記録07 記憶の代打、代打の記憶①
景色が草原へと塗り替えられた。
風が吹きつけ、私の髪と服を揺らす。
安全を確認。
重力、大気組成ともに問題なし。
すぐ近く、小高い丘になっている場所に魂の反応を確認。
座標は正確。
対象地点に到達。
業務開始。
——と思った矢先、対象の傍に、現地個体が一名。
修繕を繰り返したと思われる、汚れたロングコート。
白髪混じりの長い髪を束ね、痩せた頬に無精髭を生やしている。
対象を、両手で掬い上げるようにして持っている。
壊れ物を扱うように、触れるか、触れないかの距離。
魂を視認できている可能性あり。
……離れない。
対象の状態を確認。
存在はある。崩壊もしていない。
思考能力をこっそり付与。
だけど、思考の輪郭が拾えない。
思念で呼びかける。
聞こえる?
……反応なし。もう一度。
聞こえてる?
状況を確認させて。
わずかに反応はある。
だけど、言語化されない。
感覚だけが散在している。
……この状態は、初めて。
対象の傍の個体。
手を離さない。
視線は対象に固定されたまま。
こちらに意識を向ける様子はない。
私の認識を外すスキルは正常に機能している。
もう一度、対象へ。
聞こえているなら反応して。
——その時。
「聞こえている」
音声。
対象ではない。
「……さっきから、ずっとな」
現地個体の声。
こちらを見てはいない。
視線は合わない。
だが、返答は成立している。
「だが違う、その聞き方じゃ答えられない」
……確認。
今のは、誰に対して言ってるの?
「お前だ」
対象を見つめたまま、空間の一点を指差す。
正確ではない。
だが、ズレていない。
見えてはいないはず……だけど、どうやってか認識されている。
状況不明。
音声に切り替える。
「……その人は、自分でお話しできないの?」
「できない」
即答。
「……それは、困るね」
「分かってる。だから」
手を離さないまま言う。
「——俺が話す」
「待って」
一旦、制する。
……このまま進めるのは、危険。
対象の状態がこれまでと違いすぎる。
主体が確認できない。
「先にいくつか確認させて。
まず、あなたは誰と話しているか理解してる?」
「知らん」
知らんて。
「ただ、神が言った。
このあと、ここに誰かが来る。
その者に彼女を……引き渡せと」
「神……それは今どこに?」
「知らん。どこかへ失せた」
なるほど。
彼はこの世界の神と接触している。
そして、事前に私が来ることを伝えられている。
「神とあなたの関係は?」
「それはこのあと語る」
「あなたは何を話そうとしてるの?」
「彼女のことだ。
何を捨て、何を忘れて、俺をここまで連れてきたか。
それを知ってるのは、もう世界で俺一人だけだからな」
手の中の対象に語りかけるように、穏やかに話す。
が、徐々にその表情は険しくなっていく。
「お前の目的も、神の意図も知らん。
だがお前は知っておかねばならん」
なるほど。
彼の意思と、私の事情が噛み合っている。
彼女本人が語れない以上、私にとっては都合がいい。
だけどそれは、
本当に“彼女の記録”と呼べるのかな。
……判断は保留しよう。
「では、聞かせて。
彼女がどう生きて、どう終わったのか」
その瞬間、彼が初めてこちらの方へ視線を向けた。
……強く、睨まれた。




