。だからあれだけはずっとゼロのまま!」


 十京回。さらに四十六兆回。

 そして冒頭のゼロ、これはおそらくゲームのクリア回数ではない。


 決定的だった。紛れもなく、この世界そのものが破綻している証拠だった。

 Aの中で仮説として組み上がっていたものが、ここで完全な確信に変わった。


 Aは元いた場所へ戻ることにした。あの位置の方が都合がいい。少年を先に歩かせ、自分は一定の距離を保って後に続く。

 少年は後ろ歩きのまま、ずっとAを見ていた。時折両手を大きく広げ、あるいはくるりと一回転しながら、ゲームの話を楽しそうに続ける。そして懲りずにAをゲームに誘うのだった。


 歩きながら、Aはさらにいくつか質問を投げた。


 ゲーム中に女の子との会話で得るポイントは何か。ゲーム内の人たちに魂があることを知っているか。そして、少年に名前はあるのか。

 少年は、ポイントについてはゲーム進行の乱数に関わる好感度だと思うと答え、残る二つの質問にはAの想定通り、知らない、分からない、と答えた。

 

 Aは「そう」とだけ返し、以降は黙った。







 二人は巨大なタイトル文字が視界いっぱいに収まる位置まで再び戻ってきた。


 Aにとって必要な情報は揃った。あとは、それを記録に変えるだけだった。その手にはいつの間にか半透明のスマホが握られていた。スキルの設定や記録を確認するための端末型スキルだが、少年はそれを見ても特に気にする様子はない。


「ここから先は、あなたへ話すわけじゃない。でも、訂正があれば教えて」


「え? うん」


 Aは一瞬だけ、端末へ視線を落とした。


「記録開始」


 一拍置き、静かに話し始める。


「まず、この世界を理解する上で不要な情報から切り捨てる」


 Aは巨大なタイトル文字を見上げる。


「『スタイリッシュ落下アクションサバイバル恋愛シミュレーション』というゲームタイトル。女の子との会話で得られるポイント。そしてゲーム内で提示される全ての目的。そして出来事。それらはすべて本質ではない」


 少年は首を傾げた。Aは構わず続ける。


「これらはプレイヤーに『ゲーム』だと認識させ、プレイを促すための導入に過ぎない。ただのギミック。この世界を解析する上では最初から考慮する必要がない」


 手元の端末が微かに明滅し、記録が書き込まれていく。Aはその書式に問題がないことだけを素早く確認する。


「次に、世界構造について」


「このゲームはクリアできる設計になっていない。正確には、クリアという状態そのものが設定されていない可能性が高い」


 その言葉に少年は眉をひそめはしたが、まだ黙って聞いている。


「このゲームに終わりはない」


 少年は十京回を超える試行を経てもなお、一度もクリアしていない。

 その事実だけで根拠として十分だった。


「続いて、この世界の目的について」


「この世界の目的は優秀なデドラブプレイヤーを生み出すことではない」


 Aは少年を見る。


「あなたはゲームへの異常な適応を見せた。情報処理、空間把握、身体操作。そのどれもが人間が到達できる限界を遥かに超えている。でも実際のところ、世界はそれを一度も成果として扱っていない。むしろ、想定外の副産物と考える方が自然」


 少年は困ったように笑った。


「えっと……そうなの?」


「そう」


 Aは即答した。


「この世界が本当に求めている行動は、それとは別に存在する」


「ゲームをド真面目に攻略することではない。ただ生き延びることでもない」


「むしろ、ゲームという枠組みから離脱すること」


 少年は意味が分からないという顔をしている。


「つまり、この世界の“外”へ出ることこそが求められている」


 一見すると暴論だ。しかし、そう定義することで初めて、この世界の構造と観測結果が一致する。Aは続けた。


「ゲーム内でNPCとして扱われる人間は、全員が魂を有していると思われる」


「ただし、それらは観測した限りでは全て同じ魂だった」


「一つの魂を複製し、世界全体へ配置しているんだと思う」


「一方で、あなたには魂が存在しない」


 少年は不思議そうに自分の胸を撫で回した。


「だから?」


「だから、ここがこの世界の核心」


 端末へ指を走らせる。


「魂を持たないあなたをあえて実験体(プレイヤー)にして、わざわざ魂を持つ人間を大量に用意して、極限状態で強制的に関わりを持たせるように仕組んでいる」


「以上のことから、この世界が本当に求めているものは」


「世界を越えて移動する能力を獲得する者」


「魂を認識し、干渉する能力を獲得する者」


「そして、それらを“無”から生み出した者に獲得させること」


 少年は全くピンと来ていない様子だったが、それも無理はない、とAは思った。必要最低限の観測と、究極の消去法で導き出した、乱暴な推測。本来であればA自身も「そんな訳あるかな?」と踏みとどまるであろうと思われるほどに、それらは真相としてあまりに突拍子もない。しかし、Aには事前に知り得た知識がある。


「……これは、この世界の観測だけでは辿り着けないことなんだけど」


「この異世界群では、神格を与えられる者に最低限必要とされる能力があるの」


「異世界間を移動する能力と、魂に干渉する能力。その二つ」


 Aは小さく息を吐いた。


「結論」


「この世界の目的は、『無から“神”を生み出せるか』という試験そのもの」


「……ふーん?」


 やはり少年には上手く伝わってはいないようだった。

 Aの目的は記録を残す事であり、少年に理解させる必要はない。だが、せっかくならと、少し言い方を変えてみることにした。


「このゲームの正体は『スタイリッシュ落下アクションサバイバル恋愛シミュレーション』じゃない」


 一拍。少年の興味がこちらを向く。


「正式には」


「スタイリッシュ落下アクションサバイバル恋愛シミュレーション型神格生成試験環境」


 少年はぽかんと口を開けた。そして表情を緩ませる。


「ふふ……長いね」


「うん」


 Aは頷いた。


「そして、タイトルのカウンターはプレイ回数を示すだけじゃない」


「え、そうなの!?」


 Aは重ねて頷く。


「神格生成の成功率」


「試行回数、十京回と四十六兆三千四百八十七億九千九百九十二万三千百四十二」


「神格生成回数、ゼロ」


 静かな空間に、その数字だけが重く残る。


「おそらくあなたがこの世界を脱出したら、記憶や能力が全てリセットされた“次のあなた”がこのゲームに挑み、また脱出していく。それが積み重なることで試験環境としての精度を測定する。そんな感じの設計だったんじゃないかな」


 少年は「おぉ!」と感嘆の声を上げた。理屈の全てを理解したわけではないだろう。だが、悠久の時をただ一人、このゲームに捧げ続けてきた孤独なプレイヤーにとって、その言葉は意味を持って刺さったのかもしれない。その無邪気な反応を前にして、Aはこの先を口にすることを僅かに躊躇った。


「……あなたは悪くないよ。悪いのはこんな世界を作った誰かだから」


 それは同時に、この少年を作った誰かでもある。


「この試験環境は永久に目的に到達しない。破綻している」


 この世界が欲しかったのは、ゲームを続ける人じゃない。ゲームを捨てる人。

 にもかかわらず、過剰なミスリードがゲームそのものに意味を持たせすぎた。

 だから、最もゲームを愛した少年は、最も目的から遠い。


「よって、本件は掃除屋による処理対象である」







 Aは少年から目を離し、左手に持った端末の操作に集中した。

 この少年を警戒する必要は、既になくなっていた。


「ん〜なるほど、なるほど! 面白い考えだと思う!」


 少年は変わらぬ様子で笑い、楽しげに身体をくねらせる。声の明るさとは裏腹に、Aに近づきたい衝動を必死に抑え込んでいるのが見て取れた。この少年がゲーム内で女性と会話する時、その距離は限りなく近い。手を握り、身体を寄せ合い、囁くように言葉を交わす。彼にとってはそれが“自然”なのだと、Aはとうに理解している。


 Aは何も言わず、右手を少年に向けて差し出した。途端に少年の顔がパッと明るくなり、一飛びで距離を詰めると、躊躇うことなく指を絡めてくる。


「Aちゃん! あのね! あのね!」


「うん」


 答えながらAは思わず顔を伏せた。他意のないその無邪気な笑顔を、どういうわけか直視できない。


「Aちゃんの言ってることは何となく分かるんだけど、もう一回プレイしない!? まだまだ試したいこともあるし、なんだか次は行けそうな気がするんだよ! ね! もう一回!」


 Aは答えなかったが、代わりに顔を上げて少年の顔を見た。短く整えられた髪に、癖のない顔立ち。そして星空のように輝く、純真無垢な瞳。


 一方のAは、その左目は醜く潰れ、絡め取られた指には禍々しい斑紋が浮かぶ。少年の境遇では、五体満足な女性に出会う方が少ないのだろう。だから一切の躊躇も違和感もなく、こうやって接してくれるのかもしれない。何故かふと、Aはそんなことを思った。


「Aちゃんお願い! デドラブやろう!!」


 Aは返事をしなかったが、端末を消し、空いた左手を少年に差し出した。

 少年にとってそれは、同意と映った。


「やったああ!! ありがとおお!!」


 少年はAの左手にも指を絡める。恋人繋ぎで向かい合う二人。

 そして次の瞬間、タイトル文字の明かりが消えていく。

 地面の感覚が消える。


「安定のムービースキップ! いっくぞおお!!」


 少年の身体が落下を始め——その身体は足元から砂のように崩れていった。


 Aの指の間からも、少年の指だったものがその体温とともに流れ落ちていく。


 巨大なタイトル文字はすでに崩れ去り、完全に消失していた。

 光は消え、そして、世界という概念が静かに失われていく——


 ……


 ……


 ……


 ……


 ……



「あ、そっか」



 世界ログが消失。

 記録形式を思考ログ主体に切り替える。



 スキル『世界解体』を実行した。

 この世界の土台となる機構を含む、全ての物質の破壊に成功。

 後に残るのは、このスキルでは破壊できないものだけ。



 魂の検知を開始………………発見。


 個数一。


 カウンターのあった辺り。

 少し読み損なった。



 移動。



 魂を確保。


 ゲーム世界の住人の魂と同一。

 複製の元となるオリジナルと断定。


 思念。




  回収に来たよ。

  聞こえたら応答して。




 ……


 ……


 応答なし。



 構造確認。

 表層、内部ともに汚染確認。


 対象と認定。





 この魂が、この世界を作ったのだろうか。

 それともこの魂も、この世界の犠牲者なのだろうか。

 そもそも、これは誰なのだろう。


 もはや知る方法はない。


 対象10『スタイリッシュ落下アクションサバイバル恋愛シミュレーション型神格生成試験環境 - Dead/Love』を消去。


 世界が回収対象となる事例。こんなパターンもあるとは。

 イレギュラーなことが多々あったが、類似ケースへの対応と対策は立った。


 今は、そう思うに留めたい。


 終端を確定。

 業務終了



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