記録05 ゆるキャラ殺人事件③
「犯人が分かりました」
迷探偵さんの推理が始まった。
人、集めて。
指差して。
得意げに。
内容は長い。
第1事件と第2事件を雑につなぐ。
第3事件を勢いで押し切る。
アリバイもガバガバ。
あぁ……いつものや。
期待したオレがアホやった。
で、最後に指差した。
「……つまり、犯人は——ゆるサン、君だ」
………………やりおった。
最悪や。
「あー……その時間、そいつはオレとおった」
探偵役が犯行時刻やと推理した時間。
監視も兼ねて、オレが調査に誘ったタイミングにもろ被りや。
屋根出て、雨どいの傷とか、足跡みたいな汚れを確認しとった。
プレイヤーが見たアリバイは、申告せなあかん。
黙っとったら、推理パート破綻扱いになる。
破綻したら、クマになって暴走する。
全員、狩られる。
言うしかなかった。
探偵役、終了。
NPCどもはざわついて、ゆるサンは困った顔して、
探偵役は青ざめて、彼女役のNPCになだめられとった。
下手うった。
これで、監視する理由が消えた。
解散になる。
それぞれ部屋に戻る。
嵐は強なっとる。廊下の窓が鳴る。
オレも自室に戻った。
鍵、閉める。
……なんか、怖い。
今さらや。
今さらやのに、急にそう思った。
メニュー開く。
反応せえへん。
もう一回。
開かん。
中断。終了。設定。
何押してもあかん。
喉が乾く。
ゴーグルに手をかける。
外れへん。
強く引く。
外れへん。
顎紐なんか無いはずやのに、外れへん。
ていうか、ゴーグルの感触が、ない。
「……おい」
誰に言うたんか分からん。
息が荒なる。
とりあえず、ゆるサンや。
あいつの部屋に行く。
ほっとけん。自由にさせといたらあかん。
廊下に出る。
誰もおらん。
ドア、開いとる。
中、空や。
ベッドも、浴室も、カーテンの裏も、誰もおらん。
その時。
悲鳴。
近い。
走る。
ホールや。
探偵役と、その彼女役。
2人まとめて、やられとった。
壁も床も柱も、どこかしこも、赤い。
残り、4人。
オレ。
ゆるサン。
他2。
調べな。
足跡、爪痕、仕掛けの粗。
なんか出るはずや。
もういい加減、なんか出なおかしい。
そう思った。
……でも、脚が動かん。
無理や。
現場に近づきたない。
見たない。
遠目やけど、
なんか、いつもよりグロい、気がする。
しかも、なんか、
するはずのない、匂いが——
オレ、自室に戻った。
鍵、閉める。
テキトーな家具を引きずってドアの前に置く。
椅子に座って、ドアを見つめる。
情けない。
知るか。
こういう終わり方は、知っとる。
自室に追い込まれて、籠城して、
ドアごと破られて、最後は……
何回も見た。
負け演出の一つや。
せやのに。
今回は違う。
ただの負けやない。
そういう感じが、ずっとしとる。
だったら動かな!
分かっとる。
分かっとるのに。
動かれへん。
外で、誰かの悲鳴。
次に、大きい音。
何か倒れた音。
折れるような音。
地響き。
あいつが走る音。
もう正体を隠しとらん。
クマ全開、の重い足音。
廊下を曲がって。
近づく。
近づく。
止まる。
ドアの向こう。
おる。
息、止める。
ノブが、回る。
一度、止まる。
次の瞬間、
バキン、と金具が鳴った。
身体が跳ねる。
これも知っとる演出や。
何度も聞いた音や。
なのに、なんでこんなに……
ドアが、音を立ててゆっくり開く。
家具、置いた意味ない。
隙間ができる。
暗い廊下。
雨音だけが遠い。
そこから、
血に濡れた爪が見えた。
もこもこの毛並みに、赤が筋になってついとる。
「う、ぉ」
声にならん。
次の瞬間、
ドアがぶち破られる。
家具が粉々なって吹き飛ぶ。
驚いて、椅子ごとのけ反る。
脚が床を離れ、宙を泳ぐ。
視界が傾く。
ドア。
壁。
天井。
来る。
ちゃう。
これ、いつものちゃう。
あかん。
あかんあかんあかん。
ポーズ。
ポーズポーズポーズ——
ー
そこで止めた。
ここまでや。
……ここで、ずっと止めとる。
なるほど。
対象世界は、ほぼ完成していたみたいだね。
ゆるサンの逸脱もある。
でも決め手は、あなたの停止だと思う。
……は?
終わるはずの場面を、終わらせなかった。
だから、終わらない形で残った。
ちょ、ちょい待てや。
オレのせい言うてる?
半分くらい。
半分!?
もう半分は、向こう。
いい勝負だったんじゃない?
どこがやねん……
解除してみる?
「嫌や」
即答やった。
……あれ?
そう。
では、別の方に聞こう。
「別? ていうか」
……声、出た。
これまでも普通に話してた、と思ってた。
けど違う。
喉が震える感覚が戻った。
耳に、自分の声が返ってきた。
そんで、
暗かったはずの世界に、薄く輪郭が浮かぶ。
壁、床、天井。
ドアの破片。
バラバラになった家具。
音も動きもない世界。
視界の左側。
窓際に、オレがおる。
椅子ごとひっくり返る途中で止まっとる。
ビビり散らかした、マヌケな顔。
アバターやない、オレの身体そのまんまや。
そんで、そこから2メートルもない、右側。
黒い、でっかいのが、宙に固定されとる。
飛びかかりながら、右腕を伸ばす……ゆるサン。
吹っ飛んだドアを追い越す勢いで一直線。
最短距離の殺意。
「うわ」
思わず後ずさろうとして、動かれへんことを思い出す。
「うわうわうわ、なんやこれ、近い近い怖い」
見えるようにしたよ。
「見えるようにしたよ、やないねん!
なんでそんな平然と出来んねん!?
お、オレ、今どういう状態なん!?
なんで、自分を外から見とんねん!?」
パニックや。
こいつ、いちいち説明がない!
分かるように言うてくれ!
死んどらん。
オレまだ死んどらんはずや。
なら、この状況はなんや?
説明がほしい、死んでないって言ってほしい。
そんで、
「オレを助けてくれ!!」
こいつ。
この女。
こいつもおる、見える。
こいつだけ動いとる。
声はずっと聞いとったが、こんな格好やったんか。
オレのことはガン無視して、止まったままのゆるサンを見とる。
ゆるサン。
もうこんな距離まで詰めてきとったんか。
血に染まった爪を剥き出しにして、オレに飛びかかっとる。
もう次の瞬間くらいには、オレに届きそうや。
ポーズ、ギリギリやってんな。
口元は笑ってるようにも見える。
目は……なんや、涙?
泣きながら殺しに来るんか、お前は。
にこにこ笑顔から溢れた涙が、あいつの勢いに置いていかれて、後ろに細く引き連れられとる。
女が、ゆるサンの前まで行く。
顔をまじまじ見る。
「ちょ、近ない?」
無視。
「なんか言えや!」
女の手が、ゆるサンの胸のあたりへ沈む。
毛並みを抜けて、着ぐるみを抜けて、水に手を入れるみたいに、するっと入る。
「……は?」
手首まで入る。
肘まで入る。
「え、何してんの」
少しだけ中を探るみたいに指を動かして、
いた。
「何が!?」
ゆっくり、手を引き抜く。
その手の中に、白いものがあった。
丸い。
小さい。
やわらかそうで、でも輪郭があいまいで、湯気みたいにふるえとる。
「……え」
それが、ぴくっと動いた。
「な、なにそれ」
彼の。
「彼の?」
誰のなんやねん!
説明を!せい!!
女の手の中で、白い塊がまた震える。
それを、
水をすくうみたいに両手で包む。
顔の高さまでそっと持ち上げて、ゆっくり手を離す。
当たり前みたいに、その場に浮く。
目線を合わせて、じっと見とる。
聞こえますか?
今から、少し喋れるようにしますね。
「いや待て待て待て、それ、ゆるサンなん?」
たぶん。
「たぶんで進めるなや!」
気にする様子もない。
女の関心は完全にソレに移っとるようやった。
「この声が聞こえていますか?」
女が、今度は声で話しかける。
白い塊が、ぴくっとした。
「は、はい……」
この声は聞こえますか?
「きこえます、きこえてました、ずっと」
よかった。
では、お名前を教えてください。
「……ぼくは、ゆるサンです」
ありがとう。
私は掃除屋。
これから少し、お話を聞かせてください。
女がオレの方を見て言う。
あなたは喋らなくても大丈夫。
見て、聞いて、観測だけしてて。
それは記録になるから。
「いや、ちょ、待っ——」
では、ゆるサンさん。
あなたの方から聞かせて。
何をしようとして、こうなったの?
白いそれが、小さく息を吸った。
対象05の記録を開始。
対象05−2を音声ログから除外。




