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「ケイ、だからアンタはさ、もう少し自分の見てくれの良さにモノを言わせるべきなんだって」



 ファーストフード店内の二人用の小さな机を挟んで、わたしの向かい側に座っている千秋が、ハンバーガーを頬張りながらそう言い放つ。


 

 わたしの一番の親友とも言えるこの子とは、高校一年生の頃からかれこれ十年程の付き合いになるのだが、彼女のこの台詞を聞くのはもう何回目だろうか。もちろん、素敵なパートナーが見つからずにくすぶっているわたしを励ますために、そう言ってくれているのは重々承知している。でも、そもそも今は仕事面もプライベートもそれなりに充実しているし、現状にそれほど不満は無いというのが本音なんだけど。



「昔から言ってるけど、ケイが本気を出せば付き合えない男なんていないと、わたしは思ってる」

はいはい、それはどうも。と呆れたニュアンスで返事をする。



 うちわのオンナどうしのこの痛々しいやりとりを、隣のカップルに聞かれていないことを祈るばかりだ。

 

 わたし達は高校生の頃から、好んでこのファーストフード店を利用していた。コーヒー一杯で、無限に時間を潰せるし、繁華街のど真ん中にあるせいで店内はいつも学生や若者達でごった返していたが、そこに充満する若々しいエネルギーが放つ喧騒がわたし達にはすごく心地が良かったからだ。奥のソファー席を陣取った男子校生たちが、ストローを使って氷のツブテを相手にむけて飛ばしあいながら、ゲラゲラと下品な笑い声を上げている。こんな迷惑行為ですらこの店では日常茶飯事なので、あえて注意する者もいない。アイツらやばいね〜、と千秋も苦笑いを浮かべている。

 


 この子は昔から、なぜだかわたしの事をとても高く評価してくれる。彼女いわく、性格も顔もスタイルも、全てがどストライクとの事らしい。彼女はLGBTQの類ではないので自分がもしも男だったら、という目線で評価してくれているのだろうが、残念ながら彼女と同じくらいわたしを褒めてくれる異性には、元カレを含め未だかつて出会ったことがない。



「アンタほどの逸材が、オンナ盛りの二十代に一人ぼっちで過ごしてるのが、もったいなさ過ぎてとても見てらんないのよ、わたしは!」



 眉間にシワをよせ、ドリンクに刺さったストローをわたしに向けながら、苦々しく千秋がわめく。



「う〜ん、千秋の気持ちはうれしいんだけど、わたし別に今はそういうのあんまり、欲してないからさ」

  


 他人の異性関係の事なんて放っておけばいいじゃない!とも言えず、苦笑いを顔に張り付けて、わたしは返事した。



「少しでもいいなって思うヒトとか、いないの?」



「いたらすでに言ってるって」



 実際、今までもそういう相談は欠かさずに千秋にしてきた。



「だよね~。あ~、わたしがケイに憑依できたら、日本のオトコなら誰でも一週間で落とせる自信があるのにな〜」



 これも、前々からよく聞く彼女のお決まりのフレーズだ。

 


 これだけ自分の事を褒めてくれる相手をディスるのも少し気が引けるのだが、千秋は決して美人ではない。それは本人もよくよく自覚しているところなのだが、とにかく彼女は異性からモテる。わたしと違って、交際相手が途切れることもほとんど無かったし、沢山の愛の告白を受けてきた事も知っている。不美人はどう転んでも美人には敵わないんだから雰囲気美人で行くしかないのよ、という彼女のポリシー通り、千秋にはルックス以外に男を惹きつける魅力が沢山あることは、女のわたしから見てもハッキリと分かるところであった。



 だからと言って、彼女のように多数の異性から好かれたいと思ったり、妬んだりしたことは一度も無かった。学年一の秀才相手に、嫉妬の感情を抱いたことがないのと同じようなものだと思う。



「アンタの今までの恋愛をあたしは全部知ってるつもりだけど、結局長くもったのはケイから惚れた時だけだもんね」



「ああ、たしかにそうね::」



 大学時代の、あの恋ね。



 あの時は本当に、相手の一挙手一投足を、どういう意味だと思う? と千秋に相談していた気がする。結局、最後はダメになったけど。



「結局、どんなにイケメンだろうがハイスペックだろうが、アンタが我を忘れるくらい夢中になれない限りは、明るい未来は無いってことだな」



  笑った千秋の切れ長の目が無くなって、線になる。これも有効な武器になっているんだろうな。だってなんだろう、なんかいとおしく思っちゃうもん。と心の中で思う。



「でさあ、駄目もとで聞くんだけど、一人オトコ紹介させてくれない?」



 わざとらしく片目をつぶって、申し訳無さそうな表情を作りながら、そう言ってきた。



――そうか、今までの一連の流れは、このお願いのためだったのか。



「:::それってたった今、千秋が出した結論と矛盾してない?」

 


 紹介で出会う異性に、わたしが夢中になれるとはとても思えなかった。



「いやあ、分かってるんだけど、ヒサシがどうしてもって言うの。ケイの写真を同期の友人に見せたら、ぜひとも紹介してほしい!って頼み込まれてるみたいでさあ」

 

 ヒサシというのは、地元の有名国立大を卒業した後、公務員をしている千秋ご自慢の彼氏の事だ。一年程前から付き合いはじめて、結婚も視野にいれているほど順調なのだそうだ。付き合い始めの頃に一度紹介された事があるが、公務員と言われて想像するお硬いイメージとは裏腹に、非常にユーモアに富んでいて一見お調子者のように見えるが、周りにいる全員の事を細やかに気遣えて、意識せずともその場の雰囲気をコントロールしてしまうような、優れたな能力の持ち主だった。



 そして、打算がなく純粋無垢な千秋とは相性が抜群だと思った。



 わたしは、その能力をとある人気漫画から拝借して、『ハオウ色』と人知れず呼んでいるのだが、この力の持ち主は周りに気を遣いすぎるあまり、とにかく疲れる。そしてその余計な気遣いが祟って、さまざまな場面でアクセルを全開にすることを躊躇ってしまう傾向にあるのだ。



 何を隠そう、小さい頃からわたしにもこの『ハオウ色』は備わっていた。そのおかげで、今まではそれなりに周りから慕われることも多く、友人にも恵まれてきた反面、いざという時にあと一歩が踏み出せずに、後に悔やまれる場面が多々あった。



 過去に一度だけ、わたしが本気になった恋。そう、例のアレ。結局わたしの強すぎる想いに応えられなくなった相手から終わりを告げられたのだが、あの時のわたしは紛れもなく盲目的で、持ち前のハオウ色も完全に消え失せていた。



「お願い! 一回会ってくれるだけでも良いからさ。 もちろん、ケイがその人を気に入ってくれるのが一番だけどね。安定の公務員だし、まずまず男前で身長も百八十オーバーだってさ!」


 千秋はパチンと音を立てて手を合わせ、この通りと頭を垂れている。額は今にも机に付きそうだ。



「う~ん、結局彼氏さんのご期待には応えられない可能性が高いと思うんだけど:::」

変に期待をされても困るので、そこだけは彼氏にも前もって伝えておいて欲しいと切実に願った。



「それでも大丈夫! とりあえず会うだけ! お願い!」



「:::分かったよ」

 


 無二の親友が、ほぼ土下座をしてまでわたしに聞き入れてほしがっている頼みを無下に断われるわけもなく、渋々承諾する。



「さっすがケイ! だいすき!」



 そう言いながら、千秋はスマートフォンを取り出してポチポチしだした。おそらく彼氏に報告しているのだろう。



――まあ、これで千秋の顔が立てられるのなら、いっか。



 心を鬼にして断らなかった事を、早くも後悔しはじめている自分に、わたしはそう言い聞かせた。


 その後わたし達は予定通り、今話題の恋愛映画を見に行った。とびきりの美人が、これまた非の打ち所のないイケメンと恋に落ちる物語だった。ストーリー自体はわりと凝っていて終わり方も清々しいものだったが、こんなに可愛い子がなりふり構わず異性にアタックするもんかね、所詮オトコが作り出した理想のオンナ像でしょコレ。と、終始ひねくれた目線で鑑賞してしまっていた。

 


 それよりも、クーラーがききすぎていて映画館が少し寒かった影響なのか、断続的に下腹部がキリキリと痛んだことが気になった。ここ最近、それを自覚する頻度は増してきている気はしていたが、退屈な時ほど顕著になる傾向があったので、気の問題かと思い深くは考えないようにした。

上映後、あ~、泣いた。と目を真っ赤にした千秋を見て、わたしの可愛げのない感想は胸の内に秘めておくことに決めた。

 


 その後、彼とデートの予定があった千秋と別れ、わたしは繁華街を目的もなくブラブラと散策した。土曜日なので当然、たくさんのカップル達とすれ違う。

 


 この人達は、本当にお互いを理想の相手だと思って付き合っているのだろうか。いや、普通に考えてそれはないだろう。だって、わたしにとって理想の人だと思えたのは今まで生きてきた中で、おそらくあの人だけだ。

 

 例えば彼が千人に一人の男性だったと考えると、わたしが次に理想の人と出会えるのは千分の一の確率となる。もしその人もわたしと同じ価値観を持っていて、わたしを千人に一人の理想の人と思ってくれるとしたら、わたし達が巡り合う確率は、実に百万分の一だ。つまり、日本国民全員がわたしと同じ価値観持っていて、相思相愛以外を恋と認めないのであれば、カップルになれる確率は百万分の一。すなわち、百万人の異性と出会いを繰り返してようやく、一人の運命の人と巡り会えるという計算になる。

  


 要するに、さっき映画で見た美しいオトコとオンナは、百万分の一の確率で生まれた奇跡のカップルなのだ。そりゃ、映画にしたくもなるよ。

 


 そして、わたしが運命の人と出会って、その人にたっぷり愛してもらうためには、千秋から百万回ほど誰かを紹介してもらう必要がある。



――あぁ、バカバカしい。

 


 心底、どうでも良いと思えた。

 正直、好きでもない人と妥協して付き合うなんて考えられないし、たとえ自分が大好きな人でも、妥協されて付き合われるくらいなら、まだフラれた方がマシだ。



――わたしは一人で生きていこう。犬を飼ってもいいな。チワワかポメラニアンあたりが良さそう。

 


 そんな事を考えながら歩いていると、メッセージの着信を知らせる効果音がスマートフォンから鳴り響いた。千秋からだった。



 「ヒサシもすごく感謝してるよ! さっそくだけど、来週の日曜とか空いてる?」

 とのことだった。

 


 半ばやけになっていたわたしは、全然オッケーっす、とだけ返信した。



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