記録06 斥候のタク②
しいて言うなら、一回だけ、気まずい仕事はあったっすね。
いいですよ、話します。
まあ、これも段取りの範疇っちゃ範疇なんですけど。
ある時、国を挙げた大規模な遠征があったんです。
俺は数ヶ月前から何度も現地に入って、本命から予備までいくつかルートをロケハンして、上層部に提案してました。
で、結局、一番安定して進軍できる本命ルートの承認が下りて。
俺は進軍の一週間前、最終確認のためにそのルート上にある山あいの小さな村に入ったんです。
「村長さん、いよいよ来週っす! 本隊一万人がこの村の近辺を通過するんで、広場と井戸の準備、改めてお願いしますね。……あと、無理を承知で言いますけど、先遣隊の二百人分の温かい汁物と、予備の薪を多めに準備しといてほしいんです。もちろん、軍が通れば相応の報酬と、今後の道路整備の優先権も約束しますから」
村長は最初、戸惑ってました。
『タクさん。うちは小さな村だ。皆、農作業を休んでかからないと間に合わねえ。……本当に、うちを通るんだな?』
「任せてください。俺が上で通してきたルートですから。これ、軍の公印入りの書面です。村の人たちの協力、俺が絶対無駄にしませんから」
俺、その時、本当にいい顔して言ったんですよ。
村の人たちも、最後は俺を信じてくれた。
農作業を休んで、若いやつらも年寄りも総出で、夜通しで宿営地の整備をして。
俺も一緒に汗かいて、夜は村の若いやつらと酒を飲んで。
「来週にはここが歴史の表舞台っすよ!」なんて盛り上げちゃってさ。
……でも。
本隊が来るはずの数日前、前線拠点で伝令を受けたんです。
『方針変更だ。敵軍の配置が変わった。本ルートは破棄、予備で提案されていた西の街道ルートへ迂回する。全軍、そちらへ回せ』
俺、一瞬フリーズしましたよ。
西の街道も、俺が予備として完璧に仕込んでおいた道です。通る分には問題ない。
でも、あっちを選んだってことは、この山あいの村は完全に『バラシ』ってことで。
「……あ、あの、すみません。念のための確認なんですけど。あっちのルートを使うってことは、こっちの山あいの村、使わなくなっちゃいますよね?」
『当然だ。敵の配置が変わったのだ。一刻を争う事態に、わざわざ山を登る馬鹿がいるか』
「……そうっすよね。あはは、そりゃそうっす。
ただ、あの、あそこの村の人たち、今回のために農作業止めて薪とか汁物の準備してくれてるんですよ。あの、せめて、準備にかかった実費分だけでも、なんとか経費で……出せたりしませんかね?」
『通らん場所に金を出す予算などない。タク、貴殿は今回、予備ルートまで完璧に仕上げていた。その機転のおかげで軍は止まらずに済むのだぞ。将軍もお前たち斥候班に救われたと仰っている。余計な心配はせず、本隊を西へ誘導しろ』
……あはは。
テレビでもありましたよ。「A案ボツ、用意してたB案で行くわ! さすがタク、リスクヘッジ完璧!」って肩を叩かれる。
でも、ボツになったA案のロケ先には、誰が謝りに行くんだって話で。
俺、進軍当日に一人で村に戻ったんです。
村の入り口には、ピカピカに掃き清められた広場と、山積みになった薪。
村長たちが、遠くに見えるはずの軍列を今か今かと待ってる。
『タクさん! 準備は万端だぞ。いつ……いつ頃、皆さんは着くんだ?』
俺、なんて言ったと思います?
「……あー、すみません。なんか、ルート、変わっちゃいました。ここ、使わなくなっちゃいました」
『……え?』
「だから、準備してもらったのも、全部なしっす。……報酬も、出なくなっちゃいました。ごめんなさい」
実害と言えば、働き手の数日間を奪ったことと、山積みの薪が残ったこと……客観的に見れば、それだけかもしれません。
でも、村にとっての数日は、俺たちの感覚とは重みが違うんです。その数日があれば耕せた畑があって、直せた屋根があったはずなんです。それを俺が「軍が通ればもっと潤うから」なんてそそのかして、無理やりこっちに振り向けさせた。
何より、あいつらの顔ですよ。『タクさんが言うなら』って、自分たちの生活を二の次にして信じてくれた人たちの顔。
『タクさん。あんた、嘘ついたのか? 証文まで見せて、俺たちを担いだのか……?』
「……すみません。上が、決めたことなんで」
俺、それしか言えなかった。
自分のポケットマネーを全部村長に渡そうとしたけど、受け取ってもらえませんでした。
『そういうことじゃねえんだよ』って言われて。
俺、逃げるように村を出たんです。
……でも、そこからがもっと気まずいんすよ。
本隊に合流したら、予備ルートを選んだ判断が『勝利の鍵』だったって絶賛されて。
俺を重用してくれてた指揮官は派手に表彰されて、俺もその信頼を得て、さらに大きな現場や、自分の斥候チームを任される身分になった。
出世すればするほど、あの村のことがトゲみたいに刺さるんすよ。
だから俺、自分のチームを持ってからは、部下には口酸っぱく言いました。
「いいか、過剰な約束は絶対にするな。現地への敬意を忘れるな。私たちの不義理一つで、村が一つ死ぬと思え。……上がルートを変えるのは仕方ない。でも、私たちが嘘をつくのは別問題だ」
誰も、あの村のことなんて覚えてない。
俺だけが、あの時、自分の仕事が『成功』すればするほど、あいつらの期待を裏切ったんだってことを、録画データみたいに鮮明に覚えてるんです。
ー
って感じです。
こんなんで、どうすかね?
……念のための確認だけど、
他に思い当たることはない?
似たようなことなら実際、何度もありましたよ?
候補出して選んでもらうって、まぁそういうことなので。
ただ、その村の件が最大規模っすかね。
だいぶ後になってからですけど、その村行きましたもん。
村長は代替わりしてましたけど、『あぁ、よく愚痴ってたよ』って感じで。
謝り倒して、一緒に飲んで、騒いで、それで帰ってきました。
……なるほど。
いや、なんかすみませんね。こんな華のない、裏方の話ばっかりで。
俺個人としては、楽しく働いて、大往生なわけなんで、もう『完パケ』だと思ってるんですけどね。
ま、そんな地味な記録でも残してもらえるなら、裏方冥利に尽きるっていうか、あはは。
……よく分からない。
あなた、ちゃんと生きた人に見える。
なのに、ここにいる。
何か見落としてるのかな。
そんな難しく考えなくていいんじゃないっすか?
仕事なんて、終わってから分かることばっかりなんだし。
目の前のやるべき事を、とにかく片づけるのが大事っすよ。
……そうかもね。
そういうことに、しておくね。
ありがとう。
こちらこそ。あざっす、掃除屋さん。
俺の人生を、わざわざ『アーカイブ』してくれて。
あんたのその仕事も、いい感じに回ること、祈ってるっすよ。
じゃ、おつかれっした!
お疲れ様でした。
メモ。
個体要因のみでは説明困難な事例。
破綻の理由が、本人内部に見当たらない。
まだ見えていない条件があるのかも。
落ち着いたら整理しよう。
対象06を消去。
終端を確定。
業務終了。




