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「それでは今日という素敵な日に、カンパーイ!」

 


千秋の彼氏であるヒサシさんの乾杯の挨拶が終わり、わたし達四人はグラスをカチンと合わせた。四人掛けの机を挟んだ向かい側にはヒサシさんと、彼が連れてきた友人が座っている。そしてわたしの横では、いつにも増してバッチリと化粧を施した千秋が、イェーイと場を盛り上げようと張り切っていた。



「坂木さん、今日はお忙しいところ、無理言って来てもらってありがとうございます!」



 ヒサシさんがわたしの目をじっと見ながらそう言って、大袈裟に頭を下げた。わたしはグラスに口をつけたまま、いえそんなと頭を下げる。



 彼が予約をしてくれたこの店は、京野菜の料理を売りにした人気の高級個室居酒屋だった。なかなか予約が取れないはずなのだが、入店した時に店長らしき人と親しげに話していたところを見ると、コネがあるのだろう。そして、おそらく彼の期待に応えることができないであろう、わたしのためにわざわざ予約してくれたのかと思うと、始まりから少し心が痛んだ。



「では、早速自己紹介を! まずは、僕からいきます。片山寿志、26歳です。現在は京都府庁で働いています。趣味はドライブと漫画を読むことです。じゃあ次、千秋ちゃん!」

 


バトンを千秋につなぐ。



「はい! 木田千秋、24歳です! ヒサシくんの彼女やってます! あと、この坂木ケイちゃんとは高校からの付き合いで、一生涯の友人だと思っています。趣味はえーと、ケイと一緒にブラブラすることで~す!」

 


そう言いながら、わたしの腕を両手で抱きかかえている。なんとかわたしにスポットライトを当てようという彼女なりの頑張りが空回りしているようで、こちらまで恥ずかしくなる。



「はい、では次は村松くん!」



ヒサシさんに指名され、一瞬顔を強ばらせたあと、ぎこちない笑顔を貼り付けながら、彼は背筋を伸ばして口を開いた。



「はじめまして、片山君の同期の村松と申します。26歳です。今は彼と同じく府庁で働いています。趣味は、ゴルフと犬の散歩です」

 


ショートの黒髪にゆるいパーマがあたり、サイドと襟足はツーブロックに刈り上げられている。「なかなかのイケメン」という前評判は得てして、過大評価に終わることが多いが、村松さんに限って言えば、なかなかどころか「かなりのイケメン」と紹介されてもバチは当たらないくらいに整った顔をしていた。その彼が自己紹介をした後に頬を紅潮させている。それは耳にまで波及して、顔全体が真っ赤っ赤に染まっていた。



 この見た目で、女性経験が乏しいなんて事はきっとあり得ない。そんな彼がこんなになるくらい、わたしとの出会いに緊張してくれているのだろうか。そう思うと、悪い気はしなかった。



 ヒサシさんに目をやると、笑顔の奥に「当店イチオシの自慢の商品でございます」と言わんばかりの自信が見え隠れしている。



――これはややこしい事になってきたな。



「じゃあ、最後はケイよろしく!」

 


 千秋に促され、小さく会釈をした後にわたしは自己紹介を始めた。



「千秋の親友の坂木ケイと申します。24歳です。趣味は、体を動かす事全般です。高校の頃はバスケットボールをしていました。よろしくお願いします」



 なんの面白みもない自己紹介を終えると、男性陣がおぉ~と歓声を上げながら拍手をくれた。



――すいませんね、気を使わせて。



「そういや、村松もバスケットやってたよな?」

 


 たまたま見つかった共通点を話しのネタにしない手はないと、すかさずヒサシさんが村松さんに話を振った。



「うん、高校と大学の部活でね。あ、でもすごい弱小で、とても自慢できる経歴ではなくて」



「でも、たしかキャプテンしてたんじゃなかったっけ?」



「まあ、かたちだけのね」



「コイツこんなチャラチャラした見た目してますけど、リーダーシップに長けていて職場でも下からすごく慕われてるんですよ」



 ヒサシさんは村松さんの肩に手を回しながら、わたしに向かってそう言った。



 うわあ、ヒサシさんなかなか強引だなあ。当の村松さんは困ってるぞ。それにしても、村松さんをやんわりいじりつつ、それでいて長所はしっかりとアピールしてあげながら、千秋が置いてけぼりにならないようにチラチラと彼女にも視線を合わせてあげているアナタの「ハオウ色」は、今日も絶好調だな。そんなに気張ったら、疲れるだろうに。



 その後も、ヒサシさんが全員にまんべくなく話題を振りつつも、最終的にはわたしと村松さんが会話するながれになるように、その場の空気を巧みにコントロールしていた。



 村松さんは、まぎれもなく好青年だった。これほどのルックスとスペックを持ち合わせていれば、多少は自慢たらしい雰囲気が滲み出てもおかしくはないものだが、彼は終始謙虚で、途中からは緊張もほぐれたのだろう、後半は話もスムーズで面白かった。彼がお見合いや合コンで登場したなら、それはもう大当たりだろうし、わたしが彼を誰か他の女性に紹介する立場だったら、自信満々で送り出せるだろうと思う。



 でも、わたしが彼に感じたものはそれ以上ではなかった。



 少なくともわたしから今後二人きりで会いたいという事はないだろうし、仮にありがたいことに、彼がわたしの事を気に入ってくれてデートに誘ってくれたとしても、おそらくお断りするだろうと思う。



 もちろん、村松さんに一切の非は無い。問題があるのは間違いなくわたしの方だ。

 


 村松さんは、以前にわたしがゾッコンになった彼と比べて、見た目も背の高さも将来性も全てが上だ。そんな素敵な殿方とお近づきになれるチャンスがご丁寧に目の前に用意されているのに、わたしはそれをみすみすふいにしようとしている。



 本当に何様だと思う。

 でもしょうが無いじゃない。

 今後、この人と何回かデートをした後、付き合うことになって、恋人として二人で歩んでいく日々が、わたしには全く想像できないんだから。

 どんなに美味しそうな料理が目の前に用意されたとしても、お腹がいっぱいだったら食べたいと思わないじゃない。

 今のわたしはちょうどそんな感じ。

 だから言ったでしょ、わたし今はそういうの欲っしてないって。

 


 なんとかわたしを退屈させまいと頑張って話しかけてくれるヒサシさんや村松さんに愛想笑いを返しながら、ずっとそんな事を考えていた。

 

 

 一段落したところで、二次会に移ろうかという空気になりかけたのだが、わたしの心の内を察知したのか、ヒサシさんが、



「今日は、これぐらいにしておきましょうか。そしたら、せっかくなんで村松くん、坂木さんとライン交換してもらいな!」

 


 と言って、お開きとなった。

 


 村松さんと連絡先を交換した後、男性陣は飲み直すとの事だったので、わたしと千秋はそこで彼らと別れて駅の方に向かった。



「ケイ、今日はありがとうね」

 


 作り笑顔を浮かべながら、千秋が力なくささやいた。



「ううん、こちらこそありがとう」



「村松くん:::ケイ的にはどうだった?」



「うん、すごく良い人だったね」

 


 そうとしか、返しようがなかった。



「ぶっちゃけ、この先ありそう?」

 


 恐る恐るといった様子で、聞いてくる。



「どうだろうね:::そもそも、あっちが無しなんじゃない? こんなつまんないオンナ」

 


 終始当たり障りのない返答に徹し、気の利いた事の一つも言えなかった事が相手の気分を害してやいないかと、今更ながらに少し気にはなったが、嫌われたらそれはそれで気が楽だなとも思う。



「さっきヒサシから連絡あったんだけど、あちらさんは俄然ヤル気らしいよ」



 困惑した様子で千秋がそう言う。



――おいおい、それ本気で言ってる? 一体、今日のわたしのどこを見たらヤル気になれるの?

 


 今後、彼から来るお誘いの連絡をなるべく傷つけないようにいなしつつ、千秋やヒサシさんに後ろめたさを抱きながら過ごす日々が、しばらく続くのか。

 


 そんなわたしの心の声がもれていたのだろう、千秋が



「やっぱり、ケイは自分が絶対にこの人って決めた人じゃなきゃ、ダメそうだね、、、」

 と、寂しそうにボソリと呟いた。

 


 わたしはバツの悪さを紛らわすかのように、今日は一日中キリキリとした痛みが続いていたお腹をそっとさすった。


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