表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

三日目・倦怠期な二人

 「新婚ごっこをします!」

 「……またか」

 

 鼻の穴を膨らませながら意気揚々と言う雨音と、対照的に諦めたような遠い目で応える少年。朝食を済ませた後、少年が雨音に、「今日は雨音のしたいことに幾らでも付き合うよ」と伝えた直後のことだった。

 

 「まぁ、良いんだけどさ……たまには別のこともしないか?」

 「べつ? お兄ちゃんはおしどり夫婦ごっこの方が良かった?」

 「いや、その二つはほぼ同じだから。二アリーイコールだから」

 

 少年の言葉に、雨音は「?」と首を傾げる。


 ……これに突っ込むのはまた今度にしよう。と、少年は考えた。昨日の課題地獄で脳がまだ疲れている。雨音との蒟蒻問答で発狂しない自信がない。

 

 「まぁ、じゃあ、良いよ。やるか、新婚ごっこ」

 「うん! それじゃあお兄ちゃん、お仕事から帰ってくるところからね」

 「はいよ」

 

 少年は立ち上がり、律儀に一度部屋の外に出る。それから口で「がちゃがちゃ、ばたん」と棒読みの効果音まで付けて、再び部屋の中へと戻った。

 

 「ただいま」

 「おかえりなさいっ!」

 「んぶっ……」

 

 部屋に入るなり、熱烈な口づけを食らう。ほとんど頭突き染みた勢いで突進しながら、唇同士が触れる瞬間にはしっかりと速度を殺すこの技術。雨音は慣性と常識の外で生きていた。

 

 「ん……あなた、今日もおしごとご苦労様でした。ご飯とお風呂どっちが先が良い?」

 

 長い口づけを終えてから、雨音が言う。

 

 「……風呂で」

 「もうっ、お兄ちゃん!」

 

 雨音が唇を尖らせ、少年より頭一つ低い位置からジトっとした目線を送る。

 

 「お兄ちゃんは今新婚さんなんだから、そこはお風呂じゃないでしょ! はいやり直し!」

 「…………はい」

 「こほん。では……あなた、今日もお仕事ご苦労様でした。ご飯とお風呂どっちが先が良い?」

 「…………お前が良い、な?」

 「きゃあ♪ あなたったら♪」

 「ちょ、ちょっと待って。一回休憩させて。マジでしんどい」

 

 頬に手を当てて嬌声を上げる雨音の横をすり抜けて、少年は部屋の隅のベッドへ倒れ込む。

 

 「お兄ちゃん、どうしたの? ……もしかして、雨音と新婚さん、いやだった……?」

 「いや、そうじゃない。別に雨音とだからじゃなくて……単純に甘すぎるだろ、これ……」

 

 少年は男女交際というものをしたことが一度無い。それはモテなかったからではなく、彼が生真面目過ぎたのが原因だ。少年は男女交際なんて学生には百年早い、肉体関係どころかキスだって結婚までは控えるべき、手を繋ぐのだってけしからんという価値観を持つ、シーラカンス並の生きた化石であった。ゆえに、こういった「いちゃいちゃ」には全く免疫がないのだった。


 「何か、何か甘すぎないものを……このままじゃ砂糖が喉に詰まって死ぬ……」

 「えっと、雨音良く分からないけど、お兄ちゃんは別の遊びがしたいってこと?」

 「まぁ、有り体に言えば……たまになら我慢できるが、こう連日いっちゃいっちゃいっちゃいっちゃさせられると、割と精神に来る」


 雨音のしょんぼりとした顔を見ながら、少年は考える。


 雨音が望んでいるのは、少年との恋人、あるいはそれに準ずるなんらかの関係のごっこだ。なら、その中で何か甘すぎない関係を選べば良いはず。


 「…………あっ、そうだ! 倦怠期ごっこにしよう!」

 「けんたいき?」

 「そう! 雨音も名前は聞いたこと有るだろ? 長いこと夫婦だった男女が、時間の流れに合わせて、その……落ち着いた関係になるアレだ! あれにしよう!」

 「……うーん」


 少年の提案に、雨音は難色を示す。雨音とて当然、倦怠期という言葉の意味は知っていた。だから、当然、気が進まない。


 「な、そういうのもたまには良いだろ?」

 「……お兄ちゃんがそこまで言うなら……」


 不承不承という感は否めないが、それでも雨音は首を縦に振った。二人の時間の過ごし方について、少年が希望を出すことは珍しい。雨音はそれが嬉しかった。


 「よし、それじゃ始めるぞ。日曜の昼間に二人で居間に居る設定な」

 「う、うん」


 ベッドから起き上がり、部屋の中央にある直起きのテーブル前に座る少年。雨音はその正面に何故か正座した。


 「……………………」

 「……………………」

 

 沈黙。

 

 「……………………」

 「……………………あ、あれ? お兄ちゃん?」

 「茶」

 「え?」

 「茶」

 「……え、えっと……」


 室内に天使の大群が通り過ぎて行った後、少年が発した単語の意味が分からず雨音は困惑する。


 「……はぁー……茶。喉が乾いた」

 「あ、うん! お茶だね! 分かったよおにい……じゃなくて、あなた! 直ぐに入れて来るね!」


 雨音が慌ただしく部屋を出て階段を降りていき、それからお茶の入ったコップを持って戻ってくる。

 

 「は、はい!」

 「ん」


 雨音はお茶を手渡そうとしたが、少年はそれに目もくれない。


 「え、えっと……」

 「……………………」

やむを得ず雨音はそれをテーブルの上に置いた。


 「……お茶、入れてきたんだけど……」

 「………………」

 「喉、乾いてたんじゃ……」

 「野球」

 「え?」

 「……はぁー……だから、野球。今は新聞読んでるんだよ。昨日の、野球の記事」


 見れば、少年は何時の間にか手に今日の新聞を持っている。


 「あっ、そ、そうなんだ……ごめんなさい……」

 「…………はぁー……」

 「……あ、あの、出来たら、次からは単語だけじゃなくて、ちゃんと喋って貰えたら助かるかなって……あと、ため息もやめてほしい、です……」

 「…………仕事で疲れてるんだよ」

 「それは分かってるけど……」

 「…………チッ」

 「ひうっ!?」


 雨音がびくんと肩を震わせる。


 「……え、えっと、あの……」

 「ああ? なんだ?」

 「お、お兄ちゃ……じゃなくて、あなた今、舌打ち……」

 「あー……癖だ癖。ほっとけ」

 「え……し、舌打ちが癖って、絶対やめた方が良いよおに……あなた。そんなの、みんなに嫌がられちゃうよ、ぜったい……」

 「………………チッ」

 「ひゃう!?」


 再度雨音が震える。その目には涙が滲み始めている。


 「……ストレス溜まるんだよ、会社で仕事してると。それで癖になったんだ。文句有るか?」

 「も、文句とかじゃなくて……ただ、やめてくれたら、嬉しいなって……」

 「出て行っても良いんだぞ」

 「……え?」

 「嫌なら出て行っても良いんだぞって言ったんだ。こんな中年オヤジの世話、どうせ嫌でしょうがないんだろ」

 「そ、そんなこと」

 「チッ」

 「ひっ!」


 雨音の全身がガクガクと震え始める。


 少年の演技力が、特に理由もなく、無駄に爆発していた。


 「……もう良いからお前、買い物にでも出てこい。休みの日くらいゆっくりさせてくれよ、ったく……」

 「…………ぐすっ」

 「ん?」

 「……くっ……ひっ……う、うえええええええええん!」

 「うおああああ!?」


 突然目から滂沱の涙を流し泣き声を上げ始めた雨音に、少年は心底驚いた。というより、正気に返った。


 「あ、雨音泣かないでくれ! 俺が悪かったから!」

 「……ひぅ……うっく……ううう……」

 「ごっこだってごっこ! ただの遊び! 俺ほんとは雨音のこと大好きだぜ? な?」

 「…………ずずっ……ほんとぉ……?」

 「ほんとだほんと! もし俺と雨音が結婚して百年経っても、絶対今みたいなことにはならないって! 絶対、ずーっと好きなままだ!」

 「……えへへ」


 雨音がそっと自らの涙を手で拭う。


 「百年は経たないよぉ」


 そう言いながら、雨音が微笑む。その頬には、まだ涙の痕が残っている。


 「…………ああ、そうだったな」


 そう答えながら、少年は密かに付け加える。そうだけど、でも、そうじゃなくしてみせる。


 「それじゃあお兄ちゃん……雨音と新婚ごっこ、またしてくれる?」

 「うっ……あ、ああ。もちろんだ」

 「いちにちじゅう?」

 「……うん、一日中」

 「やったぁ!」


 雨音が立ち上がり、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。少年は頬を引きつらせて笑う。

 

 穏やかな日曜日が、ゆっくりと過ぎて行った。



ここらで一つ評価が怖い。ギャグとシリアスどっちに振ろうか迷っているので、参考意見とか頂けるととても嬉しいです。エタる確率も、多分若干下がります。

……っていうかこれ見てる人居るんですかね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ