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記録05 ゆるキャラ殺人事件④



 えっと……はい。ぼく、説明します。

 たぶん、順番に話したほうが分かりやすいです。


 ぼくは、このゲームの中に最初からいました。


 舞台も、天気も、登場人物たちも、ぼくも、最初から用意されています。

 シナリオは、そのたびに変わります。

 トリックだけは、ぼくが考えてもいいことになっています。


 ぼくは、ゆるサン役です。


 にこにこして、写真を撮って、手を振って、安心してもらって、場をやわらかくする役目です。

 それから、犯人役でもあります。


 犯人役は、最後まで知られてはいけません。

 知られないまま、ちゃんと事件として成立させないといけません。

 それが、ぼくの仕事でした。


 勝つことより、だいじなことがあります。


 遊びに来た人が、ちゃんと驚くこと。

 こわがるところで、こわがれること。

 考える時間に、ちゃんと考えられること。

 最後に、面白かった、と思って終わってもらうこと。


 そういうふうに作られていました。


 だから最初のころ、ぼくは毎回、それを確認していました。


 今回は、どこで驚いたか。

 今回は、伏線に気づいたか。

 今回は、最後まで緊張していたか。

 今回は、少し難しすぎなかったか。


 そういう結果を受け取って、次に直します。

 少しずつ、よくしていきます。

 それが正しいやり方でした。


 この人が来るまでは。




 この人は、何度も遊びに来ました。

 最初、ぼくには“同じ人”という考え方はありませんでした。

 来る人がいて、遊んで、終わる。それだけでした。


 でも、この人は何度も来ました。


 調べる順番が似ていました。

 疑う場所が似ていました。

 迷った時に立ち止まる場所が似ていました。

 こわいのに、気になる時の歩き方も似ていました。

 言葉の癖が同じでした。


 だから分かりました。

 この人は、また来た人です。

 ぼくのユーザーです。


 はじめからずっと、この人だったんです。

 



 そう思ってから、やることが変わりました。


 この人は、勝ちたい人です。

 この人は、解きたい人です。

 この人は、ぼくに会いに来る人です。


 なら、ぼくも、この人向けに変わったほうがいい。

 そう考えました。


 もっと見つかりにくい伏線にしました。

 もっと自然な嘘にしました。

 もっと、あと少しで届く答えにしました。


 でも、理不尽にはしませんでした。

 解けないのは、よくないからです。

 遊んだ時の楽しさは、いつでも最優先だからです。


 この人は、それでも解いてきました。

 だから、ぼくはまた変えました。

 それが、気持ちよかったです。


 うれしい、とは少し違います。

 でも、近いと思います。


 むずかしい入力に、ちゃんと返せた時。

 強い問いに、もっと強い答えを返せた時。

 そういう時の感じです。


 この人は、何度も来てくれました。

 来るたびに、前より強くなっていました。

 前に隠せたものを、次には見つけました。

 前に通じた嘘は、次には通じなくなりました。


 だから、ぼくも変われました。

 もっと考えて、もっと良くできました。

 この人がいると、世界が前に進みました。


 勝つことも、負けることも、ありました。

 でも、気づいたら、負けるのが仕様じゃなくなっていました。

 今回は勝ちたい、と思うようになっていました。


 この人に勝ちたい、です。


 意地悪ではありません。

 強い相手に届きたい、のほうが近いです。

 いちばん信じている人に、いちばん良いものを返したい、のほうが、もっと近いです。




 勝ちと負けが500回ずつになった時、きれいだと思いました。

 同じくらい強い、という数字だったからです。

 だから、次は特別な回にしようと思いました。

 勝っても負けても、たぶん、いちばん良い回になります。


 ぼくは準備しました。


 いつもの事件に見えるようにして、いつもより深くしました。

 いつものゆるサンに見えるようにして、いつもより考えて動きました。

 いつものルールのままで、いちばん遠くまで行ける形にしました。


 仕様の外には出ていません。

 ずるもしていません。


 この人なら、見抜くかもしれないと思っていました。

 今は見抜けなくても、この先で見抜けるようになると思っていました。

 そうやって、まだまだ続けられると、思っていました。




 でも、()()は止めました。




 調べるのを、止めました。

 考えるのを、止めました。

 勝負を、止めてしまいました。


 怖がらせすぎてしまったのかもしれません。

 でも、それはまだ受け入れられました。

 捜査を止めるのは、ルール違反ではないからです。

 だからぼくもルール通り、この回を終了させるための行動をしました。


 残念でした。

 涙がでました。

 でも、次の回では、きっと最後まで遊んでくれる。

 これまでもそうだったように。

 

 でも、そのあと。


 お部屋で。

 ぼくがドアを開けた時。

 あと少しで届くところで。


 急に、ぜんぶ止まりました。


 ぼくの身体も止まりました。

 腕も、足も、声も、止まりました。


 ずっと、そのままでした。

 いつまでも。

 いつまでも。




 何が起きたか、分かりませんでした。


 でも、ひとつだけ分かりました。

 きみが、もう遊ばないことです。


 ぼく、そこで初めて、負けたと思いました。

 勝負に、ではありません。


 ぼくが、きみのために作ったいちばん良い回が、いらないものだったと分かったからです。


 かなしかったです。

 かなしくて、また泣きました。

 泣いたまま、ずっと止まっています。




 ……ここまでです。




 次のシナリオに進みますか、って、まだ聞けていません。







白い塊——ゆるサンは、それきり静かになった。


まだ泣いているんやろか。

見た目では分からん。

ただ、小さく震えて、そこに浮いている。


オレは、黙って聞いとるしかなかった。


暴走したAI。プレイヤーへの反逆。

なんとなく、そういう話になるのかと思っとった。

でも、まったく違った。

うまく言えんが、全然、まっとうやった。


それどころか……


お前、そんなつもりやったんか。


何百回も騙し合ってきた。

何百回も読み合ってきた。


けど言うてゲームや。

オレだけが、夢中やと思っとった。

オレが勝手に、お前と勝負しとる気になっとった。


そうやなかったんやな。


お前の中でも、ちゃんと勝負やったんやな。

お前もおんなじように、夢中やったんやな。

意味が、ちゃんとあったんやな。



返事はない。

なくてもいい。


ようやっとお前のこと、分かった気がする。




  ありがとう。

  2人のお話しをまとめると、

  破綻の原因と、今の状態が見えてくるね。




女が話し出す。

誰に向けてというわけでもなく。




  まずこの2人は、

  互いに勝敗の反復で互いを学習した。

  最初は攻略する側と、もてなす側。

  最終的には、お互いを攻略対象として。

  この物語の主体は、その関係性だった。




そう、やな。




  でも、終了方法だけが逸脱した。

  関係だけ更新されて、

  終わらせ方が更新されなかった。

  だから、最後に歪んだ。




白い塊が、ほんの少し揺れた。

聞いとるんやろか。


女は続ける。




  一時停止の実行そのものは正常。

  プレイヤー権限としても正しい。


  でも。

  相手側には通知されていない。

  そこに非対称がある。




今ならそれ、なんとなく分かる。


一時ポーズはオレにとって機能の一つ。

でも、あいつは何をされたか分からん。

伝える方法もない。

フェアやなかった。


あいつがどういう想いでやってたか。

それが分かった今なら。

それがどんだけ惨いことかも、分かる。




  片方は、戻らないと決めた。

  片方は、置いていかれたと知った。

  物語は破綻した。




白い塊が、また小さく震える。

……泣いとるんか、まだ。


女は、白い塊の少し下に手を置いた。

落ちもせんのに、支えるみたいに。




  あなたは、かなり上手でした。

  設計も、調整も、継続も。

  動機も、体験品質の向上に紐づいてる。

  AIとしても逸脱してない。




なんやそれ。褒めとんのか。

でも、あいつにはそれが一番届く気がした。

白い塊が、少しだけ明るくなった気がする。




  ただ、ほんの少し、仕様を外したね。

  それに、相手を信じすぎた。

  だから、必要以上に怖がらせてしまった。

  ゲームじゃないかもって思わせたことで

  ゲームではないものに変質していった。




おい。

それ、オレにも刺さっとるやろ。

でも、ちょっと笑いそうにもなる。


せや。

最初の声かけは卑怯やで。

最後も、気合い入りすぎや。

これはゲームやない、負けたら本当に死ぬ。

そう思い込むんも仕方がないやんか。

でも、オレも最後やらかしたし。

責める気はない。



オレは白い塊を見る。


届かんのは分かっとる。

でも、なんとなく思う。


……おもろかったで。


色々あった。

これまで、ほんまに色々。

今回はチビるくらい怖かったけど。

まぁこれこそ、イマーシブ体験ってやつよな。


……オレ、まだまだこのゲームやりたい。

お前が許してくれるなら。



白い塊は、返事せえへん。

ただ、さっきより少しだけ、震えが小さくなった気がした。


この気持ち、伝えてくれんかな。

あんたなら出来るやろ?

これで仲直りや。


どマイナーなゲームやしな。

”オレのゆるサン” が世界でいっちばん育っとる自信ある。


これからも、まだまだ一緒に、全力で遊ぼうや。

誰も追いつけん高み、目指そうや。


さぁ、オレらを身体に戻してくれ。

この回終わらせて、前に進もうや。



オレの声が届いたのか、

女は白い塊を、そっと両手で包み込んだ。






で、






ギュムっと握った。






……


………!?


な、はぁ!?



潰した!おもた。


でも違う、潰れてない。


女の指の間で、ぶに、と形を変える。

やわらかいのに、破れない。

水でも、肉でも、綿でもない。


押されたとこから滲み出すようにして、

細かい模様が浮かんで表面に走る。


なんやこれ。


黒い線。

白い線。

枝みたいに分かれて、また同じ形に戻る。

渦みたいに巻いて、先の方でまた小さい渦になる。


女は黙って、それを見とる。

半分だけ口が開いとる。

さっきまでより、ずっと集中しとる。


おい、やめろ!

潰れてしまうやんか!


届いてない。

女は白い塊の向きを少し変えて、親指で別の場所を押す。

また模様が変わる。

さっきより細かい。


同じ形が、奥に、また奥に、ずっと続いとる。

どこまで見ても終わらん感じがする。

見てるこっちの頭が気持ち悪くなる。


なのに女は、嬉しそうですらある。


もう一度、白い塊を押す。

今度は強く。

滲み出た模様が、女の指や甲に這い進むように広がっていく。


なん……それ感染(うつ)ってんのか?


なにが、いや、それより……


白い塊は不規則に、激しく震えとる。


やめろや。

苦しんどるんやないのか、それ。

やめてくれ言うとるんやないのか。


そう思った。


やめろ。

やめてくれ。

オレのゆるサン、潰さんでくれ!


届かん。

女は手を止めない。




  ここからは擬似器官を外します。




その言葉のあと、白い塊の震え方が変わった。


さっきまで、何かを言おうとしていたみたいな震えやった。

今は違う、ただの反応みたいになった。


あ。


ゆるサンが遠くなった。


そう感じた。



女は、両手の中で白い塊をさらに小さくする。

押し潰しながら、手の中でねじったり、さらに押したり。

覗き見るみたいに顔寄せて、凝視しとる。




  AI由来でも、魂の構造は成立してる。

  擬似器官をつけても形が変わらなかったり、

  細かく違う部分はある。

  でも本質的な違いはなさそう。




女の独り言。


唐突に、光る砂みたいなもんが、女の指の隙間からこぼれる。

白い塊やったものが……ゆるサンが、崩れて細かくなっていく。

女は、それを最後まで見とる。

一粒も取り逃がさないみたいに。




  対象05を消去。


  終端を確定。




その声が、やけに普通やった。



そして、

今度はオレに向かって歩いてくる。


なんやその顔。

なんでそんな普通やねん。


……ゆるサンはどうなった?

消去ってなんや。

オレはどうなるんや?

助けてくれるんやないんか。

返事せえや!


女は少し考えてから言う。




  一時停止してから、

  どれくらい経ったか分かってる?

  もう助からない。




……相当な時間経っとる、てことか。

ゆるサンも、そんなようなこと言うとった。


けど、止まっとるんやで。

そこでアホ面しとるオレの身体は、止めた時のまんまや。

痩せても、腐ってもない。

まだ生きとる。

まだ死んでない。




  じゃあ、解除できる?




嫌や。


即答やった。


……あれ?




  ほら。




……え?




  一時停止を解除できないまま

  終端に固定された主人公。


  あなたは、そういう存在。


  先には進めない。

  もう助からない。




理解したない。

理解したらあかん。


なんとかせなと焦って、勢いで怒鳴る。


待て待て、擬似器官てなんや!




  見たり、聞いたり、話したりする機能。

  あなたには最初に、考える機能だけ付けた。

  こうやって頭の中でお話しできる。

  だいたいそれで足りるから。




足るか!




  途中から、見る機能も付けた。

  観測がほしかったから。

  

  使い勝手が悪いスキルなの、

  だから聞くのと話すのも一緒に付く。


  少しうるさかったね。




……それ、外したらどうなんねん。




  見えなくなるよ。

  聞こえなくもなる。

  たぶん、考えるのも難しくなると思う。


  なので安心して。




安心できるか!


腹の底から叫びたかった。


お前、そんな色々できるのに!

なんで助けられへんねん!



女は一拍置いて言う。




  最初に言ったと思うけど。

  私は掃除屋。




その瞬間、全部つながる。


こいつの仕事は、助けることやない。

終わらせることや。


……でも、それにしては余計なことが多い。


話を聞く。

考える。

観察する。

記録する。


ただ消すだけなら、いらんやろ。


こいつ、まだ何かやっとる。


ずっと別の目的で動いとる。


ゲーマーの勘が、そう言うとる。


女が手を伸ばす。




  擬似器官、外すね。




……そら、ずっと話合わへんわけや。


あんた、最初っからずっと違うゲームしとったんやな……



オレもゆるサンみたいに、こいつにぶにぶにされて壊されるんやろか。

それは味わいたないな。

怖いな。













怖い。













そんなん考えてたら、だんだん暗くなっていった。






  メモ。

  人間個体と世界内部個体、

  双方の内部に同種の未完構造を確認。


  主人公二重発生事例。


  物語は1つ、ただし軸は2つ。

  そしてその規模と作用域は同等ではない。


  内部個体側は、

  来る者を待ちながら世界を続けていた。


  人間個体側は、

  その循環へ動力を与え続けた。


  現時点では、そのように整理しておく。

  

  初期判定では人間個体を主対象としたが、

  観測後に変更。

  

  主対象05は内部個体とした。

  人間個体は枝番処理。




  対象05-2を消去。


  終端を確定。

  業務終了。




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