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最終話_蹂躙

無眼城、その最奥。

そこは、信者たちの絶望と略奪された財宝が混ざり合い、吐き気を催すような澱んだ空気が支配する広間であった。

五入道の首領・油麻呂あぶらまろは、鈍い光を放つ鉄製の玉座に深く腰掛けていた。

そこに、岩のような体躯を持つ怒眼法師が、地響きを立てるような荒々しい足取りで入ってくる。

その後ろには、縄で厳重に縛り上げられ、猿轡さるぐつわを噛まされた凛と清十郎の姿があった。


「無天皇様。例の二人、生け捕りにして参りました。」


油麻呂は、獲物を前にした蛇のように満足げに鼻を鳴らす。


「ふむ…よくやった。」


「ですが、楽眼寺は壊滅。喜眼も哀眼もなくなり、残すは我が怒眼寺のみと…。」


怒眼法師の報告を、油麻呂は冷酷に切り捨てた。


「くだらぬ…。この無天皇さえおれば、寺などすぐに復旧できる。唯一無二の私以外はすべてが些事。替えなどいくらでもいる。貴様もゆめゆめ忘れるでないぞ?」


絶対的な選民意識。

その威圧感に、怒眼法師は「はっ!」と深く膝を折った。

油麻呂は白濁した瞳を動かし、床に転がされた凛と清十郎をねめ回す。


「それにしても、このような小娘と小僧に遅れを取るとは…。我が至高なる計画、少しばかり考え直さねばならんか。」


彼は細い舌で唇を湿らせ、狂気を孕んだ笑みを浮かべた。


「だがその前に…神たる私に牙を剥いた報い、死などという慈悲は与えぬ。永劫に続く絶望を、その身に刻んでくれる。」


「――ふふ、生臭坊主の親分さんは、アンタね?」


鈴の鳴るような、しかし底冷えのする声が広間に響いた。

油麻呂が目を見開いた瞬間、凛の体を縛っていたはずの縄が、まるで意志を持っていたかのようにハラリと床に落ちる。

同時に清十郎も、いつもの穏やかな笑顔を崩さぬまま縄を解き、猿轡を無造作に投げ捨てた。


「なっ…貴様ら!怒眼法師、これはどういうことだ!?」


油麻呂の怒号が響く。

だが、怒眼法師は表情一つ変えず、静かに立ち上がった。

その双眸そうぼうには、もはや油麻呂を主人と仰ぐ色は微塵も残っていない。


「おのれ、裏切りよったか…!者ども、出合え!この不届き者どもを八裂きにせよ!」


油麻呂が狂ったように床を踏み鳴らす。

だが、闇の中から返ってきたのは部下たちの足音ではなく、この世のものとは思えぬ二つの嘲弄ちょうろうであった。


「おひょひょひょひょ!全員、綺麗な人形になっちゃったから、もう誰も来ないよぉ?」


天井の影から、能面のような無機質な顔をした男――義吉よしきちが躍り出る。

その隣から、金属の義足を不気味に軋ませながら、義彦よしひこが現れる。


「外の僧兵たちも片付けました。…京の始末屋も、この程度ですか。」


「何者だ!どこから湧いて出た!」


狼狽ろうばいし、玉座の上で身をよじる油麻呂。

その時だった。

本堂へと繋がる重厚な大扉が、地響きを伴って音を立てて開かれた。

蝋燭の微かな火しかなかった暗闇の空間に、外からの月光が一本の道のように差し込む。


「…京の始末屋がどんなもんか、江戸から遥々来て見たが。ただの陰湿な豚じゃねぇか。」


逆光の中に立つのは、両目に眼帯を巻き、着流しを無造作に羽織った男。

身の丈ほどもある巨大な長刀を携えたその男の名は、半蔵はんぞう

伊多田鬼屋の首領その人である。


「半蔵様!」

義彦、義吉が即座にその場に膝を突く。


「えっ、半蔵さんまで京都に?」

「お疲れ様です、半蔵さん。」

驚きつつも声を弾ませる凛と、いつもの柔和な笑顔で迎える清十郎。


「貴様…貴様がこやつらの…!一体何者だ、何が目的だ!」


油麻呂の絶叫に対し、半蔵は鼻で笑いながら、一歩、また一歩と距離を詰める。


「江戸の始末屋、伊多田鬼屋だ。」


彼は歩みを止めると、手にしていた長刀を軽々と肩に担ぎ直し、獲物を定めるようにニヤリと笑った。


「目的なんざ決まってんだろ。古臭い都のゴミ掃除だよ。」


「しれ者がっ!神にも等しいこの私を豚呼ばわりとは、断じて許せぬ…死ねいッ!」


激昂した油麻呂が、袖の中に隠し持っていた二連装の短銃を取り出し、半蔵の眉間を狙って引き金を引く。

乾いた銃声が広間に轟いた。

しかし、半蔵は首を一寸動かしただけで、放たれた弾丸を風のように回避する。


「ちぃっ!運の良いヤツめ!!」


焦った油麻呂が再び指に力を込めた瞬間、銀色の閃光が走った。


清十郎の居合である。

二発目が放たれるより早く、油麻呂の持つ短銃が精密に真っ二つへと両断され、冷たい音を立てて床に転がった。


「始末屋の首領が飛び道具に頼るとは、情けねぇ。」


半蔵が肩に担いだ長刀を、鞘から引き抜く。

現れたのは、身の丈ほどもある無骨で重厚な長刀――『骨砕刃こつさいが』。


「神様なんだろ?だったら、これくらい耐えてみせろ。」


半蔵が地を蹴った。

巨大な刀身が空気を唸らせ、油麻呂の脳天へと垂直に振り下ろされる。


「あぎゃああああ!」


情けない悲鳴を上げ、油麻呂は玉座から転げ落ちた。

直後、凄まじい破壊音が広間に炸裂する。

半蔵が振り下ろした骨砕刃は、油麻呂が避けた後の「重厚な鉄で作られた玉座」を、まるで熱したナイフで豆腐を切るかのように、一刀の下に真っ二つに叩き切っていた。


「…ひっ、ひいいいいいっ!」


尻餅をつき、震え上がる油麻呂。

自らの権威の象徴であった鉄の巨塊が無残に両断された光景を目の当たりにし、彼の傲慢な自尊心は完全に粉砕された。


「流石ですね、半蔵さん。相変わらずの力技だ。」


清十郎が感心したように手を叩く。


(鉄の玉座を刀一本で真っ二つだと!?力技という次元ではない!)


他の面々も思い思いの表情を浮かべる中で、怒眼法師だけは、鉄を断ったその一撃に言葉を失い、絶句していた。


「首領ってのはな、誰よりも強くねぇと務まらねぇんだよ。」


半蔵は肩に骨砕刃を担ぎ直し、這いつくばる油麻呂を見下ろして不敵に笑う。

その周囲には、月光を背に微笑む清十郎、冷たく扇子を広げる凛、楽しげに獲物を見つめる義吉、そして義足を磨き直す義彦。

京の闇を何十年と統べてきた「神」は、江戸から来た「鬼」たちに囲まれ、ただ惨めに震え、命を乞うことすら忘れて絶望の深淵に沈んでいた。


「これで初任務完了ね♪」


凛が弾けるような笑顔で告げる。

この夜、古都・京都を支配しようとした「慈眼の五入道」という組織は、跡形もなく崩壊した。


夜風はいつの間にか冬の冷たさを孕んでいる。

あれほど鮮やかだった紅葉も、今は深く色を落とし、一枚、また一枚と、役目を終えたように石畳へ舞い落ちる。

燃え上がるような京の秋が、静かに終わりを告げようとしていた。

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